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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第4章:「自由な海」
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第1話「また海へ」


眠れない夜だった。


正確には。


眠れないわけではない。


ただ、

最近よく目が覚める。


時計を見る。


午前三時三十分。


いつもの起床時間まで、

まだ三十分ある。


本来なら、

もう少し眠れるはずだった。


朝練は四時起き。


身体は休ませた方がいい。


そんなことは、

碧自身が一番よく分かっている。


けれど。


最近は駄目だった。


目が覚める。


理由は分からない。


いや。


分かりたくないだけかもしれない。


碧は小さく息を吐いた。


暗い部屋。


静かな天井。


目を閉じても、

思い出すのは海ばかりだった。


波の音。


青金の瞳。


低い声。


――レヴィ。


碧は布団から起き上がる。


「……行くか」


誰に言うでもなく呟いた。


どうせ眠れない。


少し泳げば頭も冷える。


そう自分へ言い聞かせる。


海へ行く理由なんて、

それで十分だった。


少なくとも、

そういうことにしておきたかった。



夜明け前の海は静かだった。


空はまだ暗い。


水平線の向こうが、

わずかに白み始めている。


碧はゆっくり海へ入る。


冷たい。


けれど嫌じゃない。


水が身体を包む。


昔から知っている感覚。


碧は静かに泳ぎ始めた。


競技場じゃない。


コースもない。


タイムもない。


誰も見ていない。


ただ海を泳ぐ。


しばらくして。


ふと顔を上げた。


無意識だった。


気付けば。


海面近くを見ている。


探している。


自分でも分かっていた。


碧は苦笑する。


「何やってんだ俺」


人魚なんて。


毎回いるわけがない。


そう思った瞬間だった。


ざぶり。


少し離れた場所で、

水面が揺れる。


碧の呼吸が止まる。


そして。


ゆっくり現れる。


白い肌。


長い淡金の髪。


青金の瞳。


海の中から、

当たり前みたいに現れた。


レヴィだった。


碧は一瞬言葉を失う。


いた。


本当に。


いる。


レヴィは特に驚く様子もなく、

静かに碧を見ていた。


まるで。


碧が来ることを知っていたみたいに。


「……また来たのか」


低い声。


いつもの無愛想な言い方。


なのに。


碧の胸の奥が少しだけ軽くなる。


理由は分からない。


ただ。


少しだけ嬉しかった。


「悪いかよ」


碧が言うと。


レヴィは小さく目を細めた。


「別に」


興味なさそうな返事。


けれど。


帰れとも言わない。


碧は少し笑った。


波が静かに揺れる。


夜明け前の海。


人魚と人間。


誰も知らない場所。


不思議な時間だった。


「お前さ」


碧がぽつりと言う。


「毎日ここにいるのか?」


レヴィは少し考える。


「毎日ではない」


「じゃあ今日はたまたま?」


「違う」


即答だった。


碧が首を傾げる。


レヴィは静かに海面を見る。


そして。


「今日は少し早いな」


碧が目を瞬かせる。


「……は?」


「いつもはもう少し後だろう」


心臓がどくりと鳴った。


碧はレヴィを見る。


レヴィは平然としていた。


まるで当たり前のことを言ったみたいに。


「お前……」


碧は言葉を失う。


つまり。


知っているのだ。


自分が海へ来る時間を。


いつ来て。


どれくらい泳いで。


いつ帰るのか。


全部。


レヴィは碧の反応を気にする様子もなく、

静かに言う。


「最近は特に早い」


図星だった。


碧は思わず視線を逸らす。


最近よく目が覚める。


三時半。


四時。


理由なんて考えたくなかった。


レヴィはそんな碧を見ながら、

小さく息を吐いた。


相変わらず苦しそうな顔をしている。


けれど。


初めて会った頃より少しだけ違う。


ほんの少しだけ。


表情が柔らかい。


レヴィは静かに視線を逸らした。


海が揺れる。


夜明けの光が、

ゆっくり海面を染め始めていた。


碧はまだ知らない。


自分が海へ来る理由が、

少しずつ変わり始めていることを。


そしてレヴィもまだ知らない。


その変化が、

自分のせいだということを。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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