表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第2章:「境界線」
PR
14/14

第6話「名前を呼ぶ」


海へ行くのを、

数日やめていた。


大学と練習の往復。


疲れて帰って、

眠るだけの日々。


けれど。


気付けば、

碧は何度も窓の外を見ていた。


夜の海を。


青金の鱗は、

机の引き出しへ隠してある。


誰にも見せていない。


見せられなかった。


あれを見れば、

全部思い出すからだ。


冷たい指先。


深海みたいな瞳。


そして。


自分を抱えて泳いだ、

あの圧倒的な速さ。


人間じゃない。


本当に、

海の生き物だった。


碧は小さく息を吐く。


怖かった。


あの巨大な影も。


海の底の暗さも。


全部。


なのに。


――会いたい。


その感情だけが、

頭から離れなかった。


助けてもらった礼を言いたい。


そう自分へ言い訳しながら、

碧は夜の海へ向かっていた。


潮風が頬を撫でる。


静かな波音。


久しぶりの海だった。


碧は堤防へ腰を下ろし、

暗い海を見つめる。


いるんだろうか。


そんなことを考えてしまう自分に、

少し笑ってしまう。


「……馬鹿みたいだ」


ぽつりと呟いた瞬間。


「本当にそうだな」


低い声が、

すぐ近くで返ってきた。


碧の肩が跳ねる。


振り返る。


海面。


月明かり。


そして。


青金の瞳。


人魚が静かに海面から顔を出していた。


濡れた金髪が、

夜風に揺れている。


碧は息を呑む。


やっぱりいた。


人魚は碧を見るなり、

わずかに眉を寄せた。


「……今日は沈みそうな顔じゃない」


「失礼だな」


思わず言い返す。


すると人魚は、

少しだけ目を細めた。


笑ったのかもしれない。


碧は海面へ視線を落とした。


「この前は……

 助けてくれて、ありがと」


人魚は何も答えない。


ただ静かに、

波へ腕を乗せている。


「……お礼言いに来ただけ?」


「いや」


碧は少し言葉に詰まる。


本当は違う。


会いたかった。


でもそれを言うのは、

妙に恥ずかしかった。


人魚はじっと碧を見ている。


まるで、

心の奥を見透かすみたいに。


居心地が悪くなって、

碧は視線を逸らした。


「お前、

 なんで俺のこと見てるんだよ」


すると人魚は、

当然みたいに答えた。


「お前が海へ来るからだ」


あまりにも自然な言い方に、

碧は一瞬黙る。


「……それだけ?」


「それだけだ」


塩対応だ。


碧は思わず苦笑した。


その時。


人魚がふと呟く。


「お前、

 いつも夜明け前に来るだろ」


碧の表情が止まる。


「……は?」


「一番最初もそうだった」


静かな声。


まるで、

ずっと前から知っていたみたいな口調。


碧の背筋がぞくりとした。


「お前……

 いつから俺を見てた」


人魚は少しだけ沈黙する。


波が揺れる。


そして。


「前からだ」


あっさりと言った。


碧は言葉を失う。


前から。


それって、

どれくらい前だ。


数日?


数週間?


まさか。


人魚はそんな碧を見ながら、

不思議そうに首を傾げた。


「人間はすぐ気付かない」


「気付くわけないだろ……」


海に人魚がいるなんて。


そんなの、

昔話の中だけだと思っていた。


碧は小さく息を吐く。


そして、

ふと思い出したように口を開いた。


「……名前」


「?」


「お前、

 名前ないの」


人魚の瞳がわずかに揺れる。


少しだけ間を置いてから、

低い声が落ちた。


「……レヴィ」


初めて知る名前だった。


どこか異国の響き。


海に似合う名前だと、

碧は思った。


「レヴィ……」


無意識に、

その名前を口にする。


するとレヴィが、

ゆっくり碧を見上げた。


「お前は」


碧は一瞬だけ迷って、

静かに答える。


「……深海碧」


波が揺れる。


その名前を、

レヴィは小さく繰り返した。


「アオ……」


その呼び方が妙にくすぐったくて、

碧の胸が少しだけ騒いだ。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ