第9話 忍一族の末裔
「だーかーらー、猖獗っていうのは――」
「危ない!!」
呑気に言い争いをしていた二人の間に割って入ってきたのは、鋭く響き渡る聞き覚えのない声だった。
二人の意識が、当然ながらも一瞬でその声に向く。
「えっ?」
その瞬間、勇助と健太はやっと気付いた。
散々好き放題やってくれている例の怪獣が、こちらに向けて口から遠距離火炎放射を見舞っているということに。
「火ィ吹いたあああっ!!」
口論の最中だろうが何だろうが、怪獣に火なんて吹かれたら、余程のことが無い限り人々の声は揃うものである。
今回もそれだった。
勇助と健太だけではなく、一部の面々も「それ反則だろ」と言わんばかりの目をして吐き出された炎を見つめている。
突然怪獣に火を吹かれ、冷静に判断し行動に移せるほど勇助の肝は据わっていない。
それは恐らく、隣で喚いている健太も同じだろう。
――これは間違いなく確実にヤバい!!
当然のことが当然のように出来ない、それが極度の混乱状態というもの。
「避ける」という言葉がやっと勇助の頭の中をよぎったその時――強い衝撃が左半身に伝わると、気付けば、勇助の体は浮いていた。
――何この浮遊感……これが死後の世界ってヤツですか……?
勇助がかなり縁起でもないことを考えていると、あっという間に彼の体は地に落下していた。
ドサッという音を立てて、少々堅めに造ってある床に背中から落ちる。受け身を取る隙も無かった為に、一ミリたりともダメージを軽減することが出来なかった。
一言で言うならば、めちゃくちゃ背中が痛い。
反射的に、勇助は幼い頃に木から落ちたことを思い出した。あの時もかなり背中が痛かった。
高所からの落下で必ず背中を痛める呪いでもかかっているのだろうか。
「いってー!!」
隣では、健太も勇助と同様なダメージを受けて(背中に)呻いていた。
健太に倣って勇助も体を起き上がらせながら、ふと考えた。
――あの炎……結局喰らわなかったよね? ここは死後の世界……でも無さそうだし。
目をきょろきょろと動かしながら周りを見る。
やはり、先程と変わらぬ混沌状態のホールのままだった。
――急にふっ飛ばされてたし……誰かが助けてくれた?
果たしてその誰かとは……と勇助が考えを巡らせる前に、かなり異質な装いをしている人物が突然目の前に現れ、そしてこちらに声をかけてきた。
「怪我は無いでござるか?」
このセリフで、大体の人はこの人物が持っている「異質さ」がどのジャンルに属しているのか分かるであろう。
日常生活では滅多にお目にかかることが出来ない、人々の視線を一瞬で奪ってしまうような……そんな「異質さ」。
「…………あっ、うん! ちょっと背中痛いけど」
しばし呆気にとられてから、勇助が慌てたように頷いて返事を返す。
そして、思わずまじまじと目の前の人物――声色や背格好からして恐らく少年――の顔を見つめた。
健太も勇助とほぼ同じ動作をしてから、目を丸くして叫んだ。
「勇助! も、もしかして……このヒト、忍者じゃない!?」
――そう、この少年の装いは、至極簡潔に一言でまとめると、「忍者」に他ならなかった。
といっても、「忍者」である部分は頭から首元にかけてのみ。
しかし真っ黒なその頭巾は、彼が「忍者」であろうことを雄弁に物語っていた。
体部分は他の男子生徒達と同じ制服を着ているのがあまりにもアンバランスである。どうにかならなかったものだろうか。
頭巾によって目元しか見えないために一層目立つ水色の目も、綺麗なのだが少し不釣り合いに感じる。
「忍者」少年は、どこか満足気に頷くと答えた。
「いかにも! 拙者は『忍一族の末裔』にござる!」
さらっと会話に出てきたかなりとんでもなさげなワードを聞いて、勇助と健太は思わず顔を見合わせた。
「忍一族の末裔……」
「ってことはやっぱり忍者!! スッゲー!」
健太の目が、いよいよ無尽蔵に思える輝きを放ち始めた。
勇助は少々半信半疑である。「忍者」の存在なんて、昔話の世界でしか聞いたことがない。
「忍者に憧れるあまり自分が忍者だと思い込み、大事な大事な入学式に頭巾なんて被ってきちゃったちょっとヤバいヒト」という可能性も、まだまだ拭い切ることはできない。
そんなことを考えながらも、勇助は思った。
――今この状況からして、自分達を助けてくれたのってこの人だよね……? と。
健太と言い争っている時に聞こえた、「危ない!!」の一声。その声と「忍者」少年の声は、見事に完全一致している。これは、関係ないと考える方が不自然だ。
いくらちょっとヤバいヒトだろうが、命の恩人に感謝の言葉を申し上げるのは生き物として当然の筋というものである。
「あの、もしかして君? 僕達を助けてくれたのって」
間違ってたら何かもう逃げよう、と考えながら、勇助が尋ねる。
するとやはり、「忍者」少年は大きく首を縦に振った。
「一刻を争う事態ゆえ、少々手荒な手を使わせてもらったでござるが……無事で何よりでござる!」
手荒な手というのは、横から強引ふっ飛ばしのことを指しているのだろう。
あの左半身から来た衝撃は、やはりこの少年にふっ飛ばされた時のものだったのだ。
「やっぱりそうか……! ありがとう!!」
「ありがとう!! 君名前は?」
勇助に続いて、健太も感謝を告げながら彼の名前を問うた。
「忍者」少年が、少し改まった感じでその問いに答える。
「拙者、忍正義と申す者でござる。 以後お見知りおきを!」
――「忍」って……多分世界一忍者っぽい苗字だぞこれ……。
勇助が、ぼんやりとそんなことを思う。
「忍者っぽい」の定義が何なのかはよく分からないが、とにかく「忍」ならば、ほぼ全ての者が「忍者っぽい」と考えるであろう。
「マサヨシかー! 字は何て書くんだ?」
「『正義』と書いて『まさよし』と読むでござる!」
「めっちゃいい名前じゃん……! あ、俺は勇崎健太! こっちは――」
「勇助です、谷田勇助! よろしく!」
自己紹介まで取られてしまっては困る。
健太の言葉に覆いかぶさるかのように、勇助は少し早口になって名乗った。
「よろしく頼むでござる! ……にしても、何故怪獣が――」
「二人共、大丈夫!?」
正義が訝しげな声色になって話し始めるのを遮るがごとく駆け寄ってきたのは、つばきだった。
勇助と健太が火炎放射の餌食になりそうなのを見て、急いで駆けつけてきたらしい。
「つーちゃん!」
「つばきさん!」
誰がどう見ても何の変哲もなくピンピンしている二人を見て安心したのか、つばきが安堵のため息を吐く。
しかしすぐに、少し不思議そうに小首を傾げた。
「二人共結構不自然な動きで避けてたけど、もしかして誰かの能力?」
「ああ、それは――」
勇助が正義に助けてもらったことを説明しようとする前に、彼本人が前のめり気味に名乗りを上げた。
「拙者でござる!」
「――はいっ?」
つばきの声が思わず裏返り、目と口が大きく見開かれた。
それもそうだろう。突如見知らぬ男(しかも忍者の頭巾を被っている)が現れ、よく分からないことを突然言われたら、誰でもつばきと似通った反応をするに決まっている。
「正義が俺達を助けてくれたんだ!」
「マサヨシ……? この人のこと?」
健太の説明も、余計つばきを混乱させるのみ。
コイツらは話の順序というものを知らないのか、と勇助が呆れながらに口を開いた。
「僕達を吹っ飛ばして、火炎放射から助けてくれたんだ。名前は忍正義で、『忍一族の末裔』なんだって」
人のことをとやかく言えるほど説明が上手いとも思えないが、とにかくざっと説明は終えた。
つばきの目がキラッと輝く。
「『忍一族の末裔』……ってことは忍者!?」
健太も同じようなことを言っていた。
案外二人は気が合うのかもしれない。
「いかにも!」
「忍者って本当にいたんだ……! あっ、私は姫原つばき。よろしくね!」
「よろしくでござる! それにしても、つばき殿はお美し……」
正義が何の脈絡も無しにつばきを褒めようとしたその時、再び怪獣の咆哮がホール中に響き渡った。
体の芯まで震え上がるようなこの感覚、何度味わっても慣れない。
――しかし、怪獣の声は前より少し弱々しくなっている気がする。生徒達の努力の成果というものだろう。




