第4話「深海蒼士郎」
ー回想ー
夏の海は眩しかった。
蒼士郎はいつも突然現れる。
朝焼け前だったり、
陽が高い昼間だったり、
仕事終わりの夕暮れだったり。
けれど不思議と、
レヴィは蒼士郎が海へ来る時間を覚えていった。
今日は来る。
なぜか分かる。
海流の変化みたいに、
自然と感じ取ってしまう。
「レヴィ!」
水面から聞こえる声。
レヴィが浅瀬へ向かうと、
蒼士郎が海へ浮かびながら笑っていた。
黒髪が濡れている。
日に焼けた肌。
魚みたいに自由な泳ぎ方。
人間なのに、
海を恐れない。
「また来たのか」
レヴィが呆れたように言うと、
蒼士郎は楽しそうに笑った。
「来ちゃ悪い?」
「悪い」
即答。
けれど蒼士郎は気にしない。
「でもお前、
俺が来るとちゃんと出てくるじゃん」
レヴィは黙った。
図星だった。
最初はただ、
珍しい人間だと思った。
海を怖がらない。
深い場所へ来る。
歌を聞いても逃げない。
それだけだったはずなのに。
気付けば、
蒼士郎を探している。
海面へ視線を向けてしまう。
人間など、
どうでもよかったはずなのに。
蒼士郎は水の中へ潜り、
レヴィの隣へ並ぶ。
尾びれのない身体。
短い呼吸。
不完全な泳ぎ。
脆い生き物。
それなのに、
蒼士郎が泳ぐ姿は綺麗だった。
「お前、
ほんと魚みたいだな」
蒼士郎が笑う。
レヴィは眉を寄せた。
「前も言っていた」
「だって速ぇし」
蒼士郎は楽しそうに水を掻く。
レヴィも少しだけ速度を落として並んだ。
波の音。
光。
揺れる水面。
蒼士郎といる時間だけ、
浅瀬の海は妙に騒がしかった。
「なあレヴィ」
「なんだ」
「お前、
普段どこいるんだ?」
「海の底」
「雑」
レヴィは少しだけ笑いそうになる。
人間と話すことなど、
今までほとんどなかった。
なのに蒼士郎は、
最初から距離が近い。
怖がらない。
遠慮もしない。
まるで昔から知っていたみたいに、
自然に隣へ来る。
「お前ってさ」
蒼士郎がふと言う。
「意外と優しいよな」
レヴィは目を細めた。
「どこが」
「ちゃんと俺に付き合ってくれる」
その言葉に、
レヴィは返事ができなかった。
ただ、
胸の奥だけが妙に騒ぐ。
人間は嫌いだった。
短命で、
脆くて、
すぐ死ぬ。
なのに。
蒼士郎といる時間は、
嫌じゃない。
むしろ。
もっと見ていたいと、
思ってしまう。
それが何なのか、
この頃のレヴィはまだ知らなかった。
*
ー現在
「最近、
お兄様変」
深海の神殿。
青白く光る珊瑚の庭で、
ノアが不思議そうに首を傾げる。
レヴィは眉を寄せた。
「何がだ」
「浅瀬行く回数増えた」
「……そうか」
「うん」
ノアは珊瑚へ寄り掛かりながら、
じっと兄を見る。
「なんか最近、
よく考えごとしてる」
レヴィは答えない。
図星だった。
最近、
気付けば海面近くへ向かっている。
深海碧が海へ来る時間を、
覚えてしまっている。
馬鹿みたいだと思う。
ノアはそんな兄を見ながら、
少しだけ笑った。
「浅瀬、
綺麗だった?」
レヴィは答えない。
ノアはくすっと笑う。
「私もまた行きたいな」
「歌がいっぱい聞けるし」
少し考えてから続ける。
「でも最近のお兄様、
浅瀬じゃなくて誰かのこと考えてそう」
レヴィは静かに目を伏せる。
浅瀬は綺麗だ。
光が多い。
音がある。
人間がいる。
そして。
簡単に、
心を攫われる場所だ。
レヴィの脳裏へ、
また黒髪の人間が浮かぶ。
苦しそうに泳ぐ、
深海碧。
そして遠い昔、
夏の海で笑っていた、
深海蒼士郎。
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ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
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