ガルバン帝国の王太子1
★暴力の記述があります。苦手な方は、飛ばしてください。★
宴会場から、王宮に戻ろうとしているところに、突然、呼び止める声がした。
「失礼ですが、神の御使い殿のユーリ様ですね?」
反射的に振り返って、はっとする。
この人、バルコニーの側に立っていた人だ!
でも、誰?
「ああ、突然、声をかけて、申し訳ありません。俺は、ガルバン帝国の王太子で、ライアンと言います。」
彼は、ついと、私の右手を取って、手の甲に、キスをして、上目遣いに、私を見る。
しかも、キスが終わったのに、手を離してくれない。
アルフレッド公が、強引に、私の手を、ライアン王太子から引きはがした。
「ライアン王太子。貴公が、来られることを、我らは聞いていないのだが・・・?」
アルフレッド公の声が、緊張している。
「それは、申し訳ない。使節団が国を出発する直前に、俺が我儘をいって、ついてきてしまったので、ね。だから、貴国には、何の落ち度もない。王太子だからといって、特別視しないでくれると、ありがたい。あくまで、使節団の一員として扱ってくれ。」
「そういうことなら・・・。エルダー王国にようこそ。ライアン王太子。ルーカス王子の婚姻にいらしていただき、感謝します。」
「受け入れてくれて、ありがとう。こちらには1か月ほど、滞在させてもらう予定なので、よろしく。」
「どうぞ、ごゆるりと、おくつろぎください。何か、要望があれば、できるだけ、配慮させていただきます。」
「さっそくだけど、ユーリ様と2人で、話をさせてくれない?」
「!お断りします。」
「即答かよ。」
「ご要望は、それだけですか?」
「ああ。・・・ユーリ様、俺と話をしてくれません?」
アルフレッド公が、私を後ろに隠す。
「ライアン王太子。ユーリに直接声をかけないでもらえますか?彼女は、神の御使いだ。」
「ふん。単に、嫉妬深いだけだろう?ええ?・・・まあ、良い。今日は、結婚式で、まわりに迷惑をかけたくない。明日以降、また、話そう。」
くるりと踵を返す、ライアン王太子を、アルフレッド公は、殺意の籠った眼で睨みつけたけれど、すぐに、行くぞ、と、私の腰をしっかりと抱き、赤の宮殿まで、連れ帰ってくれた。
「ユーリ。ライアン王太子は、目的のためならどんな残虐なことでもすると、悪評が高い王太子だ。くれぐれも、彼が帰国するまでは、私から、離れるな。
・・・話をしたがっているようだが、何を話したいのかは、レジナルドに聞いてもらう。君とは話をさせないようにするが、くれぐれも気を付けて。」
「パーティは、まだ2日続きます。それには、出ないといけないですよね。」
「ああ。・・・だが、パーティ会場で、君に話しかけられないように、周りを固める。
・・・王妃の側から離れるな。王妃の側には、公爵夫人らが、常に付いている。彼女たちは、社交のエキスパートだ。なんとか、王太子をあしらってくれるだろう。」
結婚式翌日のパーティでは、アルフレッド公に言われたとおり、アイリーン王妃の側にくっついていた。
アルフレッド公も常に、私の側に居てくれるが、ひっきりなしに訪れる諸外国の使者達と話をしなければならず、私から一時的に、少し目を離さなければならなくなることも少なくない。
でも、それを、王妃は理解していて、自分の親しい公爵夫人や令嬢達に、私から目を離さないよう、話しかけられたら、対応するよう、言い含めてくれていた。
「ユーリ様。」
・・・げ、ライアン王太子が近づいてきた。
と、ざっと、夫人や令嬢が、集団で、私の前に立ちふさがる。
「まあ、ガルバン帝国の王太子様ではございませんか。エルダー王国にようこそ。」
と、にこやかに挨拶をし、若い令嬢達は、王太子に、次から次へと、誉め言葉やら、ガルバン帝国の話を聞かせてくれ、やら、寄ってたかって、彼が、私に近づかないように、会話攻めにしてくれた。
その間に、王妃とアルフレッド公が、さっと、私を連れて、王太子から離れる。
しばらくたてば、女性の集団から逃れてきた、王太子が、私を追ってくる。
また、女性の集団が、立ちふさがる。
・・・その繰り返しで、まるで、鬼ごっこをしているかのような目まぐるしさだった。
どうにか、パーティが終われば、レジナルド王に呼ばれて、アルフレッド公とともに王宮の彼の私室に入る。すでに宰相と王妃も待っていた。
「ライアン王太子が、しつこい。」
アルフレッド公が、不機嫌そうに言えば、レジナルド王もうなずく。
「ああ、見ていた。今日は、ずいぶん、ユーリ嬢に執着していた。ユーリ嬢と何を話したいか、聞いてみたけれど、本人に言う、としか返ってこない。どうしたものか。」
アイリーン王妃が、ため息をついて、言う。
「わたくしの取り巻きに、今日は、撃退させましたけれど、明日もその手が使えるか、難しいですわ。今日で、皆さん、へとへとになってらっしゃいました。」
「明日は、ユーリ嬢の参加は見送るか?」
レジナルド王が、難しい顔をしながら、宰相に声をかける。
「それは・・・。神の御使いとまだ話ができていない、と騒いでいる諸外国の使者が何人もいます。欠席したら、彼らの面目をつぶすことになりそうです。」
「北の領地の魔獣がいなくなったことが、諸国に漏れたのが、痛いな。」
そうなのだ。北の領地は、ガルバン帝国との国境沿いにあり、ガルバン帝国から多くの商人が行き来し、彼らも魔獣の被害にあっていたのが、ぴたっと止まったので、魔獣がいなくなったことが、あっという間に、ガルバン帝国に伝わってしまった。
そのため、今回の神の御使いの力は、強大だ、ということになって、結婚式を良い機会ととらえて、私と何とかしてよしみをつなごうという他国の思惑が、渦巻いている状況だった。
「あの、いっそ、1回、話を聞いた方が良くないですか?」
思い切って、提案してみた。
「2人で話をさせろと、向こうは言っている。それは却下だ。」
「でも、何を話したいのか、気になりますし。・・・王宮の庭にある温室は、どうでしょう?温室でしたら、入り口は一つだけれど、扉も開け放しにできますし、声も漏れます。周囲を、騎士に囲んでもらえれば、少しは?」
レジナルド王と宰相が、確かにそれなら、とうなずく。
アルフレッド公は、最後まで反対していたけれど、最終的には、私の意志を尊重すると、折れる。
そして、パーティ開始の30分前から、ライアン王太子と会う時間を作る、と、ガルバン帝国側に連絡された。
パーティには、絶対に参加しなければならないので、延長ができないように、予定が組まれたというわけ。
翌日、憂鬱ではあったけれど、アルフレッド公に手を引かれて、温室に、時間かっきりに来てみれば、すでに、ライアン王太子は来ていた。
アルフレッド公には、温室の外で待っていてもらい、中に一人で入る。
「ライアン王太子、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、ユーリ様。話をする機会を与えてくださって、うれしいですよ。」
にこりとライアン王太子は、微笑み、私の手を取って、キスする。
びくっとして、すぐにその手を引っ込め、椅子に座るように促した。
大きなティーテーブルが用意され、椅子は、向かい合うように2脚しか、置かれていない。絶対に近くで話をしないように、気が配られていた。
この人、容姿だけは、すごく良いのよね。
背が高く、武芸に秀でているからか、身体もがっちりしている。
焦げ茶色の髪は、短く刈り込まれ、ガルバン帝国人らしい緑色の瞳が、エメラルドのように輝く。
意志の強さが表れている容貌は、悪評を知らない令嬢なら、一目で恋に落ちるだろう、美男だ。
「何か、わたくしに話があるとか?」
「ええ。単刀直入に言います。俺の妻になってください。」
「ええっ!」
「俺は本気ですよ。一目ぼれした。俺は、あんたが欲しい。」
「わたくしは、アルフレッド公の婚約者です!」
「破棄すればいい。・・・俺は王太子だ。いずれ、ガルバン帝国の皇帝になる。先王の弟よりも、贅沢な暮らしをさせてやる。だから、俺のものになれ。」
「お断りします。」
いきなり、ライアン王太子は、立ち上がり、腕をつかんできた。
「きゃああああ!」
思わず、悲鳴が上がれば、アルフレッド公と、近衛騎士が、一斉に温室になだれ込んでくる。
腕をつかまれている私を見て、アルフレッド公の目に殺気が浮かぶ。
「彼女の腕を離してもらいましょうか、ライアン王太子?」
「嫌だね。」
いきなり、ライアン王太子が、後ろに回り、羽交い絞めにされると同時に、首元に何か、冷たいものが当たったのを感じた。
「ユーリっ!」
「こいつの首を掻き切られたくないだろう?」
冷ややかな声に、首元に短剣が突き付けられていることを、知る。
「どけ!こいつに傷をつけられたくなかったら。」
ぐっと、アルフレッド公が、唇を噛み、道を開けた。
ライアン王太子に羽交い絞めにされたまま、王宮内を歩かされる。
ある部屋、後でわかったけれど、彼が泊まっていた客室の前に来て、扉を開けるように指示され、渋々開ければ、連れ込まれて、扉が乱暴に閉じられ、がちゃんと、鍵が掛った。
「王太子!」
中にいた、若い従僕が声をかける。
「おう。ジャン。扉を破られないように、見張ってろ。俺が、良いというまでだ。破られそうになったら、神の御使いを殺すぞ、と言え。」
「承知しました。」
ライアン王太子が、短剣を床に投げ捨てるが早いか、私を抱き上げ、暴れたけれど、逃げられないまま、隣室に連れ込まれ、ベッドの上に、投げ落とされる。
「お前を、ここで、今すぐ、抱いてやる。絶対に、俺のモノにするにはそれが良さそうだからなあ。俺のモノになれば、アルフレッドの奴も婚約を破棄せざるをえまい?」
逃げる間もなく、身体に覆いかぶられ、悲鳴を上げる。
彼の手が、私の胸をドレスの上から、掴んだ。
「ふうん?小ぶりだけど、いい形じゃん?」
太ももの間に、ライアン王太子の片脚が、強引に割り込んできて、ぐいっと大事なところに、硬いものを押し付けてくる。
「いやあああああ!!!!!」
ライアン王太子の手が、彼の顔を見るように、私の顔を固定する。
「へえ。近くで見ると、本当に綺麗な黒い瞳だな。まるで、夜空の星を見ているようだ?」
口づけをしようと迫って来る顔を、両手で押して抵抗しながら、歯をくいしばって、彼を睨みつけていたら、突然、ライアン王太子の動きが止まった。
私の目を見ながら、そのまま、動かない。
私も、視線を離したいのに、なぜか、離せない。
と、ライアン王太子の手の力が緩んでいることに気付き、彼を、力いっぱい、押しのけた。
呆気なく、ライアン王太子が、私から離れる。
「ち、近づかないでっ!」
「・・・承知しました。我が主。」
「は・・・?」
さっと、ライアン王子は、ベッドから降り、床に跪いて、恍惚とした目で、私を見ている。
「ここまで離れれば、よろしいですか。我が主?」
その時、即座に理解した。魅了だ!魅了してしまった!
ベッドの上で身を小さくし、自分で自分をぎゅっと抱きしめながら、震える声で、もっと離れて、離れて、と声をかけていたら、ライアン王太子は窓際に追い立てられ、それ以上は後ろに下がれない。
そこで、跪いて、動くな、と命令すれば、彼は、その通りにした。
「わ、私が許可を出すまで、そこから動いては、なりません!」
「承知しました。我が主。」
ベッドから降りて歩こうとして、足が震えて、転んだ。
慌てて、窓際に跪かせた、ライアン王太子を振り返ったら、何か言いたそうに、私を見ているけれど、動いてはいない。
腰がぬけたまま、家具や壁に捕まって、ほぼ這うようにして、どうにか、居室まで行けば、扉の前で、ライアン王太子の従僕が、「神の御使いに危害を加えられたくなかったら、あっちへ行け」と怒鳴っているのが目に入った。
「そこをどいて!」
「え?」
「どきなさい!」
従僕を押しのけ、扉の鍵をあけて、扉を開く。
「ユーリ!!」
すぐに倒れこんだけれど、アルフレッド公が、さっと腕で受け止めてくれ、その腕にしがみつく。
一斉に、騎士達が、部屋になだれ込み、従僕を拘束し、寝室にも押し入っていけば、
「俺に触れるな!我が主がここから動くなと命じられたのだ!俺は、ここから動くわけにはいかん!」
と、怒声が響いてきた。
「ユーリ?」
アルフレッド公が、はっとしたように、私を見る。うなずき、震える声で、
「魅了がかかりました。」
と、ささやけば、アルフレッド公が、すばやく、抱き上げて、部屋に入りながら、早口でささやいてきた。
「ユーリ、王太子に命令してくれ。命じるまで、この部屋から出るな、と。」
「わ、わかりました。」
アルフレッド公が、騎士達を全員、室外に出し、扉を閉める。
魅了のことは、騎士達に知らせるわけにはいかないから。
アルフレッド公に抱き上げられたまま、寝室の扉の前に行き、相変わらず、さっきと変わらない体勢を保っている、ライアン王太子に命じた。
「ライアン王太子。この部屋から、命令があるまで、出てはなりません。この部屋では、自由にしてくださって構いません。」
「承知しました。我が主。」
恍惚とした目で私を見上げる目が怖くて、顔を背ける。
アルフレッド公は、ライアン王太子を泊めている部屋の扉に外から鍵をかけるように命令し、扉の前に、見張りの騎士を配置した。
「出てこないとは思うが、王の命令があるまで、外に出すな。」
「はっ。」
すでにパーティは始まっている時間だが、私のショックはあまりに大きく、歩くこともできなかったので、急遽、欠席が決まり、自室に戻る。
「ユーリ、大丈夫か?」
アルフレッド公が、私をベッドにおろして、労わってくれたけれど、強姦されそうになった恐怖で、歯の根が合わず、震えが止まらない。
重い男性の体が、自分にまだ、のしかかっているようで、気が違いそうだ。
「い、いや・・・。」
私の目から、涙がこぼれる。
「ユーリ!?」
「こわ、怖かったの。りょ、凌辱っ・・・されそうにっ・・・な・・・って。」
さっと、アルフレッド公の顔がこわばり、私を抱きしめようとする。
「いやっ!」
思わず、アルフレッド公を拒絶してしまった。
「ユーリ?」
「あ、私・・・。」
その時、アイリーン王妃が、飛び込んできた。
「ユーリ!!」
「ね、ねえさまっ!」
私は、柔らかい、アイリーン王妃の体にしがみついた。
「アルフレッド様、いったん、部屋から出て?」
「え?でも・・・。」
「言うとおりにしなさいっ!ユーリが本当に大事なら!」
「ユーリ、ユーリ、もう大丈夫よ。」
やさしく、アイリーン王妃が、私の背中を撫でてくれる。
私の体の震えは、止まらず、すっかり体の芯が冷え切って、寒い。涙も止まらず、喉から出てくるのは、嗚咽だけ。
「ユーリ、冷えてしまったわね。あったかいお茶よ、飲める?」
アイリーン王妃の横から、ドルチェが、カップを差し出してくる。
「飲む?」
アイリーン王妃に聞かれて、小さくうなずく。
アイリーン王妃がカップを私に持たせてくれ、その手を包むように、彼女の手でくるんでくれる。
熱いけれど、火傷をしない絶妙の温度の、ハーブティは、私の喉を通った。
一口、二口、飲めば、意識が朦朧としてくる。
「ユーリ、ずっとそばにいるから。だから、今は、休みなさい。ね。」
アイリーン王妃のやさしい声を最後に、意識を手放した。




