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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第3章:「深海」
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第1話「海へ還る」


「……深海碧」


別れ際に聞いた名前を、

レヴィは海の中で小さく繰り返した。


アオ。


不思議な響きだった。


波の下へ沈みながら、

レヴィはゆっくり目を閉じる。


夜の海は静かだ。


人間の声も、

船の音も、

浅瀬の光も届かない。


深く。

もっと深く。


冷たい海水が、

身体へ馴染んでいく。


ここが本来の場所だった。


レヴィの尾びれが揺れるたび、

青金の鱗が暗い海を照らす。


周囲を、

青白く光る魚たちが泳いでいく。


深海へ近付くほど、

海は静かになる。


まるで、

世界そのものが眠っているみたいだった。


やがて。


暗闇の奥に、

巨大な影が浮かび上がる。


白い石柱。


崩れた神殿。


海藻に覆われた階段。


深海の底に沈む、

古代の遺跡。


人魚たちは、

その遺跡を中心に暮らしている。


静かな水流の中を、

幾人もの人魚が通り過ぎた。


銀色の鱗。


深緑の尾びれ。


淡い紫の瞳。


それぞれ異なる色を持ちながらも、

皆どこか人間離れしている。


レヴィの姿を見つけた途端、

彼らは静かに頭を下げた。


深海側の王族。


海の王の血。


その証である青金の鱗は、

この海では特別だった。


けれどレヴィは、

それに慣れきったように視線を向けない。


興味もない。


ただ静かに、

神殿の奥へ進んでいく。


高い天井。


巨大な石像。


遥か昔に崩れた壁。


その最奥。


暗い玉座の間で、

ひとりの男が海を見下ろしていた。


長い黒髪。


深海みたいに暗い瞳。


圧倒的な存在感。


海の王。


レヴィは一瞬だけ目を伏せる。


王は静かに口を開いた。


「遅かったな」


低い声が、

海の底へ響く。


レヴィは短く答えた。


「浅瀬にいた」


王の視線が、

ゆっくりレヴィへ向けられる。


その瞳は、

深海そのものみたいに冷たい。


「最近、

 浅瀬へ行く回数が増えている」


責める声ではない。


けれど、

静かな圧があった。


レヴィは答えない。


王もそれ以上は追及しなかった。


ただ静かに、

海の流れを見つめる。


「人間へ近付きすぎるな」


ぽつりと落ちた言葉に、

レヴィの瞳がわずかに揺れた。


ほんの一瞬。


けれど王は見逃さない。


静かな沈黙。


やがてレヴィは、

視線を逸らすようにその場を離れた。


神殿の奥。


誰もいない回廊を泳ぎながら、

レヴィは小さく息を吐く。


碧を思い出す。


白いTシャツ。


濡れた黒髪。


苦しそうな呼吸。


海へ逃げ込むみたいな泳ぎ方。


――そんな顔で泳ぐな。


自然に出た言葉だった。


どうしてあんな言葉を言ったのか、

自分でも分からない。


けれど。


脳裏に浮かぶのは、

別の人間だった。


夏の海。


陽射し。


笑い声。


海を恐れず、

自由に泳ぐ人間。


――兄ちゃん、魚みたい!


遠い昔、

誰かが笑っていた気がする。


違う。


それは今の記憶じゃない。


もっと昔。


もっと遠い、

忘れられない夏。


レヴィはゆっくり目を閉じる。


暗い深海の中で。


深海碧の姿が、

別の人間と重なっていた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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