第25話 たまたま
しかし、吹輝をその一言で誤魔化すことはできなかった。
吹輝は、勇助が逸らした視線を無理矢理合わせてから、早速否定を始めた。
「いやいや、だって……俺顔見てたし」
「……何で聞いたの?」
「他人の空似ってこともあるじゃん?」
「じゃあ、それだよ。他人の空似」
「『じゃあ』って……もう、嘘ついてますって認めてるようなもんだろ」
吹輝が俄かに苦笑いする。
勇助は自分の失言にすぐに気付くと、「あっ」とだけ言って押し黙った。
目の前の少年が、一気に真剣な表情になったことに気付いたからだ。
「何で嘘つくんだ? 誇れることじゃん、堂々と」
「いや、あんなの全然誇れないから……たまたま僕だっただけだよ」
「そんなの、大体の功績に言えるもんだろ。世界で初めて魔法を開発したのはクリスチーヌ何ちゃらだけど――」
「クリスチーヌ・ブランシャール」
「そうそれ」
反射的に正しい答えを口に出していた勇助を、吹輝がビシッと指さす。
「クリスチーヌ・ブランシャール」は学力試験の解答にもなっていた筈だが、吹輝は答えられたのだろうか。
そんな不安が勇助の頭をよぎる。
「――もしかしたら違ったかもしれない。それらしき物に近付いてた奴は結構いたっぽいから、世界初の魔法開発者がクリスチーヌ何とかじゃ無かった可能性は、いくらでもあったってことだろ。
たまたまだったんだよ、そのクリスチーヌ何とかが魔法を開発したのなんて。ただ他の奴らより、成果を残すのがちょっと上手かっただけだ」
――そう……なのかな?
「クリスチーヌ何とか」や「奴」呼ばわりへのツッコミも忘れて、勇助が考え込む。
しかしすぐに、「友達を励ますのにきちんとした理論なんて必要ない」という己の持論を思い出した。
会ってからまだ数分程度。
にも関わらず、吹輝は自分を励ましてくれている。
「ツッコまねえの? 『クリスチーヌ何とか』に」
「ああ、そう言えば確かに!」
勇助と吹輝はきょとんとした顔を突き合わせると、どちらからともなく笑い始めた。
吹輝の「たまたま」という言葉を反芻しながら、勇助は確信した。
吹輝は絶対にメチャクチャ良い奴だ、と。
◇◇◇
「二つ目の試験は、ボールマシン使うとか言ってたけど」
「この学園、ホント色々意味分からないよな〜」
「ホントホント」
勇学は凄い。色々と凄い、紛れなく凄い。
しかし、色々と、紛れなく、意味が分からない。
大体のことは「そういう能力」の一言で済むこの世界に於いて、「意味が分からない」という疑問を抱くのはそれなりに珍しいことでもある。
――全員の持久走が終わり、勇助ら「五」グループは、トラックの前で形を崩して集まりながら次なる指示を待っていた。
「タニユウって運動得意な方?」
「正真正銘平均。……ていうか、『タニユウ』って何?」
吹輝の問いにお馴染みの答えを返すついでに、勇助はずっと気になっていたことをついに尋ねた。
「あー、それ? 俺さ、人のこと『苗字二文字+名前二文字』で呼ぶんだよね」
「…………??」
この説明一発でピンと来る者がいるのならば、是非お目にかかりたい。
勇助がそう思ってしまうほどに、吹輝の今の一言によって得られる情報は少なかった。
「何を言っているのか分からない」とバッチリ顔に書いている勇助の様子を見かねて、吹輝は詳しい説明を始めた。
「えっと、例えば勇助だったら。苗字の『タニダ』の最初の二文字は『タニ』だろ? それで、名前の『ユウスケ』の最初の二文字は『ユウ』。くっつけて『タニユウ』」
「……何で?」
「何か癖になってたんだよな、いつの間にか。好きな漫画に出てくるキャラのあだ名を真似してたら、いつの間にか」
「あ〜成程……」
勇助がやっと納得した様子を見せる。
好きなキャラクターに影響を受けることは、別段珍しいことではない。
誰からも何の影響も受けずに生きるなんて到底無理な話なので、吹輝のような事例はこの世に数え切れないほどあるのだろう。
――いちいち頭使う呼び方だな……。
呼ぶ方も呼ばれる方も、それなりに頭を使わなくてはならない。
本当に頭が回らない緊急事態の時なんかは、流石に普通の呼び方をするのだろうか。
勇助がその疑問を口にしようとした瞬間、女性教師が鋭く響く声を放った。
「全員の記録が取れたので、続いて二つ目の試験に入ります」
二つ目の試験――ボールマシンを使用した、単純明快なボール避け。
文字通り秒で終わる予感しかしない。何発のボールを避けられるだろうか。
「平均」にすら達することが出来ないかもしれない。いつも平均を嫌がってはいるが、今回ばかりは、平均でもいいからそこそこの記録を手にしたい。
「それじゃあ、第一体育館に移動します」
二つ目の試験は、屋内で行うらしい。
勇助は、てっきりボールマシンをこちらに持ってくる……とばかり思っていたので、少し意外だった。
新入生達による八十人ほどの人だかりが、こちらに背を向けて歩き出した女性教師を追って動き始める。
「体育館でやるのか……超混雑しそう」
「体育館は、第一・第二とも四階建てらしいから、結構人数バラけるんじゃない? 広いらしいし」
「へえ、詳しいな」
「勇学の知識だけは、人より持っていたいなあと言う……」
「成程」
吹輝が納得する。
五グループが持久走を行なったトラックから第一体育館までは近かったため、すぐに体育館に入ることができた。
緩やかなスロープを通り、人の波に乗って入口をくぐる。
その向こうに待っていたのは、小学校の時のものとほぼ変わりのない「体育館」だった。
しかし、その広さは小学校とは比べ物にならない。
今回ばかりは、天井の高さは普通だった。
既に二つ目の試験を始めているグループもあった。さりげなくそちらを見てみると、やはり試験の内容は限りなく分かりやすいものだった。
一人につき一台置かれる、真っ黒なボールマシン。
そこから何の規則性も無く打ち出されるボールを、反射神経の赴くままにただひたすら避けるのみ。
ボールマシンにはタイマーも取り付けられており、一つでもボールに当たった瞬間、そのタイマーが止まる……といった仕組みのようだ。
「一度に結構の人数やるんだな。ま、そうでもしなきゃ終わらないもんな」
吹輝が、一人で言って一人で納得する。勇助が口を挟む隙も無かった。
体育館の隅の方に移動してから、女性教師が手を口の横に添えて指示を飛ばした。
「今のグループが終わったら、あなた達の番なので。一気に全員やれるから、終わった人から私に名前と記録を伝えに来てください。さっきみたいに」
一斉に響く、「はい」と言う一言の返事。
勇助も同じように返事をしてから、現在試験実施中の新入生達の方に視線を投げた。
見ているに、常に一定の数・スピードでは無いらしい。
時間が経つにつれて発射されるボールの数は増えていき、その速度と間隔もどんどんと厳しいものになっていっている。
ボールが命中して、痛そうに呻きながら倒れる生徒もかなり見受けられる。これは敢えて早めに脱落した方が、身の安全の保証はされるのかも知れない。
「能力使用禁止っていうのが結構痛いよな。俺の能力だったら、こんなテスト楽勝なのに」
ボールマシンによる怒涛の攻撃をかわし続けている猛者達を見守りながら、吹輝が少し悔しそうに言う。
「能力」が話題に出てきた事に、勇助は体を強張らせた。
「そうだ、タニユウは――」
「僕、能力無いんだよね」
自分で先に言ってしまえ、の意気で、勇助は話を振られ終わるより先に自己申告を終えた。
下手に気を遣わせてしまわないように、可能な限りの軽いトーンで。
それが効いたのか、吹輝の元からの気遣い精神によるものなのか、ともかく彼は明るい声色を崩すことは無かった。
「あっ、そうなんだ。まあ俺もさ、能力なんてあって無いようなもんだから」
「…………??」
吹輝に会ってから本日二度目、勇助がまたも「何を言っているのか分からない」顔になる。




