第7話 入学式は波乱の予感
《新入生が揃ったことが確認されたため、これより「勇者育成学園入学式」を執り行います》
高くもなければ低くもない、そんな女性の声が、スピーカーを通して新入生達に入学式の開始を告げる。
誰の声だろう。
流石の勇学とはいえアナウンス用に人を雇うとは思えないし、無難に教師の声だろうか。
「やっとかー」
すっかり待ちくたびれていた健太が、若干寄りかかっていた背もたれから体を起こす。勇助も一層背筋を伸ばした。
ざわついていたホールがそのアナウンスを合図に少しずつ静まっていく。
ものの十数秒で、ホールを静寂が包んだ。
《はじめに、学園長による入学許可宣言及び式辞を行います》
――そうか、まだ許可されてなかったっけ。合格と入学許可はまた別の話だしな……。
勇助が、自分の貰った合格通知書を思い浮かべながら考える。
――ここにいる人達皆勇学に受かったんだよなあ……。凄い人達だよなあ……。
今更、且つ至極当然なことを思い浮かべてしまう勇助。
何故そんなに合格者達に尊敬の念を抱くのかと言えば、勇助は事前に興味本位で通常の入学方法を調べていたからである。
その入学までの流れはと言うと、
「勇者育成学園に入学申請を送る」→
「学園がそれを受理する」→
「『勇者の素質』があるかを何らかの能力で調べたり、小学校時代の成績を調べたりする」→
「晴れて合格した者に合格通知が届けられる」
というものだ。
つまり勇学に入学を果たすためには、「何らかの突出した才能」が必要不可欠なのである。
そんな才能も無いのに、勇学に合格してしまった勇助の肩身の狭さと言ったら言い表せないほどだ。
それに加え、勇助が被験者となった「超名門校に平凡な人間を入学させた場合、どのような成長を遂げるのか」という実験は今年度初めて行われたものだ。
故に、平凡仲間がいない。凡人の辛さを語り合えるような者がいない。辛い。
「勇助、何ボーッとしてんの?」
あわや絶叫しそうになった勇助。式の最中なので彼なりにボリュームダウンしているようだが、それでも急に声をかけられたら誰だろうとビビる。
「ボーッとしてない」と言い張ると、勇助はそれを証明するかのようにステージの方へと向き直った。
幸いにも、学園長はたった今壇上に姿を表したばかりだった。
「高速考え事」を会得していて助かった。
「学園長だ!」
「ファンか何かなの?」
「別にファンとかじゃないけどさ。『魔王』の学園長なんて普通興味持つでしょ!」
健太の発言にも一理ある。……いや、一理どころではなくかなり同感できる。
「勇者育成学園」を創立した学園長は、驚くべきことに「魔王」なのだ。
字面だけ見ればかなりの矛盾である。
「魔王」を討伐することが最終目的である勇者。その勇者の卵達を育成する学園の創立者がその「魔王」だなんて、矛盾も甚だしいと誰もが考えるであろう。
しかし、正確には違うのだ。
勇学の学園長である「魔王」は、大昔に誕生してから今まで、極悪非道の限りを尽くして人々を脅かしている「魔王」の息子なのである。
どういう経緯で父のもとから離れたのか、何故この学園を創ったのかなどは、深い謎に包まれている。
壇上に上がってきてステージの中央へと歩む学園長を、勇助がじっと見つめる。
青いシャツにグレーのスーツを着こなしている、モデルのように眉目秀麗な長身の男性だ。
中でも目を引くのはその髪色。水色から紺色へのグラデーションはまるで夜空のようである。
かなり若い――二十代後半ほどに見えるが、魔族の年齢というのは見た目だけでは分からない。かなりの歴史を持つ勇学の創立者なのだから、三桁はゆうにいっているのだろう。
学園長は、演台の後ろに立つと早速話し始めた。
「皆さん、はじめまして。私はこの学園の学園長を勤めるサタナス・フィランソロピーと申します。勇者育成学園への合格、心よりお祝い申し上げます」
物腰の柔らかい穏やかな喋り方。周囲の人間の警戒心を一瞬にして解いてしまう、そんな声だ。
これで魔王の血をひいているなんて、俄には信じがたい。
「合格通知を送らせて頂いた、千六百六十五名の入学を許可致します。この学園に入学したことを是非誇りに思っていただき、学園生活を存分に楽しんでください」
遂に許可された。これで晴れて勇学の学生ということだ。
勇学生の名に恥じぬよう、せめて皆の足を引っ張らないよう、自分に出来得る限りのことをやらなくてはならない。具体的に何をすべきかはまだ分からないけれど。
「この勇者育成学園には、生徒の皆さんが充実した学園生活を送れるような環境がしっかりと整えられています。最高の環境で最高の勇者を目指す、皆さんにはこれを意識して努力を重ねていただきたいのです。
――それに私が見たところ、今年の新入生達には例年とは違う何かを感じます。皆さんが、ゆくゆくは魔王を討ち滅ぼす偉大な勇者になること……期待していますよ」
サタナス学園長は、にこやかな笑みを浮かべながらそう話を締めくくった。
教師陣のものと思われる拍手がホールに響くと、一拍遅れて新入生達の拍手もホール中に響き渡った。
「『例年とは違う何か』だってさ!」
「強介先生も、似てることを言ってたわね!」
健太とつばきが、拍手の音に紛れて言葉をかわす。かなり嬉しげだ。
勇助もそれは気になっていた。
どのクラスにも「このクラスが一番凄い!」と言う教師は大体の学校にいるものだが、今回の場合はそういうのではない気がする。
《学園長、ありがとうございました。続いて、祝電が届いていますので読み上げます》
サタナス学園長がステージを降りていく中、アナウンスは次のプログラムの開始を告げた。
聞き慣れない単語を耳にした健太が、ステージの方を見たまま尋ねる。
「祝電って?」
「簡単に言うと、式に来れなかった人からのお祝いメッセージ。……ていうか、来賓の人とか全然来てなくない?」
その言葉通り簡単に説明をした勇助だが、自分で言っている内にある違和感を覚えてそれを口にした。
見渡す限り、席は制服を着た生徒達で埋め尽くされている。上に何かを羽織っていても、制服というのはひと目で分かる。
教師陣は生徒とは離れたところにひとかたまりになって座っている。
来賓者の席は、生徒や教師の席とは違うところにあるはずだが、それが見当たらないのだ。
「来ないシステムなんじゃない?」
健太がのんびりと言う。
正直そんなことどうでもいい、と彼の顔には書いてあった。
勇助は「どんなシステムだよ」というツッコミを呑み込んだ。確かに、自分達にとって何ら関係は無い。
「都合が合わないにしても、こんなに重なるわけ無いし……」
つばきも首を傾げている。
来賓者全員が不都合で来れなくなる確率なんて、限りなくゼロに等しい。
もしこれが、「来れなくなった」のではなく、「最初から来ない予定」なのだとしたら?
どうでもいい……そう、どうでもいいのだ。
その筈なのに、何故か妙な胸騒ぎがする。嫌な予感がする。
理屈では説明し難い、何とも言えないこの感じ。
この状態になると、どうでもいい些細なことでさえ気になって仕方がなくなってしまう。
何故全てアナウンスでの進行なのか、何故司会進行役が一向に姿を表さないのか、ステージが空っぽなのも気になる。
――僕だったら、もっとこう大きな花瓶を飾ったり、巨大な水槽を置いてそこにシーラカンスとかよく分からん観賞魚とかを入れたりして、観客側を飽きさせない工夫を……。
そこまで考えたあたりで、勇助は自分の両頬を勢いよくビンタして我に返った。
――何でエンターテイナー側で考えてるんだよ!? 何だ観客を飽きさせない工夫って! 入学式だぞ!!
健太と負けず劣らずの意味不明なことを考えてしまった自分が怖くて、勇助は念の為にもう一度自分の頬を引っ叩いた。




