第26話 反射神経
「俺の能力、金縛りみたいなヤツなんだけど、全然息が続かなくてさあ」
「…………??」
この吹輝という男は、話の順序というものをまるで理解していないらしい。
簡潔に言うならば、彼は何かの説明をするのに全く向いていないタイプである。
「ちょっと待って、繋がりが見えない……吹輝の能力が金縛り的なヤツってことは分かったけど、息が続かないってどういう……?」
「あ、ごめんごめん! 俺ちょっと説明下手なんだよな」
これは果たして「ちょっと」の一言で言い表せることができるのだろうか。
「えーっと、俺ん家は代々、笛を吹いてる間指定した物の動きを止める……みたいな能力が受け継がれてるんだよな」
「能力」の遺伝は至極よくあることである。というか、能力の系統はほぼ百パーセント血筋によって決められると言っても過言では無い。
「笛?」
「そ、笛。って言っても、家に伝わってる作り方で作られた笛限定なんだけど。大昔、能力を使う時には媒介となる道具か何かが必要だった……って時の名残」
「そう言えば、そんな感じのこと習ったな」
小学校六年間の学びを部分的に思い出しながら、勇助が呟く。
「それで、止める物は生物とかじゃなくても何でもいいから結構便利なんだけど、俺あんま息続かないから数秒しか使えなくてさ」
「ああ、それで」
「あって無いようなもん」という台詞はこういう意味だったらしい。
しかし、数秒でも充分便利な気がする。
「確かに、その能力ならこのテスト楽勝かも……ボールの動きを止めれば良いわけだし」
「だよな。でもペナルティエグいらしいし、使うわけにはいかないよなあ」
「確かに」
体力試験は、その名の通り己の体力のみで挑む試験。
能力の使用が禁止されるのも致し方ない。
「おっ、最後の一人がボールに当たったぁ!」
吹輝が突然実況口調になる。
その言葉通り、目の前でテストを行なっていたグループは全員脱落してしまっていた。
つまり、もう勇助達の番であるということだ。
それを見た女性教師が、片手を挙げながら皆に大声で指示をした。
「それじゃあ各自、ボールマシンの前に並んでー」
言われるがままに、近くの空いているボールマシンの前に立つ。
吹輝と隣同士になれたのでひとまず良かった。因みにボールマシンの台数は、人数よりも少し多めだった。
「まだ心の準備とか出来てないんだけど……」
「こういうのって、大体思ったよりイケるもんだから大丈夫!」
吹輝に、実に簡単に励まされる勇助。自信を失うのも早ければ立ち直りも早い。
「はい、それじゃあ……スタート!」
女性教師の合図によって唐突に始まりを告げた、体力試験最後の競技。
勇助の「心の準備」を強制的にさせたのは、開始一発目に放たれた勢いある送球だった。
「うわっ!!」
この試験では、反射神経の真価が問われる。その事実に一切偽りは無かった。
意識しない内に自然と避けきれていた、野球ボールほどの大きさを持つ球体は、自然と速度を落としていき地面に落下した。
そのボールに意識を取られてつい後ろを向いていた勇助を、次なるボールが襲う。
――危なっ!!
まさしく紙一重、体を思い切りスライドさせることによって何とかボール回避に成功した。
「集中」という二文字をひたすら脳内に叩き込んで、勇助が次なる攻撃に備える。
次に放たれたボールは、ボールマシンの発射口に空いている穴の内の一番上から発射された。
咄嗟に屈み、ボールの軌道を避ける。
安堵する隙も無く、今度は右側の穴から下目掛けてボールが放たれた。慌てて前方にスライディング。
立ち上がると、すぐに左側からボールが繰り出された。右側にずれてかわす。
少しずつ動きが良くなってきている、体が慣れてきている。
まだ五球目だが、これらを全て避けられたという事実は、勇助のやる気を引き出すのには充分だった。
そして十球目、時間にして一分を越えたあたり。
ボールが放たれるまでの間隔が、最初と比べて格段に短くなっていた。ボールの速度もどんどんと速くなってきている。
隣の吹輝も、「何かこれ早くなってね?」と口にしている。
たった今小耳に挟んだ情報によれば、既に数名脱落者が出ているらしい。
――せめて……せめて三分ぐらいは……!
勇助の切実な願いは、果たして叶えられるのか。
これに関しては、三分後の自分に全てを託してただひたすらに頑張るしかない。
そして二分後、遂に間隔と呼べる時間が無くなった。
続々と、間髪入れずにボールがこちらに打ち込まれてくる。
ヤバいなどと悲鳴を上げる余裕すらない。脱落者の断末魔じみた叫び声や悲鳴や呻き声も、続々と聞こえてくるようになってきた。
勇助が必死に、ボールマシンのタイマーに一瞬だけ視線を向ける。
開始から二分四十三秒、ひとまずの目標である三分まであともう少し。いちいち計算しているような心の余裕は一切無い。
勇助は、頭の中で三分へのカウントダウンをしながら、三分になってもまだまだ先を目指さなきゃいけないんだぞ、という自分への戒めも同時に行なっていた。
脳内で流れる応援BGM。曲名は知らない。
――五、四、三、二、一……!
「ゼロ!!」
勇助のカウントダウンが終了を告げると同時に、記録は三分へと突入。
――やった……!
しかしそれらと同時に、打ち出されるボールの数が一気に二つへと増えた。
勇助の口から、純度百パーセントの「えっ??」が勢いよく飛び出す。
「え、いやちょま……」
だが勿論、ボールは意思を持たない。
勇助の頼み通りにちょっと待ってくれることなど無く、二つのボールは全く同じ速度で、実に正確に勇助の顔面と腹部に直撃した。
「うがっ」
見事にぶっ飛ばされながら勇助は、持久走が終わると同時にどこかへ去っていった筈の死の予感が、再び顔を見せるのを感じていた。本当にどっか行っててくれ。
というよりも、同時に顔面と腹部にボールが直撃するなんて確率的にどうなんだ。
今は痛み云々よりも、その確率の悪戯に物申したい気分だった。
ボールマシンちゃんと止まってるや……凄いなあ……なんて呑気なことを考えながら、勇助はドサッと地面にスライディングを決めた。
「あれ絶対ヤバいだろ」という顔をした吹輝が、こちらに駆け寄ってくる。
「勇助!!」
「ねえ僕生きてる?」
「生きてるよ、俺の見る限りでは!」
それは何よりである。
勇助は痛みを堪えながら体を起き上がらせると、まず鼻の下辺りを擦って、鼻血が出ているか否かの確認をした。指に赤い液体が付着することは無かった。
驚くべき速度で気持ちが落ち着いていく。たった今まで気の回らなかったことに、気が回るようになる。
「――あれ、吹輝テストは!?」
「適当にボール喰らって終わらせといた! タニユウの方が心配だしな」
勇助が生きていたことにより吹輝の気持ちもあらかた落ち着いたのか、呼び方が元に戻っていた。
――いやそんなことよりも、勇助は吹輝の言葉に思わず我が耳を疑った。
「え、嘘!? 本っ当にごめん、僕のせいだよね!」
「全然ダイジョブ。あのままやってても、どうせすぐに喰らってたし。タニユウのせいとかじゃなくて、俺が俺の判断で勝手にやったことだから。お前が責任感じる必要は無い」
「いや、でも……僕が喰らったから吹輝に余計な心配を――」
「だーかーらー、気にすんなって言ってんだから気にすんな!」
――いや言われてないし……。
勇助はそのツッコミを口に出さなかった。今自分は、そんなツッコミが出来るほどの立場じゃない。
「まだやってる奴らと終わった奴ら、半々って感じか」
体育館の中を見渡しながら、吹輝が言う。
本当に、想定よりも早く脱落してしまったことを全く気にしていないようだ。それはそれでかなり申し訳無い気持ちになってしまう。
この借りは必ず返さなくては――勿論、良い意味の方で。




