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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第4章:「自由な海」
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第5話「会いたかった」


その日は、

泳ぐつもりではなかった。


朝練は終わっている。


大学もある。


本来なら海へ来る理由なんてない。


それなのに、碧は気付けばいつもの浜辺へ立っていた。


波の音が聞こえる。


潮風が吹く。


空はまだ薄暗い。


碧は小さく息を吐いた。


「何やってんだろ」


自分でも分からない。


泳ぎたいわけじゃない。


身体を動かしたいわけでもない。


ただ海へ来た。


それだけだった。



しばらく海を眺めていると、ざぶり、と聞き慣れた音がした。


碧の視線が自然と動く。


そして海面から現れる。


白い肌。


長い淡金の髪。


青金の瞳。


レヴィだった。


その姿を見た瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなる。


自分でも気付かないくらい自然に。


「……来たのか」


レヴィが言う。


いつもの無愛想な声。


けれど、どこか当たり前みたいな言い方だった。


碧は苦笑する。


「悪いかよ」


「別に」


相変わらずだ。


レヴィは少し碧を見ていたが、ふと首を傾げた。


「今日は泳がないのか」


碧は一瞬言葉に詰まる。


確かに、まだ海へ入っていない。


いつもなら来てすぐ泳ぐ。


なのに今日は、ただ立っていた。


レヴィは不思議そうに見ている。


碧は視線を逸らした。


答えに困る。


泳がない理由なんて、自分が一番分かっている。


言えるわけがない。


言いたくない。


なのに沈黙だけが長くなる。


レヴィは急かさない。


ただ静かに待っていた。


碧は観念したように頭を掻く。


「……別に」


声が小さい。


「泳ぎたくなかっただけ」


嘘だ。


自分でも分かる。


レヴィも分かっている気がした。


青金の瞳が、じっとこちらを見ている。


碧は居心地が悪くなる。


だから。


誤魔化そうとして。


余計なことを言ってしまった。


「……お前に会いに来た」


言った瞬間。


時間が止まった。


波の音だけが聞こえる。


碧の顔が一気に熱くなる。


しまった。


本当にしまった。


なんで言った。


なんで今言った。


碧は思わず顔を覆う。


「違う」


慌てて言う。


「いや、違わないけど」


さらに墓穴を掘る。


「そういう意味じゃなくて」


もう何を言っているのか分からない。


最悪だった。


レヴィは黙っている。


その沈黙が余計につらい。


碧は海へ飛び込みたくなった。


むしろ沈みたかった。


けれど。


しばらくして。


「そうか」


レヴィが静かに言った。


たったそれだけ。


驚きも。


茶化しもない。


ただ、本当に少しだけ瞳が柔らかくなった気がした。


碧は思わず顔を上げる。


レヴィは海面へ視線を落としていた。


長い髪が揺れる。


その横顔は相変わらず綺麗だった。


人間じゃないくらい。


ずるいと思う。


「……何だよ」


碧がぼそりと呟く。


レヴィは首を傾げた。


「何がだ」


「何でもない」


碧は視線を逸らす。


心臓がうるさい。


理由は分かっている。


認めたくないだけで。


海が静かに揺れる。


レヴィは何も言わない。


それなのに、その沈黙は不思議と心地良かった。


しばらくして。


レヴィがぽつりと言う。


「なら今日は泳がなくてもいい」


碧が目を瞬かせる。


「は?」


「会いに来たのなら」


当たり前みたいに言う。


碧は言葉を失った。


そして。


少しだけ笑った。


「お前さ」


「なんだ」


「たまに変なこと言うよな」


レヴィは意味が分からないという顔をする。


碧はもう一度笑った。


海が揺れる。


朝日が少しずつ昇っていく。


その光の中で、碧はふと思った。


海へ来る理由が変わったのは、いつからだっただろう。


波でも。


泳ぎでもない。


今はただ。


この人魚に会いたい。


それだけで海へ来ている気がした。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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