第30話 四人の出番
しかし、ここで吹輝がごねた。
「えー、せっかくだし行こうぜ遊園地とか!」
「明日は初日だし、どうせすぐ終わるだろうから、放課後に色々行ってみようよ」
「勇助殿、そんな固いこと言わずに!」
「言ったつもり無いんですけど……」
正義の中での「固いこと」判定が緩すぎやしないか。勇助が少し不安になる。
「私も、寮にいた方がいいと思うな。寄宿舎を回るだけでも結構楽しいと思うし」
お久しぶりとなるつばきスマイル。
それに加えて勇助は、自分の意見に賛同してくれる人がいたことが嬉しかった。
「俺もそう思う!」
賛同者プラスワン。片手をビシッと挙げたのは、言うまでもなく健太である。
「健太、もう少し自分の意志ってもんを持てよ」
「持ってるから! いや普通に、俺も寮にいたほうが安全かなーって思ったし、皆の部屋見てみたいなーって思ったし」
「はいはいそうですか」
聞く耳も持たないとはまさにこのこと。
勇助は、耳を真っ赤にしている健太が放つ言葉を軽くあしらった。
そんな中正義が、「テスト後の行動」から「寮に幽霊が出るか」へと話題を変える。
「夜になったら、寮に幽霊なんかも出るんでござるかね?」
「うわ、鍵かけて部屋閉じこもろ」
吹輝が露骨に顔をしかめる。彼はお化けなどといった類が苦手なのかもしれない。意外だ。
「幽霊」――というよりも、「怪奇現象」に少々思い当たる節があった勇助は、そのことを口に出そうとしたが、それは叶わなかった。
「次、私達かも」
「あ、絶対そうだわコレ」
つばきと吹輝の言葉を聞いた勇助が、バリアの向こう側の方に視線を投げる。
バリアの向こうで教員の前に立っている新入生の数は、最大人数である二十人に明らかに達していなかった。
勇助等の例外があることから、ぴったり二十人では無いのかもしれないが、それにしても足りていない。
足りていないということは、この回が最後であるということになる。つまり、まだテストを受けていない、勇助を除いた四人の番なのだ。
心の準備もそこそこに、四人は立ち上がってバリアを通り抜けた。
成程確かに、人間は自由に通れるようである。かなり便利な能力だ。
「じゃあユウケン、動き止められる準備ヨロシク」
「え、ガチでやんの? ていうか動き止められる準備って何すればいいの?」
「頑張れ姫原つばき……! リラックスリラックス!」
「こういう時は、心の中で羊を数えるでござる!」
「寝てどうすんだ!! 皆頑張って!!」
ツッコミの声量のままで声援を送ってしまったので、新入生達の視線をかなり集めてしまったが、もう無視することにした。見たければ勝手に見ているがいい。無視するから。
それぞれの教員の前に立つと、皆は揃って名乗った。この距離ではあまり聞こえないが、別に皆の名前はもう知っているので問題は無い。
各教員は、机の上のコンピューターに何かを打ち込んだ。
恐らく皆の名前を打ち込んでおり、そこに今回のテストの点数を記録するのだろう。
まず動いたのは、一番右端に立っている女子生徒。両の手を天井に向けて、その掌から大量の水を噴射した。その水は天井に跳ね返り、雨のようになって戻ってきた。
教員は、どこからか取り出したビニール傘をバッチリさしながら頷いている。本当にどこから取り出したんだ。
あの女子生徒の能力は、どうやら水属性のものらしい。
そんな彼女のその後ろ姿に、勇助は微かに見覚えがあった。
確か学力試験の時に、一番最初に呼ばれた女子生徒だ。名前が確か、相崎――相崎――。
――全然思い出せない! 何か難しい名前だった気がするけど……あ〜めちゃくちゃ気になる……!
勇助がもどかしい気分になっている間に、その二つ左隣に立っているつばきはもう「ショー」を始めていた。
宣言通り、得意とする火属性魔法と水属性魔法を駆使して一つの舞台を創り上げていた。
火の輪をくぐる水流、火を飲み込む水の渦、飛び交う火の粉と水飛沫。
一度に大量の魔力操作をするのはかなり神経を使うものだと習ったが、果たしてつばきは大丈夫なのだろうか。
とにかくショーは、高得点間違い無しの美しさだ。
次に勇助の目を奪ったのは、正義による「分身限界チャレンジ」だった。
正義がいるバリアの中が、すっかり大量の正義によって埋め尽くされている。こんな光景は、生きていても早々お目にかかれない。
正義一人一人が何かを喋っているため、控えめに言ってもかなりうるさい。
バリアの中にいる教員の気が狂ったりしないか、勇助は心配になった。
その時突然響いた笛の音色(お世辞にもあまり美しいとは言えない)に、勇助は素早く吹輝を連想し、吹輝が立っている筈の場所を見た。まったくもって、反射神経が鍛えられる連想ゲームである。
やはり吹輝は、勇助の予想通りの場所で、予想通りの行動をしていた。
どこからか取り出した縦笛を、妙にニヤつきながら吹いている。先程の傘といい、昨今はどこからか物を取り出すのが流行っているのだろうか。
吹輝の視線を辿ると、そこには微動だにしない健太がいた。
比喩でも何でも無く、文字通り微動もしないのである。
筆を握って床に座り込んだままの体制で、銅像か何かのように、身じろぎ一つせず鎮座している。
勇助はお試し版銅像となった親友を見て、思わず吹き出した。何故吹き出したかの具体的な説明は、勇助本人でも出来ない。
ものの数秒で、吹輝に息の限界が訪れた。吹輝も死にたくは無いので、即座に笛を口から離した。
それと同時に、健太は再び動き始めた。健太を包んでいた氷が溶けたかのようである。
「マジでやったのかよ!」
「ごめん!」
「許す」
健太は少々キレ気味だ。しかし吹輝が素直に詫びを入れると、健太はすぐに機嫌を直した。本気で怒っていなかったから、というのもあるだろう。
勇助が、声を張って健太に尋ねる。
「健太ーっ、止められてた間って、意識あった?」
「めちゃくちゃあった。勇助が吹き出したのもちゃんと見えてたからな」
「マジか」
勇助が小声で呟く。これは、何故吹き出したかの具体的な説明をする必要が出てきたかもしれない。
「あーほら健太、まだテスト中だし」
「俺ももうすぐ終わるから! あとは目を入れたら完成」
そういえば、健太は「適当に犬を描く」などと言っていた気がする。
果たして生み出されるのは、犬か、はたまた兵器か――。
健太は床に、筆でくるりと円を描いた。勇助の目がおかしくなければ、使われた色は黒色。
「できた!」
――どうだ……!?
運命の分かれ目である。健太と同じバリアに入っている教員、そして健太の運命やいかに?
健太の完成宣言を受けて、床に描かれた絵が浮き上がり、そして膨らんだ。
勇助は半分祈る気持ちでそれを見ている。
床から出てきたのは、可愛らしい犬――ではなく。
「ね……こ」
勇助が呟く。
床から飛び出してきたのは、少しばかり歪な形をしている猫だった。
猫だとハッキリ言い切れるかはともかくとして、少なくとも犬では無い。
失敗の一番の要因は恐らく、耳を立てすぎたことだろう。
鳴き声も完全に猫のそれである。あの猫も、まさか自分が犬として描かれたとは夢にも思わないだろう。
とにかく可愛いことは確かな上に、能力自体は強力なものなので、先生にも細かいところは大目に見ていただきたい。
「いやいや、俺は確実に犬を――」
「ニャーオ」
「ワンだろ、ワン!!」
健太の願い虚しく、猫は猫として相応しい鳴き声で鳴き続ける。
今一番鳴きたい――もとい泣きたいのは健太である。
「健太殿、流石でござる! 可愛らしい猫でござるな!」
現在およそ五十人程にまで増えている正義達が、一斉に同じことを言った。
幾重にも重なる「健太殿、流石でござる! 可愛らしい猫でござるな!」に、勇助は思わず耳を塞ぎたくなった。何なんだこのカオスすぎる状況。




