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深海に溺れる  作者: 深幸-みさき-
第2章:「境界線」
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第4話「冷たい指先」


見つかった。


そう思った瞬間。


碧の呼吸が浅くなる。


海面に揺れる月明かり。


その下で、

青金の瞳だけが静かに碧を見ていた。


逃げた方がいい。


頭では分かっている。


相手は人間じゃない。


島の昔話なら、

こういう時は逃げるべきなのだ。


――人魚に愛された人間は、

 海へ還る。


祖母の声が脳裏を過る。


なのに。


碧は動けなかった。


青金の瞳から、

目を逸らせない。


波が静かに揺れる。


やがて。


“それ”がゆっくり近付いてくる。


水音すらほとんど立たない。


泳ぐというより、

海そのものが流れてくるみたいだった。


月光が、

濡れた金髪を淡く照らす。


白い肌。


青と金が混ざる鱗。


長い尾びれが、

暗い海の中でゆっくり揺れていた。


綺麗だ。


けれど同時に、

本能が警鐘を鳴らす。


これは人間じゃない。


海の生き物だ。


深い場所に棲む、

得体の知れないもの。


人魚は碧のすぐ近くで止まった。


静かな沈黙。


近くで見ると、

余計に異様だった。


まるで体温がない。


呼吸も聞こえない。


人間みたいな顔をしているのに、

決定的に何かが違う。


碧の喉が小さく鳴る。


人魚はじっと碧を見つめたまま、

ゆっくり手を伸ばした。


白い指先が、

碧の頬へ触れる。


冷たい。


海水より冷たい温度。


ぞくりと背筋が震える。


その瞬間、

碧ははっきり理解した。


夢じゃなかった。


あの日、

海の底で見たものは。


この男は、

本当に存在している。


人魚は碧の頬へ触れたまま、

わずかに眉を寄せる。


「……またそんな顔をしている」


低い声。


静かな海の底みたいな声だった。


碧は息を呑む。


また。


やっぱり、

あの時の声だ。


「お前……」


声が掠れる。


人魚は何も答えない。


ただ碧を見ている。


まるで、

碧の奥にある何かを覗き込むみたいに。


碧は無意識に、

その手首を掴んだ。


細い。


けれど驚くほど強い。


冷たい鱗が、

指先へ触れる。


人魚の瞳が、

わずかに揺れた。


次の瞬間。


海の奥から、

低く不気味な音が響く。


ぐるる、と。


まるで、

巨大な何かが動くような音。


碧の身体が強張る。


人魚の表情が変わった。


初めて、

はっきり警戒した目になる。


そして。


「下がれ」


低い声が、

海より冷たく落ちる。


その瞬間。


暗い海の底で、

何か巨大な影が動いた。

ご覧いただきありがとうございます。

『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。


ふたつの海の物語──。

真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。

月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。


▼ もうひとつの人魚BL

『夜凪に溶ける』

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