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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第4章:「自由な海」
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第2話「自由に泳ぐ」


「今日は泳がないのか」


レヴィが言った。


夜明け前の海。


碧は波打ち際に座ったまま、

ぼんやり海を眺めていた。


ここ数日。


海へ来る回数が増えている。


いや。


正確には。


レヴィに会う回数が増えている。


碧はその事実を認めたくなくて、

小さく眉を寄せた。


「泳ぐよ」


立ち上がる。


そして海へ入る。


冷たい水が身体を包む。


慣れた感覚。


碧は息を整えると、

いつものように泳ぎ始めた。


腕を伸ばす。


水を掻く。


蹴る。


進む。


もっと速く。


もっと前へ。


身体が勝手に動く。


何年も繰り返した動きだった。


考える前に身体が覚えている。


海を切り裂くように泳ぐ碧を、

レヴィは少し離れた場所から見ていた。


しばらくして。


ぽつりと言う。


「なんで急ぐ」


碧は顔を上げた。


「は?」


レヴィは首を傾げる。


本当に不思議そうだった。


「泳いでいるだけだろう」


「泳いでるからだよ」


碧は当たり前のように答える。


「速く泳ぐだろ普通」


レヴィはしばらく黙った。


そして。


「普通か?」


真顔だった。


碧は思わず吹き出しそうになる。


「お前な」


「海に何か追われているのかと思った」


「追われてねぇよ」


「なら急ぐ必要はない」


レヴィは本気で言っていた。


碧は言葉を失う。


急ぐ必要。


そんなこと考えたこともなかった。


泳ぐなら速く。


速く泳げるならもっと速く。


昔からそうだった。


競泳選手になってからはなおさら。


海でも。


プールでも。


ただ泳ぐことなんて、

いつの間にかなくなっていた。


レヴィはゆっくり碧の横へ来る。


「こっちだ」


「は?」


「いいから来い」


相変わらず説明が足りない。


碧は呆れながらも後を追う。


しばらく泳ぐ。


けれど。


レヴィは速くない。


いや。


速く泳げるはずなのに、

わざと合わせている。


潮の流れに乗るように。


海と遊ぶように。


ゆっくり。


自由に。


碧は少しだけ速度を落とした。


すると。


聞こえる。


波の音。


遠くの魚の群れ。


水が揺れる感覚。


今まで気にも留めなかったもの。


レヴィは振り返らない。


ただ泳いでいる。


碧は少しだけ驚いた。


綺麗だった。


競泳のフォームじゃない。


効率も考えていない。


なのに。


海の中で一番自然だった。


まるで。


海そのものが泳いでいるみたいに。


「……変な泳ぎ方」


思わず呟く。


レヴィが振り返る。


「そうか」


「人間の泳ぎと全然違う」


「人間じゃないからな」


確かに。


それはそうだ。


碧は少し笑った。


レヴィが一瞬だけ目を細める。


それからまた前を向く。


海が静かに揺れている。


碧はゆっくり息を吐いた。


そして。


もう一度だけ速度を落とす。


急がない。


競わない。


誰も見ていない。


誰も評価しない。


ただ。


泳ぐ。


その感覚が。


ひどく懐かしかった。


子どもの頃。


凪と一緒に海を泳いだ。


魚を追いかけて。


笑いながら。


勝ち負けなんてなくて。


ただ楽しかった。


――兄ちゃん、魚みたい!


幼い凪の声が、

ふと蘇る。


碧は目を閉じた。


忘れていた。


ずっと。


こんな風に泳ぐことを。


レヴィは少し前を泳いでいる。


何も言わない。


けれど。


その背中を見ていると、

不思議と息がしやすかった。


海は広い。


自由だった。


そして。


碧は少しだけ思う。


明日も。


また来よう、と。


その理由を、

まだ名前にすることはできなかった。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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