ガルバン帝国の王太子2
睡眠薬で強制的に眠らされ、うなされているユーリの横で、レジナルド王、アイリーン王妃、アルフレッド公が、ひそひそと話をしている。
「ユーリ嬢を、凌辱しようとしたのか・・・。」
レジナルド王が、怒りを抑えきれない声を出す。
「ユーリは、相当、ショックを受けているわ。当分、男性は、近づけない方が良いと思うの。わたくしが、ユーリの側に付くわ。」
「すまない。アイリーン。頼む。・・・叔父上もそれでよいですね、・・・叔父上?」
アルフレッド公は、苦渋に満ちた顔をして、眠っているユーリの顔を見つめて、動かない。
「叔父上!」
のろのろと、レジナルド王の方を見るけれど、死人のような顔色だ。
「アルフレッド様。ユーリに拒絶されて、ショックなのはわかりますけれど、女性にとって、凌辱されそうになるというのは、男性が思うよりもはるかに、傷つくのです。たとえ、アルフレッド様を愛しているとしても、男性だというだけで、ユーリの体が、拒否してしまっても、今は、仕方ありません。ユーリが、落ち着くまで、接近禁止です。よろしいですか?」
「・・・王妃・・・。」
「はい、何ですか、アルフレッド様?」
「ユーリは、私の元に・・・戻ってきますか?」
「ええ、きっと、戻るでしょう、でもそれまでは、我慢です。よろしいですね?」
「ユーリを・・・頼みます・・・。」
よろよろと、アルフレッド公が、自室に戻っていくのを、国王夫妻は、ため息をついて、見送った。
「ライアン王太子は、どうなさいますの?」
「試しに、王太子の部屋まで行って、部屋の外に連れ出すように騎士に命じてみたら、ユーリ嬢に命じられたから、この部屋から出ないと、暴れまくった。すぐに、その命令を取り消したがね。・・・だから、ユーリ嬢に、何か命じてもらうまで、何もできまい。」
「魅了にかかった王太子を、そのまま、ガルバン帝国に帰すことは、できませんよね?」
「ああ。だからといって、帰さないわけにもいかない。どうするか・・・。」
「それにしても、本当に、悪逆の限りを尽くす王太子、という噂が本当でしたわね?」
「全くだ。奴が、ガルバン帝国の皇帝に付いたら、世が荒れたかもしれぬ。・・・ユーリ嬢の魅了の力をなんとか、良い方に持っていきたいものだが、さて・・・。」
難しい顔をして、レジナルド王は、考え込むが、軽く首を振る。
「この件は、宰相達とも相談してみよう。とりあえず、ユーリ嬢の部屋には、男性が居ない方が良いのだろうから、私も、自室に戻る。・・・アイリーン、すまないね。ユーリ嬢を頼む。」
「ええ、お任せくださいませ。」
翌朝、私が目を覚ました時、そばにいたのは、アイリーン王妃だけだった。
「ユーリ、大丈夫?」
やさしいアイリーン王妃の声に、こくりとうなずきながらも、まだ、恐怖がこみあげてくる。
「あの・・・。アルは?」
「アルフレッド様だったら、隣室に居るわ。ユーリが呼ぶまで、来ないから、大丈夫。安心して?」
その日1日、ベッドから出ることができず、ベッドの上で、座って過ごした。
私の側には、アイリーン王妃と、ドルチェとレーテだけが居てくれた。
アイリーン王妃からは、リリアナも呼びましょうか?と聞かれたけれど、蜜月を過ごしている新婚夫婦を呼び寄せるのは絶対に嫌だったので、この騒ぎも彼らの耳に入らないようにとお願いした。
夜。一人で眠れます。と、昨夜、徹夜をさせてしまったアイリーン王妃達にも、休んでもらい、ベッドの上で横になったけれど、横になっていると、上に王太子がのしかかり、脚を割って入ってきた、あの硬い感触が、ざわりと肌を震わせ、真っ青になって、起き上がり、自分の体を抱きしめる。
嫌だ、嫌だ。私の体の上にのしかかる、あの感覚が取れない。
誰か、助けて・・・。
涙がぽろぽろ出てきて、視界が霞む中に、アルフレッド公の寝室に続く扉が、目に入った。
「アル・・・。」
ベッドから滑り降りる。
一歩踏み出すと、足が震えていて、転んだ。
立てなかったので、少し、扉まで、這って進んだけれど、もう、動けない。
「アル!アルぅ!!!!」
たまらず、声を上げたら、向こうの扉から、焦った、アルフレッド公の声がした。
「ユーリ!?どうした?大丈夫か?」
「アルぅ・・・。」
「ユーリ。入っても、大丈夫か?」
私を本当に大事にしてくれているのだろう。私の所に急いで来たいという気持ちが伝わってくる、せつない声。それでも、扉の外で、必死で我慢してくれているのが、胸に痛いほど、わかる。
「アル・・・来て、そばに。・・・動けないの・・・。」
扉が開かれ、アルフレッド公が、駆け寄って、床に座り込んでいる私の側に跪き、ゆっくりと手を差し伸べてくるが、私に触れない。前のように、いきなり抱きしめては、こない。
「触れても・・・大丈夫?」
返事の代わりに、アルフレッド公に、手を伸ばした。
アルフレッド公が、そっと、背中に手をまわしてくれたけれど、触れるか触れないかの位置で、しかも、その手が、微かに震えている。
「アル、アル。嫌なの。横になると、上に、硬いものが乗っかってきて、ぞわっとするの。私、私、嫌だ。嫌だあ・・・。」
「ユーリ、すまない。私がその前に助けられなくて、すまない・・・。」
アルフレッド公が、ふれるかふれないかの位置を保ったまま、ゆっくりと背中をなでてくれる。
「私に・・・触れられて大丈夫か?辛いなら、王妃か、ドルチェ達を呼ぶけれど?」
首を振った。
「嫌。アルに居てほしい・・・。」
「居るよ。君を私は、離さない。だから、安心して?」
アルフレッド公に背中を撫でてもらっているうちに、ようやく、涙が止まってきて、目がとろんとしてくる。
「アル・・・眠い・・・。」
つぶやくと、抱き上げても良いか?と聞かれ、うなずけば、抱き上げて、私のベッドに運んでくれ、横たわらせてくれた。
横たわったとたんに、ぞわりと、また鳥肌が立つ。
「嫌っ!」
跳ね起きて、アルフレッド公の腕にしがみつく。
「横に・・・なれない。上に、誰か、のしかかってくるっ。」
「ユーリ!誰もいない。ここには、私しかいない。大丈夫だ。ずっといるから。見ているから。」
「アル・・・。」
アルフレッド公の顔が間近にある。青い顔をして、目の下が黒ずんでいる。
その青い、青い、深い蒼色の瞳には、私を心配すると同時に、私への深い愛情と、哀しみと、焦りが混じって、複雑な色がにじんでいた・・・。
「アル?・・・一緒に寝て・・・。」
「ユーリ?」
「離れちゃ、いや。アルがくっついてくれていたら、嫌な感触を感じなくて済みそうなんだもの。ダメ?」
「だめじゃない。」
すがりつくように訴えれば、アルフレッド公は、頭をくしゃっと撫でて、私の横にすべりこみ、もう一度、横たえてくれて、自分も横たわり、腕枕をしてくれた。
そして、もう片方の空いた手を背中に回して、そっと抱き寄せてくれた。
「これでいい?これなら寝られる?」
ハシタナイと思ったけれど、脚も、アルフレッド公にくっつけた。
本当は、脚の間に、彼の片脚を入れてもらいたかったけれど、さすがにその勇気は出なかった。・・・でも、アルフレッド公には、それが伝わったようだ。
「ユーリ・・・。足をからめても、良い?」
ささやくような。優しい。声。
ぽっと顔が赤くなったけれど、ぎゅっと彼の顎の下に顔をうずめて、うなずいた。
そっと、ゆっくりと、ベッドと私の脚の間に、彼の片脚が滑り込み、閉じた両足の間に、反対側の脚が、割り込んできた。本当に、ゆっくりと、そっと、静かに。
・・・ああ。この重みは、アルの重みだ。
あんなやつとは、違う。全然、嫌じゃない・・・。
安堵のため息を小さくついて、彼にしがみついていたら、知らないうちに、眠りの海に落ちていった。
「ユーリ・・・。ごめん。護れなくて。」
小さなつぶやきが遠くから、聞こえた。




