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第5話 「ちょっとヤバいヒト達」

 勇助は慌てて我に返った。何どうでもいいこと考えて二人を待たせてんだ、と自分自身にツッコミを入れる。


「ごめん! 行こう!」


 勇助がそう言った瞬間、健太は風のような速さで講堂の中に飛び込んでいった。

 ゴーサインを出されたものと思ったらしい。判断から行動に移すまでの時間が早すぎる。

 勇助は反射的に彼を追い、つばきもそれを追って講堂へと足を踏み入れた。


 すぐ入れるように開け放たれている大きな観音開きの扉の向こうには、勇助達より一足先に講堂へ入っていた強介with生徒達がこちらを見たまま列になって立っていた。


「健太ああああ!!」

「考えるより先に足が動いちゃうタイプなんだよ、俺」


 勇助が勢いに任せてツッコもうとした時だった。

 すぐ隣から、聞き覚えのある低めの声が聞こえたのは。


「君達、どうしたんだ?」

「!!」


 音もなく忍び寄られ、勇助の心臓と肩が同時にビクッと飛び跳ねた。

 ここアサシン育成学園だったっけ、僕は勇者になりたいんだけどなあ……と考えてしまうほどに、勇助の脳は今、かなりの錯乱状態に陥っている。


「全然! 何でも無いです、いやホント!」


 首をブンブンと横に振って、分かりやすく慌てながら誤魔化す。

 健太も「何でも無いです!!」と続いた。

 誰のせいでこんなことになってるんだよ、と言いたげに勇助は健太を軽く睨んだ。


「何か困ったことがあったら、遠慮せずに言ってくれ」


 入学式の時間が迫っているからだろう、強介はそれだけ言って列の先頭へ戻っていった。

 勇助達三人も、それに続くようにして列の最後尾に並んだ。


「全然気付かなかった……勇学の先生ヤバすぎ……」

「まあ先生だもんな〜」


 自分の察知能力云々が低すぎるというのもあるかもしれないが、とにかく今のはビビった。それしか言い表しようがない。

 薄々答えを勘付きながらも、隣を歩く二人に問う。


「健太とつばきさんは? 気付いてた?」

「まあ、何かが来るなーとは」

「先生だとは思わなかったけど」


 健太とつばきの答えを聞いて、勇助が更に肩を落とす。

 これが素質の有る者と無い者の違いだというのか。残酷すぎやしないか。

 寧ろ、「有る」側の世界では自分の心臓&肩飛び跳ねリアクションの方が新鮮なのかもしれない。


「綺麗で広いわね!」


 勇助がさらなる自己嫌悪の渦に飲み込まれていくのを食い止めてくれたのは、つばきのその一言だった。

 勇助も、つられて周りを見回す。


 講堂の出入り口を通った向こう側では、まず大きなエントランスホールが皆を待ち受けていた。

 足下の床は、丁寧に磨かれて光を反射している。気を抜くと滑ってしまいそうだ。駅等でよく見る白いタイルと同じものだろうか。

 ここも天井が高い。この学園は、建物の天井を高くするのが好きなのかもしれない。変わった趣味だ。

 それに、講堂全体がヤケに綺麗だ。まるで建てたばかりのようである。


 見慣れない光景を物珍しそうに見回す生徒達、すっかり慣れているのか周りを見向きもせずに歩く教師。

 その様子は明らかに対照的だった。

 自分達も、通っている内にこの学園の規格外な施設に慣れていくのだろうか。いや、多分自分は卒業するまで慣れない気がする。

 勇助が悶々としながら歩く。その目に映っているのは、すぐ前を歩く生徒の後ろ姿のみ。

 厳密に言うとシャツだけだ。


「でっけー!!」


 何の前触れもない健太のバカ大声が、突然耳に飛び込んできた。

 多分健太はホールに入る扉の大きさに驚いてるんだろうなあ……なんて呑気な考え事をしながら、勇助は思わずよろめいて前を歩く生徒の背中に倒れ込んでしまった。


「ああああーッごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」


 一瞬で体を起こし、土下座せんばかりの勢いで素早く頭を下げる。

 その勢いに若干気圧されながらも、勇助の前を歩いていた生徒はこちらを振り向いて柔らかく笑った。


「僕は大丈夫だよ。君こそ怪我は無い?」


 ――女子……いや男子……だよね。

 華奢な体格に中性的な顔、紫っぽい茶色の髪に色素の薄い目。どこかふわふわした雰囲気だ。

 これは女子だと言い張られたら簡単にそう思い込んでしまう。

 勿論、そんなことを口に出したりはしないけど。


 勇助は反射的に頷いた。「良かったー」と少年が再び笑みを浮かべる。

 実際どこも痛くないし、目の前の少年の方が心配だ。どこかが折れていたりしたらどうしよう。

 さすがにそれは無いか。

 横でつばきが心配そうな顔をしてこちらを見ている。大丈夫かどうか聞きたいけれど、今当人達によってお互いの無事が確かめられたので、どう切り出していいのか分からないのだろう。


「勇助、大丈夫? 二日酔い?」

「お前それ冗談で言ってるよな?」

「モチロン」


 酒は飲んだ覚えも呑まれた覚えもない。健太の冗談は少しずれているところがある。

 いつもの素の発言の方がよっぽど冗談として機能している。


「君達、今度はどうした?」


 こちらを振り返る強介の声色にも、若干呆れの色が混じっているように感じる。

 強介の視線につられて、他の生徒達もこちらを見た。

 これはマズい。これ以上「ちょっとヤバいヒト達」のレッテルを貼られるわけにはいかない。


「勇助がちょっと二日酔いで……」

「洒落にならないからやめろ! あとそれ面白くないから!」


 真剣なトーンの苦笑いをしながら、健太が言う。ヤケに現実味を帯びた話し方だったので、さすがに勇助も本気で止めた。健太(コイツ)は何がしたいんだ。

 この上飲酒疑惑までついたら、「ちょっとヤバいヒト達」から「結構ヤバいヒト達」になってしまう。

 ――いや、前者でも後者でも無いけど!!


「そうか……ほどほどにしておけよ」

「いやいや違うんです!! 飲んでないし呑まれてないし……」


 勇助の弁解が終わる前に、強介はホールへと通じる観音開きの扉を開いた。

 それと同時に、ホールから勢いよく溢れ出てきた喧騒が一瞬にして皆を包んだ。

 奥の方までぎっしりと並ぶ幾多の席には、もう多くの生徒達が座っている。

 薄暗い明かりに豪華な装飾の数々は、もはやコンサートホールのそれである。


「うわあ……!」

「広ーい!」

「すっげー!!」


 健太の持っている驚きを表す語彙は、「すっげー!!」「でっけー!!」「やっべー!!」の三つしかない気がしてきた。

 しかし、勇助も同じようなことを叫びたい思いだった。

 自分でも訳が分からないほどに勇学について徹底的に調べ抜く中で、勇学の設備が写された数多くの写真を目にしてきた。

 だが今日ここに来てから、写真では感じることのできなかった高揚感や迫力をこの身にひしひしと感じることができている。実物に勝るものは無い。


 強介は通路の内の一つを少し進むと、ある座席列の隣で止まった。後ろを着いてくる生徒達も、当然ながら立ち止まる。

 この列が、前から――はたまた後ろから何番目なのか数える気力は勇助にはとても無い。

 幾つかある座席の塊の中で、この列を含んだ塊が真ん中の方に位置しているというのは分かる。


「この列に順番に座ってくれ。余ってしまった者は一つ後ろの列に座るように」


 強介の指示が入ると同時に、勇助達と共に講堂まで来た生徒達は一斉に動き始めた。

 続々と、且つスムーズに座席が埋まっていく。さすがエリート校、揉め事も無さそう、と勇助が何気に感心する。

 座席列の隣で、何やら人差し指をひらひらと動かしていたつばきが口を開いた。


「今この列に残ってる座席の数数えたんだけど、多分私達三人だけ余っちゃうわね。後ろに座ろっか」

「えっ、もう数えたの!?」


 勇助は思わず目を丸くした。強介の指示からまだ約五秒である。

 とりあえず、つばきを信じて勇助達は後ろの列に移った。

 さっきの少年と離れ離れになってしまった。かなり良い人だったので、せめて名前は聞きたかった。


「待機用の部屋にいた時、何となく部屋の中の人数を数えてたの。私達を入れて二十一人。あの列に残ってる座席は十八席」

「なるほどね〜……」

「つーちゃんすっげー!!」


 座席の前を通って列の一番左端に移動しながら、つばきが簡潔に説明をしてくれた。

 健太お決まりの「すっげー!!」が飛び出したあたりで、一行は列の端っこに到着した。

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