第6話 無能力でも
「俺、死んでもつーちゃんの隣に座るから」
「死ぬ必要無いから」
真剣な顔で謎の宣言をする健太。
その顔と言葉の内容のつりあわなさに、勇助はあわや吹き出すところだった。
本人は至って真剣なので、笑ったりしては失礼だ。何とかツッコミもどきで誤魔化す。
「えーっと……じゃあ座る順番は、端っこから健太、つばきさん、僕、ということで」
「は? 勇助もつーちゃんの隣になるじゃん」
「悪いか? 悪いのか!?」
「俺勇助とも隣がいいから、真ん中に座りたい」
「健太……!!」
勇助が涙ぐむ。何だかんだ言いながらも親友の絆は強い。
結果的に、席の順番は端から勇助、健太、つばき、となった。
座席に座ると、かなり前の方に大きなステージが見えた。濃い茶色の演台は、茶色系統を基調としたホールのデザインとうまく調和している。
ステージとの距離はかなりあるが、スピーカーがあるので音声の方は問題無し。
「後ろの席から壇上に立ってる人見えなくね問題」の方も、ステージの上に設置された巨大なモニターに壇上の映像が映される……らしいので、問題は無いだろう。
勇助が案じているのは、音声問題でも「後ろの席から壇上に立ってる人見えなくね問題」でも無い。
昼休憩後に行われるクラス決定試験――ひいては、これからの学園生活のことについてである。
何度でも言うが、勇助は能力を持っていない。
『能力』のテストを受けるのか否か、受けないとしたらその分の点数はどうなるのか、自分がNクラスに入れられるのは確定として、Eクラスの嘲りに耐えられるかどうか、授業に着いていけるか、昼ごはんに何を食べるか、エトセトラエトセトラ……。
「そういえば、つーちゃんの能力って何?」
唐突な健太の問い。
確かにそれは勇助も気になったので、考え事を一時中断してそちらの会話に加わることにした。
「私の家は、先祖代々魔法使いの家系なの。だから私の能力は『魔法』。属性魔法とかちょっとした回復魔法とか、そういう感じかな」
「へー!!」
「確かにつばきさんそんなイメージかも!」
つばきは優しい笑みを携えながら自身の能力について説明すると、「二人は?」と問いを返してきた。
勇助の顔が固まる。
もしもこの固まった顔のせいで、つばきにまで「ちょっとヤバいヒト」だと思われてしまったら……諸々終わる。
――表情筋仕事してくれ頼むから!
五・七・五による懇願もむなしく、勇助の顔は変わらないままだ。
勇助の顔が硬直していることに気付かないまま、健太が話し始めた。
「俺のは、『自分の描いた絵を現実化する』って能力!」
「ええっ、すごい! それ結構強いんじゃない?」
つばきが、目を更に大きく見開いた。
――確かに『自分の描いた絵の現実化』なんて、世間的に見ればかなりの反則級チート能力だ。
世間的に見れば。
つばきに褒められて心底ご満悦の健太には悪いが、いざという時誤解をしたままではマズい。
全ての能力には欠点がある。その使用者の欠点も含めて。
後で健太には償いをすることにしよう。ジュースを奢るとか。
「えーっとねえ、つばきさん。健太の能力、君が思ってるより便利なモンじゃないよ」
「そうなの……?」
「勇助ええええ!?」
荒ぶる健太。
自分が健太と同じ立場でも、これぐらいの叫び声は上げるだろうなあ……健太ごめん……と内心で健太の気持ちを汲みながら、勇助は続けた。
「健太の絵は……何ていうか……その……ね」
「言いたいことがあるならハッキリ言え!!」
「画力が壊滅的」
「ホントにハッキリ言った……!!」
勇助が何と言うべきか言葉を選びながら口ごもる。
しかし健太の発言を受けて、容赦なく直球どストレートな言葉を言い放った。
「だから何かを描いても、全然違うものが出てくるんだ。犬を描けば猫、鳥を描けば犬、花を描けば大砲……」
「花から大砲って逆に凄いわね」
「たまに描いた通りの物が出てきても、その性質が真逆だったりして……」
「そう……だったのね」
小学校の頃から、健太のその能力はかなり厄介なものだった。
健太が図工の時間に描いたチューリップ(健太談)が食虫植物ならぬ食人植物となって校内を暴れ回り、怪我人こそ出なかったものの、全校児童にかなりの恐怖を植え付けた「人喰い花猖獗事件」は記憶に新しい。
因みに事件の名付け親は、勇助達の同級生・田中である。
この事件がきっかけとなり、健太は図工の時間に絵を描くことが原則禁止となってしまった。
能力は、使い手によって便利にも不便にもなり得る。
勿論、良いことにも悪いことにも使える。
能力を悪用する者がいる故に、この世界にはそのような悪人達を討つ「勇者」が存在するのだ。
「でも、私やっぱり健太君の能力は凄いと思うな。使い方を工夫すれば、どんなことでも出来そうだし!」
つばきが見せたのは、お馴染みになってきた花が咲いたかのような華やかな笑顔。
――「つばきスマイル」と名付けよう。勇助は心の中でそう呟いた。
「だよね!!」
健太の機嫌が再び良くなってきた。
つばきに何とも言えない反応をされて、健太が自信を失ってしまう可能性も危惧していたが、それは杞憂となった。
つばきが百点の反応をしてくれて良かった。勇助が、抑えきれなかった安堵の吐息を溢す。
――しかし、話は終わっていなかった。
「勇助君は?」
「ガッッ」
つばきの問いは、話の流れからしてごく自然なものだ。誰でもつばきと同じようなことを問うだろう。それは勇助もよく分かっていた。
しかし、この質問は勇助の心をかなり抉り取るものであるということに、つばきはまだ気が付いていない。
健太がハラハラした顔でこちらを見ている。口を出すべきかどうか迷っているらしい。
「あ〜〜っとねえ…………」
無意味にホールの天井(ここもやはり天井が高い)を見つめながら、勇助は語尾を伸ばし続けた。
引き延ばせば引き延ばすほどに、期待は高くなるし、その期待が外れた時のショックも比例して高まる。
そんなことは重々承知しているのだが、何故か延ばさずにはいられない。しかし、このまま言わずに終われるとも思えない。
「無いです!!」
意を決して開き直り、堂々と言い放つ。
つばきの目が、パチパチと二回瞬いた。勇助がもう一度繰り返す。
「無いです!!」
「あー、そうなんだ! ごめんね、あって当然みたいな聞き方しちゃって……」
つばきは、顔の前でパチンと両手を合わせて勇助に詫びた。
まさか謝られるとは思っていなかった勇助。状況整理に約二秒の時間を費やしてから、慌てて返事をした。
「いや、全然! あって当然なのは事実だし……」
「そんなこと無いって! 能力が無くても強い人はいるし、無いってことは逆にどんな色にも染まれるってことだし!」
刹那、勇助は己の中の時間が止まったような感覚を覚えた。
そんなことは初めて言われた。
能力を持つ者達に無能力であることを明かした時、今まで人からかけられてきた言葉といえば、同情・嘲り・軽蔑のどれかにカテゴライズできるものばかりだった。
勿論健太は例外である。
初めて無能力ということを話した時、「能力なんて無くても、勇助は勇助でしょ!」と、なんてことのないように言ってくれたのはかなり嬉しかった。
まさか、同情・嘲り・軽蔑のいずれにも分けられない言葉をくれる人と、また出会えるなんて思ってもみなかった。しかもこの、能力至上主義を掲げる勇学で。
「どんな色にも、かあ……」
「うん! 能力にとらわれないで臨機応変に動けるのって、能力を持っていない人の強みだと思うなあ」
つばきスマイル再び炸裂。まともに喰らってしまったために、勇助は慌てて目を伏せた。
勇助とつばきの間に座って話を聞いていた健太は、「だって! 良かったな勇助!!」と勇助の背中をバシッと叩いた。地味に痛い。
勇助が今まで勇学での学園生活に馳せていた思いは、心配や緊張ばかりだった。
しかし、その思いが今少し変わった気がする。
無能力者でも無能力者なりに、学園生活を楽しんでやろうじゃないか。
健太やつばきに出会わなければ、まず抱くことの無かったであろうそんな前向きな思いが、勇助の頭の中を駆け巡った。
――そんな時、遂に入学式の始まりを告げるアナウンスが入った。




