第3話「夜の海へ」
最近、
眠れない日が増えた。
大学の練習が終わり、
部屋へ戻っても、
身体だけが重くて、
頭の中はずっと静かにならない。
ベッドへ横になっても、
目を閉じれば思い出す。
深い青。
そこに混ざる、
金の光。
冷たい声。
『……そんな顔で泳ぐな』
碧は小さく息を吐き、
ベッドから起き上がった。
時計を見る。
午前一時過ぎ。
窓の外では、
遠くに海が見える。
――行くのか。
自分でも呆れる。
疲れているはずなのに。
明日も朝から練習なのに。
それでも足は、
海へ向かっていた。
夜の島は静かだった。
コンビニの灯り。
潮風。
遠くの波音。
昔から、
海は逃げ場所だった。
苦しい時ほど、
海へ入った。
水の中では、
余計な声が聞こえなくなるから。
期待も、
プレッシャーも、
全部遠くなる。
だから泳いでいた。
ただ、
それだけだったはずなのに。
碧は堤防へ辿り着く。
暗い海を見つめながら、
ゆっくり靴を脱いだ。
潮風が、
濡れた前髪を揺らす。
……いるんだろうか。
その考えが浮かんだ瞬間、
碧は眉を寄せた。
馬鹿みたいだ。
人魚なんて。
現実味なんかない。
なのに、
海を見るたび、
探してしまう。
青金の瞳を。
碧は何も考えないように、
そのまま海へ飛び込んだ。
冷たい海水が、
全身を包む。
静かだった。
月明かりだけが、
揺れる水面を照らしている。
碧はゆっくり泳ぎ始める。
腕を伸ばす。
水を掻く。
深く潜る。
海の中は暗い。
けれど今日は、
何度も視線を巡らせてしまう。
いるかもしれない。
また会えるかもしれない。
そう思っている自分に、
気付いてしまう。
碧は小さく息を吐いた。
「……何やってんだ、俺」
人魚に会いたいなんて。
疲れてるのかもしれない。
それとも。
本当に、
海に呼ばれているんだろうか。
その時。
――ちゃぷん。
すぐ後ろで、
水音が鳴った。
碧の身体が強張る。
振り返る。
暗い海。
月光。
そして。
海面から、
白い腕がゆっくり伸びていた。
碧の呼吸が止まる。
その先。
青金の瞳が、
静かに碧を見上げている。
見つかった。
そう思った瞬間。
人魚は、
ほんの少しだけ目を細めた。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




