第2話「見つけてしまった」
人間は嫌いだった。
脆く、
騒がしく、
すぐ死ぬ。
海を恐れながら、
勝手に踏み込み、
勝手に溺れる。
浅い場所でしか生きられないくせに、
海を知ったような顔をする。
だから興味などなかった。
今までは。
暗い海の底。
レヴィは静かに目を開ける。
遥か上。
月明かりに揺れる水面の向こうで、
ひとりの人間が泳いでいる。
毎日、
夜明け前になると現れる人間。
最初はただ、
珍しいと思った。
他の人間は、
夜の海を嫌う。
暗さを恐れる。
深い場所へ来ない。
なのにあの人間は違った。
ひとりで海へ来る。
誰もいない時間を選び、
何度も深く潜る。
苦しそうな顔をしながら。
理解できなかった。
そんなに苦しいなら、
来なければいい。
海から離れればいい。
なのに、
何度でも戻ってくる。
今日もそうだった。
水を掻く音。
揺れる呼吸。
心臓の鼓動。
人間の身体はうるさい。
海の中では、
全部聞こえる。
あの人間の呼吸は、
最近少し乱れていた。
疲れている。
身体ではなく、
もっと深い場所が。
レヴィはゆっくり浮上する。
青金の尾びれが、
暗い海を静かに揺らした。
近付けば近付くほど、
音が聞こえる。
速い鼓動。
浅い呼吸。
それなのに。
海へ入っている時だけ、
ほんの少し呼吸が穏やかになる。
奇妙だった。
陸では、
死んだ魚みたいな目をしているのに。
海へ来ると、
少しだけ生き返る。
レヴィは水面を見上げる。
黒髪。
白い肌。
水の中で揺れる身体。
綺麗だと思った。
人間にそんな感情を抱いたのは、
初めてだった。
だから、
見続けてしまった。
最初は数日。
次は数週間。
気付けば、
あの人間が来る時間になると、
浅瀬へ向かっている自分がいた。
愚かだと思う。
たかが人間一人。
放っておけばいい。
どうせ短命だ。
なのに。
あの人間が海へ来ない日だけ、
海が妙に静かだった。
レヴィは眉を寄せる。
気に入らない。
人間などに、
感情を乱されることが。
その時。
あの人間が深く潜った。
暗い海へ、
まっすぐ沈んでくる。
レヴィは目を細める。
無防備だ。
まるで、
海に抱かれに来るみたいに。
人間は本来、
もっと海を恐れる。
深い場所は死に近い。
なのにあの人間は、
時々ひどく危うい。
このまま沈んでも構わない、
みたいな顔をする。
――そんな顔で泳ぐな。
思わず声をかけた時、
あの瞳が揺れた。
あの顔が、
頭から離れない。
レヴィはゆっくり目を閉じる。
昔から知っている。
海に愛される人間ほど、
海へ呑まれる。
だから嫌だった。
特にあの人間は。
まるで最初から、
海へ還る場所を探しているみたいだった。
レヴィは再び目を開ける。
水面越しに、
あの人間の姿が見える。
胸の奥が、
妙にざわつく。
理解したくなかった。
それでも、
もう気付いている。
自分はきっと。
あの人間を、
見つけてしまったのだ。
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『深海に溺れる』は、毎日【22:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
月光に照らされる、切なくきらめく初恋の物語もぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『夜凪に溶ける』




