第8話 瓢箪から駒
「どうしたの勇助君!?」
「そこに虫とか止まってたのか!?」
「ああ、うん……ダイジョブ……いや本当」
まさか、観客を飽きさせない方法を考えていたなんて言える筈が無い。
言ったら多分結構心配される。
いや、無言で自分の頬を二回ビンタしている時点でもう既にちょっとヤバいのかもしれない。
「ちょっとヤバいヒト」への道を順調に歩む羽目になってはいけないのだ、絶対。
「にしてもさあ……やっぱり思ってた通り、退屈だなー」
健太はそう言うと、頭の後ろに手を回してまた背もたれに寄りかかった。
今読み上げられている祝電の送り主は、知らない学校の知らない校長である。
挙動不審だと疑われない程度に勇助が周りを見ると、退屈そうにしている生徒はかなり見受けられた。
早く勇学での学園生活をスタートさせたい、早く、早く、早く――。
生徒達がそんな思いを抱いているであろうことは、ひと目見れば充分に分かった。
「何か起きないかな〜」
「例えば?」
つばきの問いに、健太は少し考えてからハツラツと答えた。
「例えば……怪獣が現れる、とか!」
――その時だった。
ミシミシッ、メキメキッ……という不吉な音が、突如どこからか聞こえてきたのだ。
その音は、だんだん大きくなっていくように感じる。
いや、そう感じているだけなんかじゃない。本当にその音はどんどんと大きくなってきている。
「え、何この音!? まさかBGM?」
「入学式のBGMにこの音源採用したヤツの面拝んでみたいわ」
健太と勇助がバカな会話を繰り広げている間にも、巨大な破壊音はこちらへ近付いてくる。
退屈そうにしていた者達の眠気も一気に覚めたようで、皆一様に困惑した表情を浮かべて音の発生源を探っている。
新入生達の視線は、やがてステージの方に集中した。このメキメキ音はステージの方から聞こえる、と皆の結論が一致したらしい。
「俺の推理では、これは怪獣の仕業だ!」
「は? そんなわけ……」
勇助が否定しようとするのを遮ったのは、ステージの方から響いてきた迫力満点の咆哮だった。
体の芯まで響き渡るようなその低く轟く咆哮は、勇助の意見を一瞬にして変えてみせた。
「あーこれもう百パーセント怪獣だわ!!」
「BGMでも無さそうだし……」
「何でお前はさっきからBGMに拘るの? 何かそういう本読んだ?」
「あのステージの奥に、きっと怪獣がいるんだ!」
「そんなヒーローショーみたいな展開……有り得る」
もう何が起こっても不思議じゃない気がしてきた。
今ここに魔王が現れても、驚かない自信がある。
勇助がそう心のなかで強がってみせた、次の瞬間。
遂にステージの壁――というよりステージ部分をほぼ全壊しながら、震え上がるような咆哮の主が姿を見せた。
一言で言うならば、青い巨大な恐竜の姿をしている。
「何でええええ!?」
勇助は、見事に新入生達の気持ちを代弁してみせた。
来ると分かっているものでも、怖いものは怖いしよく分からないものはよく分からない。
一ミリたりとも状況が理解できない。はっきり言って、理解の範疇を大幅にオーバーしている。
新入生達は、驚愕に叫ぶ者・許容範囲を越えた衝撃にただただ目を見張る者・一周回って「怪獣だー!!」と喜ぶ者の三つに分かれた。
勇助は叫び組、つばきは目を見張り組、健太は喜び組である。綺麗に分かれたが、そんなことを言っている場合ではない。
「何で!? 何故怪獣!? もうマジでぜんっぜん分かんないんだけど!!」
勇助は我を忘れ、一心不乱に叫びまくっている。
そうでもしないとやっていけないのだろう。
「何が起こってるのかはぜんっぜん分かんないけど、これほっといちゃダメな気がする!!」
つばきが叫ぶ。
ホールでは、怪獣の唸り声と生徒達の困惑の絶叫によるオーケストラが奏でられているため、これぐらい叫ばないと全く聞こえないのだ。
「え、もしかして倒そうとしてる!?」
勇助も、オーケストラに負けじと大声を張り上げた。
声が枯れたらどうしよう、とかいう心配は一旦頭の片隅に追いやることにした。
つばきが頷く。
――でも確かに、あんなヤツほっといたらかなりの被害が出るかも……。
放って置くわけにはいかない。しかし、自分に何が出来るというのだろう。足を引っ張らないように逃げる、ぐらいしか思いつかない。
勇助が頭を悩ませる。
「でもやっぱり、僕も僕にできることを……」と言いながら勇助が俯いていた顔を上げると、何と既にホール――というかステージ付近は、ある種の戦場へと様変わりしていた。
飛び交う炎や雷、響き渡る金属音。
前者は何かしらの能力によるもの、後者は誰かが使っている金属系の武器によるものだろう。
率先的に戦う者、どう行動すべきか決めあぐねている者、こんな時まで「我関せず」を貫き通して席に座り続ける者。
ホール内は、かなりの混沌状態に陥っていた。
「はっや!! いや僕が遅いだけ……?」
――「普通」って何だっけ。急に現れた怪獣に一瞬で迎撃準備するのが「普通」なんですか? 何なんですか?
そもそも何で怪獣がいるんだよホント……何で勇学の入学式を講堂もろともぶち壊してるんだよ……目的は何だよ……。
勇助が悶々としながら、すっかり戦闘領域と化したステージ方面を眺める。
だがすぐに考え事を中断すると、健太とつばきが座っている筈の座席の方を振り向いた。
「健太、つばきさん、僕らも――」
――しかし、そこに二人はいなかった。
「影も形もない」という言葉は、こういう時に使うべきものなのだろう。
「いなっ!!」
勇助は軽いショックを受けながら叫んだ。
二人を探そうと、勇助が動き始めようとしたが……その必要は無かった。
探すまでも無かったのだ。
健太&つばきは、ちゃんと勇助の近く――列から離れた、少し前の方にいた。
――……視野が狭くなったなあ……。
勇助が思わず遠い目をするが、すぐ我に帰った。
健太の能力が暴走でもして、「人喰い花猖獗事件」の二の舞を踏んでしまったらどうしよう。
入学早々、健太が周りの生徒達と壁一枚隔てたような間柄になってしまったら……どうしよう。
「ちょっと待ったあー!!」
目前で発車してしまったバスを追いかけるが如く、勇助が走り出しながら健太に待ったをかける。
健太は床に覆いかぶさるかのように座り込んでいた。逃げる気配は無い上に逃げる理由も無いので、簡単に追いつけるだろう。
「ん?」
勇助の尋常じゃない声に、健太がこちらを振り返った。
鼻の頭に絵の具がついている。握っているのは筆だろうか。
勇助は自らの足に急ブレーキをかけると、とぼけた顔をしながら彼に尋ねた。
「えっいや本当にちょっと待って……その絵の具どこから?」
「この鞄に入れといたんだ」
健太が勇助に見せたのは、学園指定の肩がけ鞄だった。
健太の言葉からするに、彼の近くに散らばっている絵の具セットや小型のパレットなんかは、その鞄に入っていたものなのだろう。
――そういえば小学校の時、健太はいつも絵の具の汚れがついている大きめな肩がけ鞄をさげていた。
その中には、見たことも無いようなたくさんの色が入っている絵の具セットに筆、パレット、スケッチブックが入っていた。
いつでも能力が使えるように、彼は万全な準備を欠かすことが無かったのだ。
「この鞄小さかったから、十二色セットしか入んなかったんだよね〜」
「へーえ……」
勇助が何とも言えないような声を上げながら頷く。
しかし、すぐに自分がここまで走ってきた目的を思い出した。
「――じゃなくて!! 健太、ここで何か描くのはマズいって!!」
「何でだよ!」
「またあの人喰い花事件みたいになったらヤバいだろ! 今回は、周りの人の数も前とは段違いだし!」
「あれはもう四年も前のことじゃん! 絵も練習したし!」
ギャーギャーという効果音がつくほどに、勇助と健太がいがみ合う。
周りの目なんか気にする余裕が無いほどに、無我夢中で言い争う。
――そう、周りからの視線どころか、自分達に向けられている攻撃にも気が付かないほどに。




