婚約式1
召喚されてから、あっという間に、3か月が過ぎて、今日は、私の社交界デビューと、婚約式だ。
婚約式は夕方からだったけれど、朝、湯あみのあと、全身くまなくマッサージを受け、それから朝食と昼食を兼ねた、中途半端な食事を取る。
今日は、ドルチェとレーテ以外に、たくさんの侍女が、私のために来てくれていて、大勢の視線を浴びながら、支度をするのは、とても、恥ずかしかった。
ドレスは、仮縫いの時よりも、レースなどの装飾が増えて、豪華さがアップし、その代わり、ずっしりと重くなって、着ているだけで、体力と気力を消耗する気がした。
この世界には、コルセットというものが無かったのだけは、ありがたかったけれど。
「こちらの宝飾品は、アルフレッド大公殿下からの贈り物となります。」
レーテが、テーブルの上に並べられた宝飾品を、指し示す。
プラチナとルビーと真珠でで作られた、耳飾り、首飾り、腕輪の一式が、まばゆい輝きを放っている。
あまりの豪華さに、うれしいというよりも、緊張が先に立つ。
「装着しないと・・・ダメですか?」
つい、ぽろりとこぼすと、さっと、レーテの顔色が変わった。
「もしや、お気に召されませんでしたか?どうしましょう、ドルチェ。王妃様に連絡して、急ぎ、別の宝飾品をお借りして!?」
「いえ!あの!違います!デザインが気に入らないのでなくて、その、あまりに豪華なので、私ごときが着けて良いものとは思えずっ!」
青くなっていた、ドルチェとレーテの顔が、緩む。
「お気にいらないわけでは、ないのですね?」
「とっても、素敵です!だけど・・・。」
「ああ、安心しました。では、こちらを、装着させていただきますね。」
分不相応だという訴えは無視することにしたようで、2人が、宝飾品を、私に装着していく。
・・・いったい、いくらするのだろう・・・。怖い。
背中の真ん中までの長さの黒髪は、綺麗にくしけずられ、ハーフアップにされる。
ティアラを着けるため、髪留めは、あえて控えめに、小粒のダイヤモンドが散りばめられた細い櫛状のものを刺している。鏡で見ると、髪の上に、氷の粒が煌めいているように見えた。
顔は、うっすらと薄化粧。もともとの日本人特有の肌理の細かさを活かしましょう、と、白粉と頬紅は、軽くはたく程度。ブルーのアイシャドーで目元をぱっちりさせ、やや濃いめのピンクの口紅をつけると、「これ、誰?」とびっくりするくらい、綺麗になった自分が、鏡の向こうに居た。
化けたなあ、と、化けさせてくれた侍女さん達に、感謝する。
「あの、綺麗にしていただき、ありがとうございました。」
皆さんに頭を下げれば、とんでもないことでございます。元が良いのです。という声が重なる。
どの方も、ニコニコして、私を祝福してくれるのが態度に出ている。
本当に、この国の皆さんは、優しい。
・・・私、頑張らなくちゃ。この国のために、できることを。
婚約式まで、あと、2時間ほど、というところで、王宮の控室に移動させられる。
移動の先導は、近衛騎士団の女性騎士だった。
ドルチェとレーテをはじめ、侍女達は、本来、貴族令嬢なので、婚約式に参加する。だから、私の着替えが終わったら、急ぎ、彼女たちも、婚約式に出るための支度に追われるのだ。慌ただしくて、申し訳ない。
王宮の控室に入ると、宰相がすでに待っていて、丁寧に挨拶をしてくれた。
「ユーリ様、ご婚約、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「すぐに、王族の皆様が来られます。その後の手順は、今から、再度、ご説明が必要ですか?」
「いえ、覚えている・・・と思います。」
「さすが、ユーリ様。」
そこに、ノックの音が聞こえて、「国王陛下です。」と声が掛けられた。
事前に教えてもらったとおり、カーテーシーをして、迎える。
「神の御使い殿。頭を上げてください。」
レジナルド王の言葉に合わせて姿勢を正せば、レジナルド王の隣には、アイリーン王妃とアルフレッド公。その後ろに、ルーカス王子、王子の婚約者のリリアナ公爵令嬢が来ていた。全員、王族の正装で、頭には、宝冠。衣服も煌びやかだ。
住む世界が違います!と、逃亡したくなる。
「神の御使い殿である、ユーリ様。婚約の儀を進めさせていただきます。国王陛下。」
宰相が、重々しく、宣言する。
レジナルド王が、侍従が捧げ持つ真紅のビロードのクッションの上に輝いている、ティアラを、そっと手に取った。
「エルダー王国第153代国王たる我、レジナルドは、神の御使い殿である、ユーリ・カンザキを、アルフレッド大公の婚約者として認める証として、ティアラを授ける。」
事前に練習したとおり、レジナルド王の前に進み、ふわっとドレスの裾が広がるように気を付けながら、優雅に腰をかがめ、頭を軽く下げる。
レジナルド王が、私の頭に、ティアラを載せた。
立ち上がり、数歩、後ろに下がる。
ティアラはそれほど重いものではなかったけれど、王族になるという重圧が、ずっしりと掛かった気がした。足が震える。倒れないように、しないと。
「アルフレッド大公殿下。国王陛下から、神の御使い殿である、ユーリ様を婚約者に迎える許可が下りました。誓いの指輪を。」
宰相が、アルフレッド公に、声をかける。
「アルフレッド大公殿下?」
本来は、宰相の言葉で、私に歩み寄ってくるはずの、アルフレッド公が、立ち尽くして、私を直視している。
口元が、軽く開いているので、我を忘れているように、見える。
彼は、黒地に金の刺繍をしたジュストコール、ジレ、キュロットを着ていらした。ジレからは、白いクラバットがのぞき、クラバットの中央には、大粒のルビーが煌めいていて、人間離れした美しさに、私も、思わず見惚れる。
「叔父上!」
どん!と、ルーカス王子が、アルフレッド公の背中を叩いた。
「ユーリ様に見惚れるのは、後にしてください!!」
それまで、まじめな顔をしていた、アイリーン王妃と、リリアナ公爵令嬢が、我慢できなくなったらしく、ぷっと噴き出して、扇子で顔を隠した。
それを見て、緊張が少しほぐれ、足の震えが止まる。
そして、はっとしたように、我に返った、アルフレッド公が、私に近づいてきた。
「ユーリ、すまない。あまりに、あなたが美しかったので、見とれてしまった。」
アルフレッド公が、私の前に立ち、私の左手を取る。
すっと、横から、彼の侍従が、リングピローを捧げてくる。ピローの上には、大粒のダイヤモンドの指輪が、2つ、載せられていた。
アルフレッド公が、そのうちの1つの指輪を手に取ると、
「神の御使いである、ユーリ・カンザキ。私、152代国王王弟たる、アルフレッドの婚約者の証として、この指輪を贈る。」
左手の薬指に、指輪が、するりと、嵌められる。
次は、私だ。覚えたとおりのセリフを言うのに、声が震えた。恥ずかしい。
「アルフレッド大公殿下。わたくし、ユーリ・カンザキは、御身との婚約を受け入れし証として、この指輪をお贈りします。」
リングピローから指輪を震える手で取り、アルフレッド公の左の薬指に嵌めれば、アルフレッド公に、いきなり、抱きしめられた。
「きゃっ・・・。」
耳元で、アルフレッド公が、ささやく。
「ありがとう。私と婚約してくれて。・・・愛してる。」
顔から火が出るかと、思った。
「ごほん・・・!」
宰相の咳払いに、慌てて、アルフレッド公から離れる。
まだ、もう一つ、残っている。
アルフレッド公に左手を取られ、レジナルド王とアイリーン王妃の前に進み出る。
肩の高さまで、左手を上げられてから、カーテーシーを取れば、アルフレッド公の声が響く。
「国王陛下。ここに、私、152代国王王弟たる、アルフレッドは、神の御使いであるユーリと婚約を結んだことを、ご報告いたします。」
「うむ。大儀であった。」
レジナルド王の言葉がおりて、ようやく、肩の力を抜く。
これで、婚約の儀は、終わりだ。
「まあまあ、ユーリ。あなた、今日は、本当に綺麗だわあ。ドレスも、宝飾品も、よく似合ってて。ねえ?リリアナ?」
「ええ。アイリーン姉さま。ユーリ、今日は、おめでとうございます。」
「アリガトウゴザイマス。」
緊張しすぎて、喉が、からからになっていたからか、変な声が出る。
「あら!ユーリ、喉が渇いているようね?そうそう、すぐに、食事も軽くとらなければ。この後のお披露目では、ユーリが食事している暇、無いですもの!」
アイリーン王妃が、さっと、後ろを向いて、侍女たちに指示をすれば、奥のテーブルにサンドイッチ、スコーン、果物などの軽食と飲み物が並ぶ。
食べ物は、お化粧に影響が無いようにと考慮され、一口で食べられるサイズになっていた。
アイリーン王妃に、うながされ、私達は、急いで、軽食と飲み物をつまむ。
食欲は全く無かったけれど、お披露目会で倒れますよ!と、アイリーン王妃に睨まれて、味がしないけれど、とにかく、少しだけ、流し込んだ。
ゆっくり食べる暇もなく、すぐに、お時間です。と近衛兵が迎えに来て、一斉に皆が立ち上がる。
「では、会場でね?」
「社交界デビューですね。ユーリ、頑張って!」
アイリーン王妃と、リリアナ公爵令嬢が、手を振って、歩み去っていく。
王族が先に会場入りし、私達は、最後に、国王から呼ばれて登場する。
アルフレッド公に促され、そっと、彼の腕に手を添えた。
お披露目、頑張らないと。
3か月、叩き込まれた所作を忘れないように。王族の皆様に恥をかかせないように。
・・・本当は、怖いけど。
緊張が伝わったのだろう。
アルフレッド公が、足を止めて、私の額に軽く、口づけしてくれた。
「大丈夫。ユーリは、3か月、頑張った。講師達も、もう教えることは無いと言っていたでしょう?安心して。私のそばに居れば良い。何があっても、私が守るから。」
「はい。アルフレッド様。」




