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第4話 エリートとノーマル

「――ていうかさあ」


 健太が口を開く。

 何か納得のいかないことがあるようなその声色に、二人は何事かと健太の顔を見た。


「こんなに大きな待機用の建物、作る必要無くない? 教室で待ってれば良いじゃん」


 ――そこツッコむのかあ……。

 勇助の視線が、健太の顔をすり抜けてから奥の壁に突き刺さった。


「まだクラス決まってないし、知らない誰かが入ってきたり席に座ったりした教室で新しい学園生活送りたくないでしょ……っていう学園側なりの配慮なんじゃない?」


 頭の中に浮かんできた言葉を、ろくに組み立てもしないまま口に出す。

 健太の目がまたも丸くなった。本日何度目だろう。

 次の瞬間、健太は耳を疑うような言葉を言い放った。


「クラス決まってなかったっけ?」

「…………は?」


 健太の爆弾発言に、勇助の口からは思わず間の抜けた声が漏れ出てしまった。

 つばきの目も、彼女の驚きを代弁するように丸くなっている。


「えっ? いやお前……ええええ? いや、だって……逆に学園の何を知ってるんだよ……?」


 勇助が健太の顔を穴が空くほど見つめる。

 つばきの驚愕に染まった視線が自分に向けられていることに気付いたのか、健太の頬が少し赤らむ。


「勝手に決められてるのかな〜って……」

「んな訳無いだろ!!」


 声を可能な限り抑えたのだが、部屋の中の生徒達の注目を浴びるには充分な大きさだったらしい。

 勇助が、自分の中の「囁きモード」のスイッチを入れる。


「……どこまで知ってる?」

「エリートクラスとノーマルクラスがあるってことぐらいかな」

「予備知識皆無……!」


 頬を掻きながらどこか明後日の方向を見つめる健太。勇助は思わず頭を抱えてしまった。


「つばきさん……最初から教えた方がいいかな?」

「多分その方がいいわね」


 勇助とつばきが頷き合う。

 話題の中心となっている当の健太は、どこかぽかんとした表情だ。

 勇助は何から説明すべきか頭の中で整理してから、健太に向かって説明を始めた。


「――勇者育成学園には、大きく分けて二つのクラスがある。それが『E(エリート)クラス』と『N(ノーマル)クラス』。入学した後すぐに受ける『体力・能力・学力』の三つに分かれたテストの総合点で、一定以上の点を取れた人達だけがE(エリート)クラスに入れるんだ。E(エリート)からの勇者排出率は限りなく高いし、学園内ではちょっとした優遇なんかもされる」


 ここで一息ついてから、勇助は再び口を開いた。


「ただその一定がかなり高いから、E(エリート)はその名の通り選りすぐりのエリート集団なんだ。E(エリート)への下剋上を果たしたいN(ノーマル)N(ノーマル)に追いつかれたくないE(エリート)N(ノーマル)クラスとE(エリート)クラスのお互いの競争意識を高めて、より優秀な勇者を生み出そうとしているらしい」


 勇学のクラス事情について一通りの説明を終えると、勇助は少し咎めるような視線を健太に向けた。


「まだテストも何もやってないのに、クラスが決まってる訳無いでしょって言うこと」

「なるほどー、そういうことか! ……って」


 健太が、納得がいったと言わんばかりに何度も大きく頷く。

 しかしその刹那、健太は耳をつんざくような大声を出した。


「テストオオオォォ!?」


 またアイツか、と言いたげな視線が、部屋の四方八方からこちらに刺さってくる。

 特に痛かったのは、ツリ目のおさげ少女の鬱陶しげな視線だった。

 勇助は耳を塞ぐついでに顔も俯けた。


「マジで? マジでテスト?」

「本当。入学式の後にお昼休憩があって、その後すぐに『クラス決定試験』があるの。二年生と三年生も、定期テスト扱いで実施するらしいわ」

「があああああっ」


 つばきの説明を聞いた健太、これには思わず煩悶。

 死を目前とした怪獣並みの声を上げている。


「健太が心配してそうな学力のテストは、小学校の時の振り返りとその発展問題らしいよ」


 勇助がちょっとしたアドバイスのつもりで、得ていた情報を口にした。

 といっても、余程の情報弱者じゃない限り、この試験の内容はある程度知っておくべきものだ。


「えー、振り返り苦手……」

「そっか、健太は過去を振り返らずに今この瞬間だけを大事にする男だもんな!」

「その通り!」

「いやふざけんなよ」


 勇助がノリツッコミを決めたその瞬間、部屋の出入口に見知らぬ男性が現れた。

 髪色と同じ紺色のスーツに身を包み、赤いネクタイを締めている。


「なあ、不審者だと思う?」

「思わないから。常識的に考えて先生だろ」


 健太が勇助の耳元でヒソヒソと囁くが、勇助は常識を持ち出してその考えを一刀両断にした。

 男性は、その茶色い目で部屋の中を見回しながら言った。


「新入生が揃ったので、今から入学式が行われる講堂へと向かう。それにしても、今年はいつになく優秀そうな新入生が揃っているな」


 このセリフで、不審者であるという線は完全に消えた。勇助の予想的中である。


「優秀そうだって!」

「やった!」

「僕以外ね……」


 ガッツポーズを取る健太とつばき。一方の勇助は完全に肩を落としている。

 確かに、ここに来る途中で見かけた新入生達からは例外なく溢れ出る個性を感じた。それを「優秀」と呼ぶのならば、今年の新入生はかなり豊作と言えるのだろう。


「紹介が遅れたな。私は、1-N1の担任となる無敵(むてき)強介(きょうすけ)だ。では早速講堂へ向かう。着いてきてくれ」


 そう名乗ると、強介は部屋を出て校舎の出入り口の方に歩き始めた。

 部屋の中でも、生徒達が部屋の外に出ようとそれぞれ動き始めた。


「強そうな名前ね!」

「無敵だもんなあ」


 つばきと健太が、強介が去っていった方向を見ながら言う。

 三人は、部屋の外へと流れていく人の流れに乗って待機部屋を後にした。

 今後この部屋と再会を果たす日は来るのだろうか。

 少しハイペースで歩きながら、健太が勇助に尋ねる。


「エヌワンって、どういうこと?」

「一学年何クラスあると思ってるんだよ。分かりやすいように、ちゃんとクラスに番号振ってるの」

「ふーん」


 自分で聞いておきながら、気の抜けた返事をする健太。

 そんな会話をしながら歩いている内に、勇助達の集団は待機用校舎から出てきていた。


 どこからか聞こえる小鳥の囀り、麗かな陽気。

 校舎に向かう道中ではどこか慌てていたために感じることの出来なかった春の息吹に、ようやく触れられた気がする。


 ――一行が向かっている講堂は、本校舎の裏側にある。

 灰色っぽいレンガで作られたかなり大きな建物で、主に学園の式典等が行われる際に使われているらしい。

 最大収容者数は千七百人。千六百人余りの新入生が全員入っても、ギリギリお釣りが来るということになる。


「入学式かあ……何か退屈そう」


 健太は頭の後ろで手を組みながらそう呟いた。

 彼の視線は、一向に雲が姿を見せない晴れやかな青空に注がれていた。

 おおかた、テストのことを憂鬱に感じているのだろう。小学校の頃の健太も、何か案ずるようなことがある時には大抵空を仰いでいた。


「退屈だからって、寝たりしちゃ駄目だからね」


 つばきが健太に微笑みかける。健太の視線は一瞬にして地上へと舞い戻ってきた。


「そりゃつーちゃんがいたら、寝るなんてそんなもったいないこと――」

「着いたぞ。ここが講堂だ」


 健太のセリフを、集団の先頭から聞こえてきた声が遮った。

 集団の動きが止まるのとほぼ同時に、健太が露骨に不機嫌そうな表情を顔に浮かべる。いつもの朗らかな顔が嘘のようだ。


「先生に遮られたなら仕方ないって、諦めよ。な?」

「何が仕方ないんだよ!!」


 今にも咆哮を上げそうな健太を、勇助がやんわりと宥める。

 何が仕方ないのか、細かい理屈は宥めた勇助本人もよく分からない。


 幸いにも今回は周囲の注目を浴びることは無かった。

 周りの生徒達の注目は、全て講堂に集まっていたからだ。


 先程本校舎の前から見た時には、ぼんやりとしか姿を表していなかった講堂が、今は想像以上の存在感と威圧感を放って皆の前にその姿を見せていた。

 健太も、講堂を見上げている内に怒りがすっかり収まったようだ。目を輝かせては「でっけー!」と月並みな感想を漏らしている。もはや皆修学旅行気分だ。一部を除いて。


「中に入るぞ。しっかり着いてくるように」


 生徒達の注目は、今度は講堂の扉の奥へと消えていく強介に移った。

 忙しないなあ、と勇助がふと思う。しかし勇助がそんなことを考えている間に、他の生徒達は素早い動きで強介の後を追って講堂の中に入っていってしまっていた。

 残っているのは勇助と、それを待っている健太とつばきのみ。

 勇助をちゃんと待っていることからするに、健太は過去の失敗をしっかりと活かしているようだ。

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