第3話 勇者育成学園
◇◇◇
「すっげー!! でっけー!! やっべー!!」
「これが勇者育成学園……!」
「大きすぎでしょ……!」
三人は、それぞれ目の前に堂々と佇んでいる超巨大な建物の感想を漏らしていた。
「学習舎前」駅を出てから徒歩十秒、生徒達の視線を一身に集めているこの建物。
そう、これこそが「勇者育成学園」の本校舎に他ならなかった。
見る者を威圧するような迫力を持った、縦にも横にも大きいレンガ造りのコの字の校舎。
見上げていると自然と首が痛くなってきてしまう。
写真で見た数倍――いや数十倍の大きさ、そして迫力だ。
思わず気圧されてしまう。
この学び舎で数々の勇者達が学園生活を謳歌したかと思うと、何というか感慨深いものを感じる。
「あっ、向こうにもう一個ある!」
つばきが人差し指で指す方向には、少し離れたところに校舎とほぼ同じ大きさを誇る建物が建っていた。下手すればもう少し大きいかもしれない。
ここから徒歩五分程度と言ったところか。
校舎のレンガは赤っぽい茶色をしているが、あちらの建物を造っているレンガは黄色っぽい。
「あれは一年生用の寄宿舎。学生寮とか食堂とか購買とか、生活に必要なものが諸々揃ってる」
「あっちもデッカ!!」
健太が、丸くした目を更に見開く。驚く表現のダブルコンボである。
「一年生用……ってことは、他にもあるの?」
「うん。もう少し向こうに、二年生用のと三年生用のも。生徒数が多いから、校舎を分けないと一人一人にちゃんとした部屋が確保できないんだって」
つばきは勇助の説明にうんうんと頷くと、目を輝かせながら違う方向を指した。
「あっちにも何かあるよ!」
「あ……れは雲か」
三人だけでなく、校舎の周りに屯している大勢の生徒達がはしゃぎ回っている中、健太は一生に一度あるかないかの見間違いを犯していた。
「勇助、あれなに!?」
「あれは特別教室が集まってる分校舎。あっちは講堂。向こうにあるのが体育館。待機場所は〜……」
学園の施設を人差し指で指しながら、ツアーガイドさながらにスラスラと説明を行う勇助。
脳に完全にインプットしてある勇学の地図と現在地から見える景色を照らし合わせながら、指をふわふわと動かして目的地を探す。
「あそこだ!」
ミステリーものの推理シーンの時に、探偵が犯人をビシッと指差すのと同じ勢いで、勇助は犯人――もとい集合場所となっている校舎を指した。
さすがに本校舎や寄宿舎よりは小さいが、それでも十分すぎるほどにデカい。
勇助は、「財力どうなってんだ」というツッコミを間一髪で呑み込んだ。
先程健太に「金の話すんな」と自分が言ったばかりである。
「よっしゃあ! そうと決まればレッツゴー!!」
健太はそう言ったが早いが、先陣を切って待機用校舎へと全速力で駆け出していった。
頭脳の方は残念な部分が目立つ健太だが、運動神経は抜群なのだ。当然足もすこぶる速い。
「はっや! 健太ちょっと待って!?」
「私達も行きましょ!」
「え? つばきさんはっや……!? ちょっと待って……えっ?」
◇◇◇
「二人共早すぎでしょ……!」
「ゴメンナサイ」
「いや別に怒ってないけど。何で謝った?」
ゼエゼエと荒い息を吐きながら、勇助はようやく追いつくことができた健太の顔と、途中で勇助が追いついていないことに気がついて引き返してくれたつばきの顔を代わる代わる見比べた。
健太とつばき両名共、走る前とほぼ様子が変わっていない。
「置いていったから怒ってるのかな〜って……」
「何で走り出す時にその配慮ができなかったんだよ……」
健太と話しているうちに、息が規則的な動きを取り戻してきた。
今走ってきた道を見ると、待機用校舎まで競争している生徒達がいた。皆考えることは同じである。
今度は、扉が開け放たれている校舎の入り口に視線を移した。
「じゃ、入ろうか」
入り口を通って、校舎の中に足を踏み入れる。それと同時に生徒達によるざわめきも耳に入ってきた。
既に着いている生徒も多いのだろう。
校舎は、どこかの古い城のような内装だった。もう少し暗ければ、ダンジョンとしてやっていけるぐらいだ。
中に入ると突き当たる長い廊下には、これまた扉が開け放しになっている沢山の部屋が奥まで並んでいた。
自由に選んで良い、そこで待っていろ、ということだろう。
「どれにする? 上の階もあるっぽいけど」
廊下の奥の方を覗いて階段の存在を確認してから、健太が誰にともなく問う。
突然選択肢の多すぎる問題を目前に突きつけられ、三人の会話の流れが少し止まった。
「えーっと……じゃあ、あの部屋はどう? 左側に植木鉢が飾ってあるところ」
つばきが、その植木鉢を指差しながら言った。
古そうな木製の机の上に置かれた水色の植木鉢には、紫色をしたハーデンベルギアの花が植えられていた。
「いいね! ちょうど俺もそこにしようって言おうと思ってた!!」
かなり大袈裟に頷いてみせる健太。
惚れた弱みというやつだろうか。しかし健太はかなり楽しそうだ。
「嫌な人がいないといいんだけどなあ……」
「そんときはそんとき! 早く入ろうぜ!」
健太のその前向きな姿勢には、少なからず見習うべきところがある。
それに比べて自分と来たら……と勇助が卑屈になっている間に、健太は既に部屋の中へ入っていた。
「早いんだよお前! 思いやりの心を失うな!!」
「まあまあ勇助君、健太君にも悪気は無いと思うから! 私達も行こ行こ!」
絶叫一歩手前の怒鳴り声を上げる勇助を、つばきが素早く宥める。
――確かに、健太があからさまな悪意を抱いているところは見たことがない。彼の行動には本質的に悪意というものが無いのだ。嫌がらせだったり陰口だったりの陰湿な行為が許せないタイプの、所謂「いいやつ」なのである。
勇助もそういった類のことは何よりも許せないのだが、勇助が注意した時と健太が注意した時の効き目の違いははっきりしていて、凡人が悪行を注意したところで所詮偽善としか受け取られないのか……と、現実の残酷さを呪ったものである。
「勇助ー! 嫌な人多分いないよー!」
健太は正直者だ。先頭に「バカ」が付く方の。
ざわつく部屋の中に足を踏み入れるのは若干躊躇われたが、勇助は「つばきさんがついてるつばきさんがついてる」と自己暗示をかけながら健太の後を追って部屋に入った。
部屋の内装は、廊下で感じた「どこかの古い城のよう」というイメージを一切崩していなかった。
石造りの壁に石畳の床、ソファーや椅子、机に本棚といった家具はどれもこれもアンティークなものばかりだ。
そして部屋の中には、塊になったりなっていなかったりしている生徒達がいた。誰も彼も、人の目を引くような個性に溢れた者達ばかりだ。
しかし今一同の目を引いているのは自分達である。周囲に流されないタイプであろう一部の面々が、こちらに全く気を引かれていないのがせめてもの救いというものだ。
「二人共早く早く!」
健太は、部屋の中央部でこちらに向かって手招きをしていた。ここまでくると、人の注目を集める天才と言っていい域かもしれない。
「健太、TPO。TPO弁えよう」
「どういう意味?」
「時と場合ってものがあるだろって言いたいんだよ」
「なーるほど」
「絶対分かってないよね?」
呆れ気味に言いながら、勇助はさりげなく部屋の奥の方に移動した。残りの二人も着いてくる。
上部分が曲線を描いている洋風な格子窓からは、陽の光が差し込んでいた。
「……今何時だっけ?」
窓の外を眺めながら勇助が言った。
勇学に到着してからまだ一時間も経っていないはずだが、ヤケに疲れを感じる。
「えーっと……九時四十五分。入学式が始まるのは十時ぐらいってなってたね」
壁掛け時計を見つめながら、健太が答える。
勇学に着いたのが大体九時十分程。三十五分でここまで疲れたことがあっただろうか。勇助の記憶が確かならば、無い。
せめて入学式は、何事もなく終わって欲しいものだ。




