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第31話 「異空間だから」

「正義、それ馬鹿にしてる?」

「全く」


 正義は事の顛末を見ていなかったので、健太が本来出したかったものが犬であることを知らないのだ。

 このままだと、正義の猫(犬)への感想は、全て健太への無自覚な煽りになりかねない。


「いやー惜しかったな健太! 実戦! 実戦で頑張ろう!」


 勇助が慌てて健太を励ます。

 吹輝のバカ笑いが始まる予感がしたので、勇助は吹輝の方にも鋭い視線を送っておいた。

 バリアの外側では、もう能力(チカラ)を使っている者はいなかった。正義も、先生からの指示を受けて一人に戻った。

 全員の採点が終了したのだ。

 野々内が立ち上がり、新入生たちに労いの言葉をかけた。


「皆、お疲れ様。これで能力テストの第一関門は突破できたことになる。続いては、とうとう実戦だ。まずは異空間へと移動してから、手元のクジに書いてあるグループに分かれてくれ。それでは行動開始!」


 ――あっ、クジ引いてなかった!


 一応、実戦にも参加しなくてはならない。クジを引かないとグループに分かれることが出来ない。

 言われた通りに行動を始めた新入生達に混じって、勇助はクジの入っている箱へと向かった。確かあの机の横に置いてあった筈だ。

 しかしそんな勇助を、健太が引き止めた。


「あ、勇助! もしかしてクジ引きに行こうとしてる?」

「うん、忘れてたから」

「俺が勇助の分も引いといたから心配ナシ!」


 健太が差し出した掌には、成程確かに二枚のクジが乗っかっていた。表の部分をペラッとめくるタイプのクジだ。

 勇助が思わず、クジと健太の顔を見比べる。


「うわ、ありがと健太! 先生に何か言われなかった?」

「説明したら、普通に納得してくれた」


 そう言いながら、健太が勇助にクジを手渡す。

 勇助はつい表部分をめくりそうになったが我慢した。異空間(向こう)に行ってからにしよう。

 異空間の作用で、運が良くなるかもしれない……などとそれらしい理屈をこねてはみるものの、結局のところ、中身を見るのが怖いのだ。可能な限り先延ばしにしたいのだ。


「あの扉の奥でござるか」

「扉ばっかだよなぁ」


 それは設計上仕方のないことである。

 五人は人の流れに乗るようにして、第四修練場の奥の方にある、大きな茶色い扉へと向かった。

 堂々と開け放たれているその扉の向こうに、新入生達がどんどんと消えていく。

 健太が急に不安げな様子を見せる。


「扉の向こう、めちゃくちゃ光ってて全然見えないんだけど!」

「異空間だからね」


 大体のことは「異空間だからね」の一言で終わらせることが出来る、それが異空間。

 現実世界の常識が全く通用しない未知の空間、それが異空間。

 恐怖がないと言えば嘘になるが、怖がってばかりいても話が前に進まない。

 とうとう、勇助達のすぐ前を歩いていた生徒が異空間の中に入っていった。扉は目前、入るしか道は残されていない。


「無事に帰れますように……」


 心底からの願いを口にしながら、勇助は意を決して、扉の向こうにその一歩を踏み出した。




  ◇◇◇




「生き……てるね」


 当然である。

 入った瞬間消滅するリスクのある異空間が、中学校の試験に使われるはずが無い。


 扉の向こうでは、遥か遠くまで続く緑色の草原――そしてちらほらと雲が浮いている爽やかな青空が、新入生達を待っていた。遠くの方には小さな山並みも見える。

 ついさっきまで室内にいたとは俄に信じ難いが、これが異空間が「異」たる所以である。


「うわ、スッゲー! 流石異空間」


 勇助に続いて扉をくぐった健太が、青々としている草原を見渡しながら感嘆の声を上げる。

 ほぼ同時に、つばき・正義・吹輝も異空間へと入ってきた。


「本当に異質な空間でござるな……」

「うわぁ、広い!」

「俺ら、さっきまで修練室にいたよな?」


 それぞれ驚きのリアクションを示してから、五人は誰からともなく向かい合って顔を突き合わせた。

 健太が、皆の顔を見回しながら、自分のクジを顔の横に掲げた。


「――じゃあ、開けちゃう? クジ」

「その前に、祈りを捧げるのはどうでござるか?」

「引いた後にそれやっても意味なくない?」


 正義が真顔でかなりツッコミどころのある提案をする。勇助は勿論、間髪入れずにツッコんだ。


「それじゃ――」

「せーのっ!」


 掛け声を揃えて、五人は一斉に自分の引いたクジをペラリとめくった。

 書かれている数字が、遂に露わになる。

 健太が引いてくれた勇助のクジには、「三十」とあった。

 この中の誰か一人と一緒になってくれれば、それ以上は何も望まない。チームメイトが無能力をめちゃくちゃ蔑むような能力者だったとしても、もう我慢する。無視していれば大体諦めるから、徹底的に無視を貫くようにする。だから、せめてこの中の誰かと――!


「じゃ、続いて数字を見せ合うってことで」

「せーのっ!」


 再び掛け声を揃えてから、五人はクジの乗った掌を見せ合った。

 一瞬で全員の数字を把握することは出来ないため、数秒の沈黙確認時間が訪れる。

 しかしすぐに、その沈黙も破られた。


「あーーっ!!」


 喜びとも悲しみとも取れぬ、五重に重なったただの叫び声が上がる。

 クジに書かれていた番号はそれぞれ、勇助は「三十」、健太は「十二」、つばきは「三十」、正義は「八」、吹輝は「五十二」だった。即ち――。


 ――つ、つ、つばきさんと一緒!?


 これは、予想だにしていなかった事態発生である。

 心のどこかで、この中の誰かと一緒になったとしても男子組とだろうなあ……と勝手に思っていたばかりに、衝撃はかなり大きい。


「勇助君と同じだ、良かった! 頑張ろうね、勇助君!」

「そ……うだね」


 何の戦力にもなれないからこそ、何気ない「頑張ろうね」の一言がひたすらに辛い。

 勇助は思わず空を仰いだ。ともかく、五人のうちの誰かと一緒になれたのは本当に良かった。

 それがつばきだというのは少々予想外だったが、ひたすらに嬉しい。


「勇助、つーちゃんとじゃん……!」


 何気に、「つーちゃん」という呼称も久しぶりに感じる。

 健太にどう返すべきか分からず、勇助は曖昧に頷いた。


「俺だけ数字めっちゃ後じゃね? 何だよ五十二って……」

「拙者なんて一桁でござるよ」


 吹輝と正義が、ハッキリ言ってよく分からない、謎の不平不満を溢す。


「勇助、クジ取り替えようぜ? ――あ、でもそしたら勇助と同じグループになれない!」

「『三十』引いた人とすり替えてきたら?」

「ナイスアイディア!」

「え、ガチでやる気?」

「俺はそこまで落ちぶれてないから」

「グループ分けのクジすり替えるぐらいじゃ、落ちぶれたって言わないでしょ……」

「――マジで?」

「ごめん嘘落ちぶれてます」


 勇助と健太の会話が一段落ついたところで、正義がそこに口を挟んだ。


「早くこのグループに分かれたほうが良さそうでござる!」

「だな! ……でもこの人数、グループ分けだけでもしんどそうだけど」


 ウロウロしながらチームメイトを探す大勢の新入生達を見回しながら、吹輝がげんなりした様子になる。


「頑張るしか無いわよね……あとは、私達が敵として当たらないように祈るのも」

「当たったら当たったで、手加減はナシで!」

「勿論」

「当然」

「無論」


 健太が強気に言い切ると、つばき・吹輝・正義の三人も、同意の意を口にしながら頷いた。

 勇助は頷きそびれてしまった。


「僕も頑張らなきゃだよなあ……」

「大丈夫、絶対イケるって! 寧ろ無能力だと思って舐めてかかってくるかも知れないから、そこをすかさず――」

「すかさず?」

「グサッ! とね」

「刺しちゃ駄目だから!!」


 何かを突き刺すという実に物騒なジェスチャーをした健太に、勇助がツッコミを入れる。

 ツッコミというよりも、「常識の再確認」といったほうが正しいかも知れない。

 会話が終わるのを見計らって、吹輝が皆の顔を覗き込みながら言った。


「それじゃ、一時――」

「解さーん」


 健太の「解散コール」を皮切りに、五人は人混みの中にバラバラに――勇助とつばきのみ同じ方向に――散らばっていった。

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