第4話「冷たい指先」
見つかった。
そう思った瞬間。
碧の呼吸が浅くなる。
海面に揺れる月明かり。
その下で、
青金の瞳だけが静かに碧を見ていた。
逃げた方がいい。
頭では分かっている。
相手は人間じゃない。
島の昔話なら、
こういう時は逃げるべきなのだ。
――人魚に愛された人間は、
海へ還る。
祖母の声が脳裏を過る。
なのに。
碧は動けなかった。
青金の瞳から、
目を逸らせない。
波が静かに揺れる。
やがて。
“それ”がゆっくり近付いてくる。
水音すらほとんど立たない。
泳ぐというより、
海そのものが流れてくるみたいだった。
月光が、
濡れた金髪を淡く照らす。
白い肌。
青と金が混ざる鱗。
長い尾びれが、
暗い海の中でゆっくり揺れていた。
綺麗だ。
けれど同時に、
本能が警鐘を鳴らす。
これは人間じゃない。
海の生き物だ。
深い場所に棲む、
得体の知れないもの。
人魚は碧のすぐ近くで止まった。
静かな沈黙。
近くで見ると、
余計に異様だった。
まるで体温がない。
呼吸も聞こえない。
人間みたいな顔をしているのに、
決定的に何かが違う。
碧の喉が小さく鳴る。
人魚はじっと碧を見つめたまま、
ゆっくり手を伸ばした。
白い指先が、
碧の頬へ触れる。
冷たい。
海水より冷たい温度。
ぞくりと背筋が震える。
その瞬間、
碧ははっきり理解した。
夢じゃなかった。
あの日、
海の底で見たものは。
この男は、
本当に存在している。
人魚は碧の頬へ触れたまま、
わずかに眉を寄せる。
「……またそんな顔をしている」
低い声。
静かな海の底みたいな声だった。
碧は息を呑む。
また。
やっぱり、
あの時の声だ。
「お前……」
声が掠れる。
人魚は何も答えない。
ただ碧を見ている。
まるで、
碧の奥にある何かを覗き込むみたいに。
碧は無意識に、
その手首を掴んだ。
細い。
けれど驚くほど強い。
冷たい鱗が、
指先へ触れる。
人魚の瞳が、
わずかに揺れた。
次の瞬間。
海の奥から、
低く不気味な音が響く。
ぐるる、と。
まるで、
巨大な何かが動くような音。
碧の身体が強張る。
人魚の表情が変わった。
初めて、
はっきり警戒した目になる。
そして。
「下がれ」
低い声が、
海より冷たく落ちる。
その瞬間。
暗い海の底で、
何か巨大な影が動いた。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




