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第2話 湧き始める実感

「俺はもっと派手だと思ってた。こう、キラキラ輝いたりカラフルなやつ」

「……本当にそれ着たい?」

「着たくない」

「何故言った」


 勇助と健太が繰り広げる謎の会話に、つばきは思わず苦笑いした。

 すると健太が突然、がらりと話題を変えた。


「予定表だと、待機場所に集合してから講堂に向かうってなってたけど……待機場所(それ)ってどこにあんの?」


 ここは、勇助が持つ予備知識の出番だ。それとなしに口を開く。


「新入生の為に、校舎の近くに待機用の建物が別にあるっぽい。凄いよねえ、そんな建物用意できるとか敷地デカすぎ」

「新入生だけで二千人近くいるのよね。いや本当、大きすぎ」


 まだ実物を見ていないのでどこか実感が持てず、ふわっとした感想を漏らす勇助とつばき。

 数字を聞くと「何やら凄い」ということは分かるのだが、この目で見ないことにはそれがなかなか現実味を帯びてくれず、漠然とした感想しか思いつかない。


「二千人……えっと、俺の小学校の全校児童が四百人ぐらいだから…………五倍! ヤバ!!」


 健太がブツブツ言いつつ計算をしてから、その目を一層丸くした。


 長い桜並木の道がようやく終わった。

 校門をくぐった時には、誰かと一緒にこの道を歩き終わるなんて思ってなかったなあ……と、勇助が心の中で呟く。


 桜並木の向こうには、開けた円形の広場が広がっていた。道の舗装は今まで歩いてきた石畳からレンガに変わっている。

 今までは桜の木々に遮られて見えなかったが、遠くの方には数々の巨大な建物がぼんやりと見える。

 中でも一同の目を引いたのは、奥の方に建っている大きな建物だ。

 その建物の前には、まだ綺麗なバス停があった。


「あのデカいの、駅……だよね?」


 健太が、勇助の方を見ながら確かめるように問う。

 勇助は大きく頷いた。


「うん、駅だ! ここにはバスと電車が通っていて、学園の生徒とか先生は無料で利用できるらしいよ」

「へえ〜!!」


 皆が、揃って感嘆の声を上げる。ようやく実感というものが湧いてきた。

 バスと電車が通るほどの莫大な敷地を保有するこの学園に、自分達は今日から通うのだ。

 今まで憧れ、夢見てきたここでの学園生活を、遂に送ることができるのだ。

 期待に胸を高鳴らせながら、奥の方に向かって歩みを進める。


「勇助君、何でそんなに詳しいの?」


 つばきが尋ねる。

 「勇助君」と来ましたか、と思いながら、勇助はつばきの疑問も当然だろうと感じた。

 バスが通っているということや学園関係者への運賃サービスがあるということは、勇助もそこそこ調べてようやく得た情報である。


「いやね、『フツーの人間代表』だけど、こういうところでは皆の一歩先を行ってたいな〜……みたいな。逆にこれぐらいしかできないし」


 勇助が肩をすくめて笑う。

 そんな中、健太が物憂げな表情を浮かべながら口を開いた。


「えー、バス嫌だなあ……」

「どうして?」


 純粋な疑問から、つばきが問う。健太は俯き気味に答えた。


「……バスジャックされるから……」


 一同を、一瞬にして沈黙が包む。二人の視線が健太に集まる。

 会話が途切れるのと同時に皆の足も止まった。

 この何とも言えない空気に耐えきれず、勇助が慌てて喋った。


「いや、さすがに勇学のバスをジャックしようとする猛者はいないでしょ」


 バス中能力者だらけだし、と勇助が付け加える。間髪入れずに、健太はその言葉に噛み付いた。


「命賭ける!?」

「賭けないから!! 小学生かよ」


 勇助はすっかり呆れている。でもこのノリ、少し懐かしい。


「じゃあ、電車で行きましょ!」

「オーー!!」


 つばきがそう言うと、皆は揃って拳を突き上げた。


 ――二人共、ノリ良いなあ……。

 雰囲気に合わせて突き上げた拳をどうしていいか分からず持て余したまま、勇助は遠い目をしてどこかを見つめた。



   ◇◇◇



 広い!デカい!などと叫びながら、一行は駅の中に入っていった。

 この駅は、「校門前」と言うらしい。恐ろしくそのままだ。

 まあ名前を下手に捻られたとしても混乱するだろうけど。


 駅のコンコースを通りながら、一同は物珍しそうに周りを見回す。

 かなり清潔な上に、やたらと天井が高い。

 駅全体を照らす青白っぽい光は、昼光色……とか言った気がする。

 天井と床は真っ白で、反対に壁や等間隔に設置されてある柱は真っ黒だ。モノトーンというやつだろう。


 その真っ黒な壁には、何枚もの案内用ポスターが貼られていた。新入生の為のものなのだろう。

 そして、至るところに勇学のパンフレットマップ――「勇学MAP」が置かれていた。


「コンビニ! コンビニ寄ってこ!!」

「時間無いって言ってんだろ!」

「ホームってどっちだったっけ?」

「はいここ右に曲がりまーす!!」


 勇助は、観光ツアーのガイドでもやっている気分だった。

 勇学の知識を蓄えておいて本当によかった。

 勇学では迷子者が毎月数百人ほど出るというが、確かにそれも納得である。


 三人は、エスカレーターを下ってようやく駅のホームへ辿り着いた。

 ホームには、生徒達数人のかたまりが幾つか見受けられた。電車に乗らず、バスに乗ったり歩いたりして行く生徒も多いのだろう。

 電車が来るまでの時間潰しとして、勇助が自然な感じで口を開く。


「勇学に通ってる電車の路線は、楕円形になってるんだよね。『学習舎前』『センター街』『裏山前』みたいな具合に、各所にこんな感じの駅が設置されてるんだ」

「こんなのが幾つもあるって、勇学本当に凄いわね……」


 つばきが、茫然としながら向かい側のホームを見つめる。

 健太もそれに続いて言った。


「金かかってるなぁ……」

「……金とか言うなって……」


 急にリアルな話を持ち出してきた健太に、勇助が軽いツッコミを入れる。

 かなりの費用がかかっているのは事実だろうが、今ここで中学生が話すのに相応しいことでは無い。


 ――すると、このタイミングでホームに電車が滑り込んできた。

 かなり車両数が多い。生徒数から考えれば当然か。

 車両は赤一色、三本の青い横線が入っている。


《ドアが開きます》のアナウンスと共に、電車のドアが開かれる。


「めっちゃ派手」

「超派手」

「すっごい派手」


 仲間に加わった順に、電車を見た率直な感想を述べる。と言ってもその内容はほぼ同じだ。

 それも仕方ない。赤と青のカラーリングは、見た者全てに一様な「派手」という感想を持たせてしまうのだろう。

 健太は、赤と青のコントラストに気を取られているつばきに、ヤケに慌てながら声をかけた。


「つっ、つーちゃん! 早く行こう!!」

「つーちゃんんん!?」

「あっ、うん!」


 勇助が大声でどよめいている間に、つばきはこくりと頷いた。

 早く行かなければいけないということは事実なので、一行は早足で電車に乗り込んだ。

 幸いにも席はところどころ空いていた。三人で並んで座る。


《ドアが閉まります。ご注意ください》

「了解でーす!」

「…………」


 朗らかな声で堂々と返事をする健太に、残りの二人が何とも言えない視線を向ける。

 正確には二人どころではなく、同じ車両に乗っているほとんどの人の視線を浴びてしまったのだが。


「アナウンスに返事する人初めて見た……」

「多分これからも、健太以外では見ないと思う……」


 つばきと勇助が、呆れ気味に言葉をかわす。

 駆け込み乗車をした者が数名いたらしく、電車のドアは開いたり閉まったりを三、四回繰り返した。

 ようやくドアが完全に閉まり、電車がゆっくりと動き始める。


 新生活に胸を高鳴らせた新入生達によって、車内にはちょっとしたざわめきが起こっていた。

 こうして改めて周りの生徒達を見回してみると、皆本当に個性に溢れているものだ。外見は勿論のこと、内面からもキラキラした感じが溢れ出ているように見える。

 目が合えばその日の夢にメイン出演ぐらいはしそうだ。

 僕なんかとは大違いだなあ、と勇助がため息をつく。


 今までは平均的な小学校に通っていたので、自分が人より劣っているとかいう劣等感の類を感じる機会はほぼ無かった。

 しかし、今はどうだろう。

 勇学の校門の前で軽く仰け反ってから早数十分、既に劣等感のフルコースを強制的に嫌というほど味わわせられている。


 勇助はふと、自分の隣で、健太が彼の隣に座っているつばきに、好きな食べ物だったり好きな色だったりの無難を極めた質問をしているのを見た。


 ――いやお前、小学生でももっと良いこと聞くだろ。初級の英会話教室かよ。


 脳内でツッコミを入れながら、呆れの色に染まった視線を健太に向ける。


《——次は、「学習舎前」。「学習舎前」》


 考え事に夢中になっていたせいか、勇助はアナウンスを聞くことで我に帰ったような感覚を覚えた。

 今度のアナウンスには、健太は返事をしなかった。

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