34.不時着か無事着陸か
「う、うわぁぁぁ」
「助けてくれぇ!」
「ひ、し、死ぬ」
各々叫び声を上げる村人たちをよそに、リフィリーゼは全員を浮遊させて空中に浮かべる。そして、イスランタも結界を何重にも展開する。空気の球のような不思議な色に輝く球体の中に入った村人たちとリフィリーゼ、イスランタ。
二人の額からは粒のような汗が溢れ、ポタポタと落ちていく。
「行こう」
イスランタの言葉に頷いたリフィリーゼは速度を上げ、山を越える。
「は、はえぇ」
「こわいこわいこわいこわい」
「死ぬ……」
できるだけ早く、しかし誰も落とさないように注意を払うリフィリーゼ。そして、例えメルタリア・ジョセフィーイングに見つかっても無事でいられるように、全員を結界を守り続けるイスランタ。ピシピシと結界に何かが当たる音が響くたび、イスランタは新たな結界を作り直す。
「あとどれくらい!?」
「ひぇ、あ、あれだ! あの建物だ!」
イスランタの切羽詰まったような問いに、村人が頭を片手で抱えたまま、山の上の建物を指差す。指差した建物に一瞬視線を向けたイスランタとリフィリーゼ。小さく頷き合って、リフィリーゼは囁くように言った。
「速度、あげます」
リフィリーゼの声が村人たちの耳に届き、その意味を理解した瞬間に全員を包んだ球は速度を思いっきり上げた。
「うわぁぁぁぁ」
「神よ!」
「うっ」
各々死にそうな表情を浮かべた村人たちに、一気に結界を張り直し続けるイスランタ。建物との位置を視認したイスランタは、リフィリーゼに叫んだ。
「突っ込む気か!?」
「そう! 結界、お願い!」
リフィリーゼの答えに、村人たちの呼吸が一瞬止まり、各々叫び声やら祈る声を上げ始めた。
「……リフィ、地面に着く瞬間に反発する魔法は展開できないか?! 俺の結界じゃ守りきれねーぞ!」
イスランタの言葉に叫んでた村人たちは押し黙った。そして、祈るようにリフィリーゼを見る。
「……反発……やってみる」
リフィリーゼの頷きに安心した様子のイスランタに反して、村人たちは全員が神に祈り始めた。
「どうか我らをお守りください」
「あぁ、神様。奇跡を」
「神よ!!」
もう目前に迫った山小屋のような建物の玄関に向かって、リフィリーゼが魔法を一つ打ち込んだ。すると、あたりは一瞬光って、ドアに衝撃が響いた。
「……こないか」
イスランタは結界を張り増しながら、小さく呟いた。村人たちもリフィリーゼの打った魔法の意味を理解して、大きな声で叫び始めた。
「シヂルド様ぁ!」
「気づいてくれ、シヂルド様!」
「助けてくれぇ! シヂルド様ぁ!」
リフィリーゼが到達する屋敷の庭の辺りに向かって魔法を打ち込む。その瞬間、山小屋のドアがゆっくりと開いて、中から出てきたやけにガタイのいい、白髪で刈り上げられたような髪型をした男性がリフィリーゼの魔法の到達点のあたりに、「ふん!」と声を上げながら魔法を打った。
「うわぁぁぁぁ!!」
「死ぬぅぅぅぅ」
「神様ぁぁぁ」
そんな叫び声の上がる球を、シヂルドの魔法が包み込み、全員をびしょ濡れにした。
「うわ、ごほっ、ごぼ、」
「うげ、ぐ、がは、」
「っ、ぐ、かは」
必死に飲み込んだ水を吐き出す村人たちに、シヂルドは大きな声で叫んだ。
「修行が足りん! 突然の水魔法くらい対応してみせろ!」
びしょびしょになった髪を後ろにまとめて絞るリフィリーゼに、服を絞るイスランタを見て、にやりと笑ったシヂルドは、二人の間にドスドスと歩いていって言った。
「お前たち、見込みがあるな! 名を何と言う!? 弟子にならぬか!?」
「……」
顔を見合わせあった二人は、小さく頷き合い、シヂルドに向き直った。
「お初にお目にかかります。魔法使いシヂルド様。メルリア王国筆頭宮廷魔法使いのイーリア様よりご紹介を受けました。メリルア王国宮廷魔法使いで、魔法使いワイナーの弟子、リフィリーゼと申します」
淑女の礼をとりながら自己紹介したリフィリーゼに、“ワイナーの弟子”という単語を聞いた瞬間「ほぅ……」と小さな声を上げたシヂルド。
次に、視線を受けたイスランタが慌てたように姿勢を正し、育ちの良さがわかるメルリア王国流の紳士の礼をとり、声を張り上げる。
「同じくお初にお目にかかります。魔法使いシヂルド様。イーリア様よりご紹介を受けました、メルリア王国宮廷魔法使いでメルタリア・ジョセフィーングの息子、イスランタ・ジョセフィーングでございます」
メルタリア・ジョセフィーングの名を聞き、笑みを深めたシヂルドは、二人の手を握ってガシガシと振り回すように握手した。
「お前らがイーリアの言っておった若者か。遠いところよくきた!」
そんな三人を横で復活を遂げた村人の一人が声を上げる。
「ごほ、シヂルド様、ミリィを助けてくれ! 連れ去られたんだ! 魔法の使える奴らだ!」
村人の言葉に、シヂルドは眉間に皺を寄せた。
「……さっきから飛んできておるこの魔法と関係がありそうだな! えい、鬱陶しいの。この鬱陶しさはメルタリアか!?」
そう言って、シヂルドは山小屋から離れた崖のようなところまで歩み出て、杖を構えた。
「鬱陶しい! しつこさは健在か!」
そう言って飛んできた魔法をまるで抱き抱えるように掴み、魔法を追加するようにこねくり回した。
そして、「ふん!」と声をあげて、思いっきりそれを投げ返した。
「……杖は?」
思わずと言ったように呟いたリフィリーゼに、横にいたイスランタはリフィリーゼの肩にポンと手を置き、小さく首を振った。
首を傾げたリフィリーゼを放って、イスランタはシヂルドのそばまで行った。
「シヂルド様は……剛健のシヂルドの名で知られてます?」
イスランタの問いに、一瞬キョトンとしたあと、ガッハッハと笑ったシヂルドは頷いた。
「その名は懐かしいな。メルタリアにそう呼ばれたこともあったわ」
その答えを聞いて、誰にも聞こえないような小さな声でイスランタは囁いた。
「あのシヂルド様か……。親父が苦手だった」




