第20話 適当に行きましょう
部屋中に、幾重にも重なった解答用紙をめくる音が響き渡る。
生徒達が真っ先に、シャープペンシルや鉛筆の先を向けるのは記名欄。勇助も、その例に漏れることは無かった。
――会場番号も書くのか……同名の人とかもいるからかな?
勇助がそんなことを考える。
同名の者同士は部屋を分けることにより、混同が起きないようにしているのだろう。
綺麗とも汚いとも言い難い、例のごとくフツーの字で名前と番号を書き終えると、勇助は素早く問題冊子のページをめくった。
最初の問題は、算数科の計算問題数問だった。
最初の三、四問は訳なく答えを出し、終盤の問題には少し頭を悩ませつつ、計算問題終了。
続いては文章題である。
――えーっと、「スライムAとスライムBが同じ場所から出発し、池の周りをスライムAは分速三メートル、スライムBは分速五メートルで進み……」スライムおっせえな!
問題文にツッコミを入れても仕方がない。
それにスライムの移動速度が遅いのは事実である、分速三メートルほどではないけれど。
これがただの問題文でしかないということを忘れ、スライムの遅さにイライラしながらも、勇助は何とか答えを導き出した。
続いて控えていた図形問題二問は、明らかなる発展問題だったので飛ばした。試験に於いて時間配分とは、限りなく重要なものである。
この発展問題をあっさり解いちゃうような人がEに入るんだろうなあ……なんて思いながら、勇助は冊子のページをめくった。
算数科の次に控えるは、勇者科。
勇者の歴史を問う問題がずらずらっと並んでいる。
『一番最初の勇者パーティーに入っていた役職を四つ全て答えよ』
――戦士、魔法使い、騎士、僧侶。
『現在、最も就いている人数の多い役職を答えよ』
――戦士。
『一番最初の勇者パーティーに入っていた魔法使いの名は何か』
――クリスチーヌ・ブランシャール。
基本中の基本と言える問題が数問続いたのちに、少々頭を捻るような問題が出題された。
少し悩んだ末に、解答用紙に出した答えを記入をする。
勇者科の問題を解き終わってから、勇助は問題冊子をパラパラッとめくってみた。
魔法科の、回復薬の調合に必要な材料や入れる順番、使用器具の名前の問題に、国語科の書き抜き問題、社会科の地形問題……。
――うわあ……!
目眩がしそうになるのを何とか我慢して、勇助は再び問題冊子と向かい合った。
◇◇◇
三回目の見直しを終え、勇助はぼんやりと時計を見上げた。
学力試験の終了まで、あと二十秒ちょっとだ。
やはり全体的に見て、問題のレベルは高かった。流石勇者育成学園である。
そして例の発展問題はと言うと、適当に埋めたり埋められなかったり……。
「――そこまで」
麻結のその一声で、新入生達はほぼ同時にペンを置いた。
勇助も、同時に色々な思いの込もったため息を吐いた。
「じゃあ名前順に名前呼んでくから、ここに適当に解答用紙提出して退出してって。問題冊子は持って帰っていいから。あとジャージも受け取ってー」
――ジャージ?
何の前触れもなく会話に出てきたその単語に小首を傾げたのは、勇助だけではない筈だ。
数秒経って、生徒達の戸惑いに気付いた麻結が後付けで説明する。
「体力と能力の試験は、ジャージ……体育着に着替えて行うから。サイズとかは入学前に測ったでしょ?」
そういえば、確かにそんなこともあった。
「更衣室は、男女共に本校舎二階。入ってすぐの階段を上がったすぐ横にあるから。二時二十分には、本校舎の右側にあるグラウンドに集合」
今は一時五十分。
三十分の時間があるということになるが、何だかんだ色々あって時間が食われそうでもある。
「ハーイ、それじゃあまず相崎心愛さーん」
相変わらず気怠げな声で、麻結が新入生の名を呼び始める。
同じ列に座っていた、熊の耳のような髪型をしている女子生徒が立ち上がるのを横目で見ながら、勇助はぼんやりと考えた。
――谷田勇助だから「た」……。あとどれぐらいだろ?
ここにいる新入生達の苗字事情を、当然ながら勇助は知らない。
前半に固まっているのかもしれないし、後半に集中しているのかもしれない。本当に分からない。
――皆、ちゃんと問題解けたかな……。
本来ならば自分の心配を先決すべきなのだが、皆のテストの出来を心配せずにはいられなかった。
健太が「分かんねえ!!」と叫んで周りの生徒に迷惑をかけていないか、筆記用具を忘れてはいないか、テスト中に寝てたりはしていないか。
健太の心配ばかりだがそれも当然である。
つばきや正義のどこを心配すべきか、具体的なところがまだ分からない。
強いていうならば、つばきが変な男子生徒に言い寄られてないかとか、正義が「忍者スゲー!」などといった注目を浴びてはいないか、とか……。
「谷田勇助くーん」
「はいっ!?」
ツッコミによって鍛えられた反射神経だけは良い。
勇助はぎこちない動作で席から立つと解答用紙を掴み、荷物をまとめて駆け足で段差を下りて、教壇へと向かった。
勇助から解答用紙を受け取りながら、麻結が問う。
「キミさー……今年度から始まった、アレ……『普通の人間代表』みたいなヤツだよね?」
「はえっ!? あ、はい!!」
「はえっ」なんて、普通は口から飛び出てこない。
その間の抜けた返事をかき消すように、勇助は慌てて返答した。
――え、これって……「お前調子乗んなよ」的な!?
冷や汗が際限を知らずダラダラ出てくる。
麻結の声には殆ど起伏が見られないので、感情が読み取れないのだ。
そんな勇助の様子を気にも留めることなく、麻結は足元に置いてある数個の段ボールのうちの一つから、大きい巾着袋のようなものを取り出して勇助に手渡した。この中に、例の体育着が入れられているのだろう。
「学園長も面白いこと考えるよねー。ま、能力者達に埋もれちゃわないように適当に頑張って。期待してるから」
――うわー! 全っ然違ったいい意味で!!
予想に反して、麻結の言い放った言葉に悪意等は微塵も感じなかった。
巧妙な皮肉が仕掛けられていない限り、言葉を額面通り受け取って良い筈である。
「――はい!」
冷や汗が引っ込むのと同時に、勇助が大きく頷く。
ここで変に情けない姿を見せては、寄せられた期待(社交辞令だろうが何だろうが)を裏切ることになってしまう。
それに、「はえっ」のイメージを返上しなくては。
麻結はニコッと口角を上げると、手を緩く上げて勇助を送り出してくれた。
微かにこちらに集まっている注目も、今なら怖くない。
「ハイ、田村陵大くーん」
相変わらず単調に響く麻結の声を背中にして、勇助は「五」の教室を早足で後にした。
◇◇◇
「マジでヤベー!!」
今日で世界は終わります、と告げられた時並みの絶叫をしながら、健太が空を仰ぐ。
その横にはお馴染みの三人組も揃っていた。
しかし今はあまり時間に余裕があるとは言えないため、いつもより足を動かす速度が少し上がっている。
健太の何が「マジでヤベー」のか。
エントランスで合流してから速攻で試験会場を後にし、そして本校舎に向かっている現在に至るまで、その疑問を口にした者はいない。
わざわざ問うまでもなく、自力で結論を導き出すことができるからだ。
「学力試験、そんなにヤバかった?」
「ヤバいとかいうレベルじゃない」
僅かな笑みを携えながら尋ねる勇助に、健太は真顔で答えを返した。
本人が「これはヤバい」と自覚できているだけマシだろう。何に於いても、自覚が無いのが一番厄介である。
「まあまあ、拙者のヤバさもかなりヤバいでござるよ!」
「それ、励ましてくれてる?」
――それよりツッコむとこあるだろ……『ヤバさがヤバい』って、語彙力レベル小二かよ……。
正義と健太の会話に、勇助が密かにツッコミを入れる。
さっきから「ヤバい」という言葉が異常に飛び交っているこの状況を何とか変えようと、勇助がつばきの方を向いた。
「そういえばつばきさん、入学式で使ってたのは水魔法ばっかりだったけど……。もしかして、水属性の魔法使い?」
学力試験前に抱いた疑問を、ようやくぶつける。
つばきは、「あ〜」と何とも言えない声を出してから微笑んだ。




