第7話「人魚が全員」
夜の海は静かだった。
月明かりが、
波の上で淡く揺れている。
碧は堤防へ腰を下ろし、
海面を見つめていた。
最初は怖かった。
海の底で見たものも。
人間じゃない存在も。
けれど。
今はもう、
海へ来ればレヴィがいる気がしていた。
それが当たり前みたいになっている自分が、
少しおかしい。
「今日は遅かったな」
低い声が、
海面から聞こえる。
碧は少し笑った。
「大学のレポート」
レヴィは海面へ腕を乗せたまま、
興味なさそうに瞬きをする。
「陸の人間は、
紙ばかり見ている」
「偏見だろ、それ」
「事実だ」
相変わらず塩対応だった。
でも最初より、
少しだけ会話は増えた。
碧が海へ行けば、
レヴィは現れる。
レヴィは必要以上に喋らない。
けれど、
碧が話すとちゃんと聞いている。
不思議な距離感だった。
碧は夜の海を見つめながら、
ぽつりと呟く。
「……なんかさ」
「?」
「人魚って、
もっと女みたいなの想像してた」
その瞬間。
レヴィがぴたりと動きを止めた。
碧は慌てて補足する。
「いや、
島の昔話とかだとさ」
「綺麗な女の人が歌って、
海に引き込むみたいな」
祖母の話を思い出す。
“人魚は綺麗だからねぇ。
みんな海へ行きたくなる”
子どもの頃から聞いていた人魚は、
ずっと“美女”だった。
だから最初、
レヴィを見た時も混乱したのだ。
人魚なのに、
男だったから。
レヴィはしばらく黙っていた。
波の音だけが揺れる。
やがて。
少し呆れたように、
静かな声が落ちた。
「人魚が全員、
女だと思うな」
碧は思わず吹き出した。
「いや、だって普通そう思うだろ」
「人間の勝手な想像だ」
レヴィは淡々と言う。
その横顔は相変わらず綺麗だった。
白い肌。
濡れた金髪。
深海みたいな青金の瞳。
月明かりの下だと、
余計に人間離れして見える。
碧はぼんやりレヴィを見つめた。
すると。
「……なんだ」
レヴィが眉を寄せる。
「いや」
碧は苦笑する。
「お前、
本当に人魚なんだなって」
その言葉に、
レヴィは少しだけ目を細めた。
「今更か」
「だって、
まだ夢みたいなんだよ」
海に人魚がいるなんて。
しかも、
こうして普通に会話している。
現実感が薄い。
レヴィは静かに碧を見る。
「お前は変わっている」
「は?」
「普通の人間なら、
もっと怖がる」
碧は少し黙る。
怖くないわけじゃない。
実際、
海の底で感じた恐怖は本物だった。
でも。
「……お前は、
そんな怖くない」
ぽつりと零れた言葉に、
レヴィの瞳がわずかに揺れた。
波が静かに打ち寄せる。
夜の海は暗い。
けれど今の碧には、
その暗さが少しだけ心地良かった。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




