侯爵令嬢の横恋慕
間もなく、お昼の休憩に入る時間に、レイラ・モートン侯爵令嬢は、王宮の執務室に続くホールの片隅で、どきどきしながら、様子を窺っていた。
王宮の執務室は、政務ごとに何室かに分かれ、それぞれの扉の前には、近衛兵が立ち、関係者以外、入室できないが、執務室に続くホールは、貴族なら、誰でも入れる。
そして、このホールは、特に、お昼時、執務室で働く者の家族や婚約者が、お弁当のバスケットを持って、待ち人が来るのを待っていることが多い。
待ち人が来れば、仲良く、王宮内の貴族に公開されている庭園などに移動して、そこでお昼ご飯を食べるのだ。
レイラの手にも、可愛らしいピンクのレースが付いたバスケットがある。
執務室のドアが開き、ぞろぞろと人が出てきた。
ホールに居る女性達が、出て来た待ち人を見つけて、駆け寄り、仲良く連れ立って、ホールから出ていく。
レイラは、そわそわとドアから出てくる人を見ていたけれど、出てくる人が途切れ、ホールの中に人がまばらになると、がっかりしたように、肩を落とした。
「はああ、今日は、あの執務室で、お仕事では無かったのかしら・・・。」
先日、母から、父が忘れ物をしたから届けてちょうだい、と頼まれて、ここに来た時、美しい人を見つけた。
顔に切り傷が残るけれど、それを補って余りある、整った顔。
金髪だったから、誰だか、すぐ、わかった。
先王の弟君、アルフレッド大公殿下だ。
今まで、顔が髪で隠されていたので、近づこうとも思わなかったけれど、前髪を切って、顔を晒されたら、その美しさに、一目ぼれしてしまった。
「はああ、アルフレッド様。わたくしを妻に選んでくださらないかしら・・・。」
レイラは、18歳。自分の容姿と血筋に、自信がある。
ぱっちりとした青い目は、光の加減で、緑がかかる。まつ毛も長くて、くるんと上向き。
すっきりとした鼻。ぷっくりとしたピンクの唇。
背中の真ん中まで伸ばした、艶のある濃い茶色の髪は、毛先をくるっとカールして、かわいらしさを出している。
祖母が、ガルバン帝国の皇妹の娘だったから、血筋も公爵家に負けないくらい尊いと思っている。
この国の貴族令嬢は、ほとんどが、18歳までに、結婚相手が決まっているけれど、レイラは、まだ相手が決まっていない。決まっていないのには理由があるが、レイラは、自分にふさわしい男性がいないからだと、信じこんでいる。
「あ!」
今日は会えなくてつまらないわ、と、諦めて、ホールから出ようとしたところに、執務室の扉から、国王、宰相と一緒に、アルフレッド公が出てきた。
「アルフレッド様あ!」
ぎょっとしたように、国王、宰相、アルフレッド公が、一瞬、立ち止まる。
公式の場では、上位に呼びかけることは許されていない。とはいえ、ここは、ホール。公式の場ではないから、ぎりぎりセーフ。
だけれど、自分より上位の貴族に呼びかける場合、爵位を付けるのがルール。
従って、レイラの場合、アルフレッド公に呼びかけるのであれば、「アルフレッド大公殿下」でなければならない。
「アルフレッド様」と呼んでいいのは、王族と公爵家くらいのものだ。
レイラは、アルフレッド公に駆け寄ろうとして、扉の近くにいた近衛兵に、行き手を阻まれた。
「ちょっと、邪魔しないで!わたくしを誰だと思っているの!」
レイラが近衛兵に制止されている間に、国王と宰相、アルフレッド公は、レイラを一瞥もせず、王宮の奥に姿を消す。
彼らが見えなくなってから、初めて、レイラは、近衛兵から、束縛を解いてもらったけれど、すっかり、カンカンだ。
「あなた!何の権利があって、わたくしを束縛しましたの!お父様に言いつけて、首にしてもらうから、名前を言いなさい!!」
近衛兵は、軽く肩をすくめると、レイラを無視して、扉の見張りに戻ってしまった。
レイラ・モートン侯爵令嬢が、このホールで騒ぎを起こすのは珍しくない。無視するに限る。
「ふざけるんじゃないわよ!」
無視されたレイラがわめいても、誰も、自分に構ってくれない。わめき疲れた彼女は、今度こそ諦めて、ホールを後にした。
*****
「モートン侯爵令嬢が、また、ホールで騒いでいたようだね?」
レジナルド王は、苦笑いして、宰相に声をかける。
「まったく。モートン侯爵が、娘に甘すぎるのですよ。躾し直すまで、家から出さねば良いものを。」
「いっそのこと、不敬罪で逮捕する?叔父上のこと、大公殿下って呼ばなかったし。」
「あのホールは、公式の場ではありませんからな・・・。不敬罪にするのは、少し弱いですなあ。」
「うーん。残念。」




