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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第4章:「自由な海」
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第3話「海を知る」


「お前は海を知らない」


ある日。


開口一番、

レヴィはそう言った。


碧は眉をひそめる。


「は?」


夜明け前の海。


波に揺られながら、

碧は呆れたようにレヴィを見る。


「いやいや待て」


「俺、

 競泳やってんだけど」


「知っている」


「海もずっと泳いでる」


「それでも知らない」


即答だった。


碧は思わず顔をしかめる。


相変わらず言い方が腹立つ。


レヴィはそんな碧を気にする様子もなく、

静かに海の奥を見た。


「来い」


「またそれか」


説明不足な人魚である。


けれど。


碧は結局ついて行った。



海の中を進む。


今日はいつもより少し深い。


けれど不思議と怖くなかった。


レヴィがいるからだろうか。


そんなことを考えて、

碧は慌てて思考を振り払った。


すると。


レヴィが突然足を止めた。


「見ろ」


指差した先。


暗い海の中で、

小さな光が揺れている。


青白い光。


ふわふわと浮かぶ、

不思議な魚。


碧は目を見開いた。


「……何だこれ」


「深海魚」


「深海魚ってもっと怖いやつじゃないのか」


「それもいる」


レヴィは平然と言う。


「これは綺麗な方だ」


その言い方に、

碧は少し笑った。


魚たちは静かに光を放ちながら、

海の中を漂っている。


まるで星みたいだった。


碧はしばらく見入る。


こんなもの。


知らなかった。


海で泳いできたはずなのに。



さらに進む。


今度はレヴィが手を伸ばした。


「力を抜け」


「は?」


「いいから」


碧は半信半疑で身体の力を抜く。


すると。


海が動いた。


いや。


自分が運ばれている。


波とは違う。


もっと大きくて、

もっと穏やかな流れ。


「海流だ」


レヴィが言う。


「海は動いている」


碧は驚いた。


今まで逆らうことしか考えていなかった。


速く泳ぐために。


前へ進むために。


けれど。


流れに身を任せるだけで、

こんなにも楽だった。


レヴィはその様子を見ながら言う。


「人間はすぐ逆らう」


「仕方ないだろ」


「何故だ」


「勝たなきゃいけないから」


言った瞬間。


碧は少しだけ後悔した。


レヴィは何も言わない。


ただ静かに海流を見ている。


その横顔を見ていると。


勝つとか。


負けるとか。


そんなものが、

少し遠く感じた。



夜が明ける少し前。


海面近くへ戻った時だった。


レヴィがふいに海を指差す。


「触ってみろ」


碧が手を伸ばす。


ぱしゃり。


その瞬間。


青い光が広がった。


碧は目を見開く。


「うわっ」


水面が光る。


指先が光る。


波が光る。


まるで海に星を落としたみたいだった。


「夜光虫」


レヴィが静かに言う。


碧は子どもみたいに何度も水を掻いた。


光が広がる。


綺麗だった。


驚くほど。


「すげぇ……」


思わず漏れる。


レヴィはそんな碧を見ていた。


ほんの少しだけ。


昔の誰かを思い出すみたいに。


けれど。


碧は気付かない。


夢中で光る海を見ていた。



帰る前。


ふたりは海面に浮かんでいた。


空が少しずつ明るくなる。


風が吹く。


波が揺れる。


その時だった。


「聞こえるか」


レヴィが言った。


碧は耳を澄ませる。


最初は何も分からなかった。


けれど。


静かにしていると。


音がある。


波。


風。


魚が跳ねる音。


遠くで鳴く鳥。


海の呼吸みたいな音。


ずっとそこにあったのに、

今まで聞こうともしなかった音。


レヴィは目を閉じる。


「海はうるさい」


碧は思わず笑った。


「いや、静かだろ」


「そうか?」


「そうだよ」


レヴィは少し考えてから。


小さく首を傾げた。


その仕草が妙に人間らしくて、

碧はまた笑ってしまう。


海が揺れる。


風が吹く。


そして。


碧はふと思った。


海って、

こんなに綺麗だっただろうか。


昔は知っていた気がする。


凪と泳いでいた頃。


何も考えずに笑っていた頃。


あの頃の自分は。


ちゃんと知っていたのかもしれない。


碧は朝焼けに染まる海を見る。


隣にはレヴィがいる。


不思議な人魚。


けれど。


レヴィといると。


少しずつ。


忘れていたものを思い出していく。


碧は静かに海を見つめた。


――海って、綺麗だ。


その気持ちが。


胸の奥へ、

ゆっくりと沈んでいった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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