表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第5章:「伴侶」
PR
34/60

第2話「選ぶ」

夜明け前の海は静かだった。


水平線はまだ群青色の闇を抱え、遠くの空だけが淡く白み始めている。鏡のようになめらかな海面には微かなうねりだけが走り、世界は息を潜めたまま朝を待っていた。


碧は海面に浮かびながら、

ぼんやり空を見上げている。


隣にはレヴィ。


波に揺られながら、

いつものように他愛ない話をしていた。


「なあ」


レヴィが視線だけ向ける。


「人魚ってどうやって伴侶選ぶんだ」


先日の話が気になっていた。


伴侶。


生涯一人。


変わらない存在。


人間とはずいぶん違う。


レヴィは少し考えた。


その間だけ、視線が海面へ落ちる。


「選ぶ」


「それは聞いた」


碧は苦笑する。


「もっとこう」


言葉を探す。


「告白とかするのか」


レヴィが眉を寄せた。


「告白?」


「好きです、とか」


「付き合ってください、とか」


「そういうやつ」


しばらく沈黙。


そして。


「しない」


即答だった。


碧は吹き出す。


「しないの!?」


「必要ない」


「いや必要だろ」


「何故だ」


本気で分かっていない顔だった。


碧は思わず笑う。


「お前ら恋愛下手そうだな」


レヴィは意味が分からないという顔をした。


しばらくして。


「伴侶にしたいなら求婚する」


そう言った。


その言葉を口にする直前、レヴィはほんのわずかに言葉を切った。


碧は目を瞬かせる。


「求婚」


「ああ」


「いきなり?」


「いきなりではない」


レヴィは静かに海を見る。


だが視線はどこか定まらず、遠い水面をなぞるように揺れた。


「長い時間を共に過ごす」


「相手を知る」


「そして選ぶ」


その声は真面目だった。


冗談ではない。


人魚にとっては当たり前の話なのだろう。


碧は少し考える。


「じゃあ人魚同士で求婚するんだな」


「ああ」


「人魚が人魚に」


「普通はそうだ」


答えたあと、レヴィは一瞬だけ口を閉ざした。


何か続きを飲み込むような間だった。


普通。


その言葉に、

碧はなぜか少しだけ引っかかった。


普通は。


つまり。


普通じゃない場合もあるのだろうか。


けれどレヴィは続きを話さない。


碧も深くは聞かなかった。


波が静かに揺れる。


淡い朝の光が海面に滲み始め、ふたりの周囲に砕けた銀色のきらめきが広がった。


「求婚って何て言うんだ?」


ふと思いついて聞く。


レヴィは少し考えた。


その沈黙が、先ほどよりわずかに長い。


「決まっていない」


「決まってないのか」


「相手による」


碧は意外そうな顔をする。


もっと儀式みたいなものがあると思っていた。


レヴィは続ける。


「名を呼ぶ者もいる」


「共に生きようと言う者もいる」


そこで一度だけ言葉が途切れる。


「海を見せる者もいる」


碧は笑う。


「案外普通なんだな」


レヴィは首を傾げる。


「普通ではない」


「どこが」


「伴侶だからだ」


真顔だった。


けれどその瞳は一瞬だけ伏せられ、すぐに朝焼けの海へ戻る。


碧は吹き出す。


「重いんだよお前ら」


レヴィは少し眉を寄せた。


「そうか?」


「そうだよ」


碧は肩を竦める。


「人間はもっと軽い」


「何故だ」


「知らねぇよ」


ふたりの間に笑いが落ちる。


波が揺れる。


東の空がゆっくりと朱に染まり、薄桃色の光が雲の縁をなぞっていく。静かな海はその色を一枚ずつ映し取り、夜の青を少しずつ手放していった。


しばらくして。


碧はぽつりと聞いた。


「断られたらどうなる」


その瞬間。


レヴィの瞳がわずかに揺れた。


本当に一瞬。


けれど確かに。


視線が碧へ向きかけて、途中で止まる。


碧は気付かない。


レヴィは海へ視線を向けたまま答える。


「どうもならない」


答えるまでに、ごく短い間があった。


静かな声だった。


「選ばれなかっただけだ」


それ以上は続かない。


まるで続きの言葉があるのに、口にしないように。


碧は小さく頷いた。


けれど。


レヴィの横顔だけが、

少し遠く見えた。


まるで。


深海の底へ沈んだ何かを見ているみたいに。


昇り始めた朝日が海を黄金色に染める。その光の中にいても、レヴィの表情だけはどこか届かない場所にあるようだった。


海鳥の鳴き声が遠くからひとつ響く。


新しい朝は確かに訪れているのに、その静けさの奥には言葉にならない感情が淡く沈んでいた。


朝日が昇る。


海は今日も静かだった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ