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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第3章:「深海」
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第2話「歌」


深海の夜は静かだ。


海面近くの世界とは違う。


波の音も、

風も、

人間の声も届かない。


ただ、

ゆるやかな海流だけが、

静かに世界を揺らしている。


レヴィは崩れた神殿の回廊を泳ぎながら、

小さく目を閉じた。


頭の奥に残る。


黒髪。


苦しそうな呼吸。


海へ逃げ込むような泳ぎ方。


――深海碧。


その名前を思い出した瞬間。


遠くから、

歌声が聞こえた。


静かな海へ、

透き通る声が広がっていく。


人魚の歌だった。


深海の歌ではない。


もっと軽やかで、

柔らかい旋律。


浅瀬の歌。


レヴィはわずかに眉を寄せる。


聞き慣れた声だった。


崩れた石柱を抜けた先。


青白く光る珊瑚の庭で、

ひとりの人魚が歌っていた。


長い銀髪。


淡く光る青緑の尾びれ。


月光みたいな瞳。


ノアだった。


周囲には小魚たちが集まり、

歌へ惹かれるように揺れている。


ノアは歌い終えると、

気配に気付いたように振り返った。


「あ、お兄様」


楽しそうに笑う。


レヴィはため息混じりに言った。


「また人間の歌か」


ノアは少しだけ目を丸くする。


「分かるの?」


「浅瀬の旋律は耳障りだ」


「ひど」


ノアはくすくす笑った。


レヴィは近くの石柱へ寄り掛かりながら、

静かに妹を見る。


ノアは昔から自由だった。


深海側の王族らしくない。


浅瀬へ興味を持ち、

人間の歌を真似し、

海の外を知りたがる。


危うい。


レヴィは昔から、

そう思っていた。


ノアは尾びれを揺らしながら、

また小さく歌を口ずさむ。


どこか懐かしい旋律だった。


人間の音楽。


浅瀬から流れてきたものを、

いつの間にか覚えてしまったのだろう。


「綺麗なものは好きだよ」


ノアがふわりと笑う。


「歌も、

 月も、

 人間の音楽も」


その言葉に、

レヴィは静かに目を細めた。


「人間へ興味を持つな」


低い声。


ノアは少し不満そうに唇を尖らせる。


「どうして?」


「脆い」


即答だった。


「すぐ壊れる」


ノアはしばらく黙る。


青白い魚群が、

ふたりの間をゆっくり通り過ぎた。


やがてノアは、

少しだけ困ったように笑う。


「お兄様って、

 人間嫌いだよね」


レヴィは答えない。


嫌い。


そうだ。


本来、

近付くべきじゃない。


関われば、

最後には失う。


海に残されるのは、

いつだって人魚の方だ。


だから。


深く関わるべきではない。


頭では分かっている。


それなのに。


レヴィの脳裏へ、

また黒髪の人間が浮かぶ。


苦しそうに泳ぐ姿。


海へ逃げるような呼吸。


そして。


自分の名前を呼んだ声。


「……レヴィ」


ノアが不思議そうに覗き込む。


「お兄様?」


レヴィは小さく目を伏せた。


「……何でもない」


ノアは少し首を傾げる。


けれどそれ以上は聞かなかった。


ただ静かな海の中で、

また小さく歌を口ずさむ。


その旋律は、

どこか遠い浅瀬の匂いがした。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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