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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第3章:「深海」
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第10話「そんな顔で泳ぐな」


夜明け前の海だった。


空はまだ暗い。


月の名残が、

波の上に淡く落ちている。


深海は静かだった。


レヴィは海面近くをゆっくり泳ぎながら、

ぼんやりと波を見上げる。


最近、

また浅瀬へ来ることが増えていた。


理由は分かっている。


分かっているから、

余計に苛立つ。


人間へ近付くな。


海の王の声が、

まだ胸の奥に残っていた。


それでも。


海面近くへ来てしまう。


まるで何かを探しているみたいに。


その時だった。


――ざぶん。


水を裂く音。


レヴィの瞳が揺れる。


ひとりの人間が、

夜の海へ飛び込んできた。


黒髪。


長い手足。


水へ溶けるような泳ぎ方。


その瞬間。


レヴィの呼吸が止まった。


蒼士郎だと思った。


遠い昔、

夏の海で笑っていた人間。


海を愛していた男。


波を切る姿が、

あまりにも似ていた。


だから。


レヴィは反射的に近付いていた。


深い場所へ。


静かに。


海の底から見上げる。


黒髪の人間が、

月明かりの下を泳いでいる。


綺麗だった。


けれど。


違う。


レヴィはゆっくり目を細める。


呼吸が荒い。


泳ぎが苦しそうだ。


逃げるみたいに、

海を掻いている。


蒼士郎はそんな風に泳がなかった。


もっと自由だった。


もっと笑っていた。


海へ愛されることを、

当たり前みたいに受け入れていた。


なのに。


目の前の人間は違う。


海へ逃げ込んでいる。


苦しそうに。


壊れそうに。


それでも泳ぐことをやめられない。


レヴィの胸の奥が、

妙にざわついた。


どうしてそんな顔をする。


海が好きだったはずなのに。


その瞬間。


人間がふと息を乱した。


身体が沈みかける。


レヴィは反射的に腕を掴んでいた。


冷たい海の中で、

人間がはっと目を見開く。


黒い瞳。


驚き。


恐怖。


そして。


レヴィを映す視線。


その顔を見た瞬間、

完全に理解した。


違う。


蒼士郎じゃない。


別の人間だ。


けれど。


どうしても、

放っておけなかった。


レヴィは眉を寄せる。


そして低く言った。


「……そんな顔で泳ぐな」


人間が息を呑む。


月明かりが、

青金の瞳を淡く照らしていた。


海は静かだった。


まるで、

何かがまた始まってしまうことを、

知っているみたいに。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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