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第19話 クラス決定試験、開始

 ――あー恐ろしい……! 自分から積極的にコミュニティ広げないと、マジで手遅れになるってコレ!!


 勇助が、心の中だけではなく実際に呻きそうになる。

 気持ちを少しでも紛らわせようと、勇助は通路側の壁にかかっている壁掛け時計を見上げた。


 時刻は、午後十二時四十八分。

 強介に「『学力』の試験を始める」と告げられた「一時間後」まで、あと十二分。


 ――そうだ……人間関係のことは後回しにして、今は復習だ……どうしよ……。


 不安を拭い切ることができないまま、勇助は肩がけ鞄を机の上に置いた。

 勇助が鞄の中から取り出したプリントに印刷されているのは、去年の新入生に出された「学力」の試験問題――詰まるところは過去問である。


 新入生が受ける知力試験は、小学校六年間の全教科がランダムに出題される。

 プラスアルファでかなり難しめな発展問題も出されるようで、その問題が解けるかがN(ノーマル)E(エリート)の分け目……などと言われている。

 実際には総合点でクラスが決まるためそんなことは無いのだが、解けるに越したことは無い。


 数十回ほど目を通したプリントを、再び見直す。

 割合としては、勇者になるために必要な様々なことや勇者の歴史等を学ぶ「勇者科」や、魔法使いでなくとも使える簡単な呪いや薬の調合を行う「魔法科」の出題が多かった。

 因みに勇助は、魔法科が大の苦手である。

 炎だったり雷だったりを出す派手な魔法はやらないので何となく地味な上に、何を何度やっても上手く出来ない。

 努力はしているつもりなのだが、土台となる才能の方が少しばかり足りないのだろう。


 ――つばきさんはいいなあ……魔法使いの家系だもんなあ……。やっぱり、才能(それ)プラスで努力もしてるのかな……。


 そういえば、つばきが先程の入学式で使っていた魔法は全て水属性だったが、彼女は水属性の魔法使いなのだろうか。

 一つの属性に特化した魔法使いは珍しいことではないが、つばきはまさしくそれ……ということだろうか。

 と言ってもつばきが魔法を使うところは二回しか見ていないので、水属性(それ)と判断するにはいまいち決め手に欠ける。


 ――後で聞いてみよ。


 それが一番確実で手っ取り早い。

 勇助は視線をプリントへと戻した。


 勇助の得意科目は勇者科。

 いくら才能の面で神からの恩恵を受けられなかった凡人だろうと、勇者に憧れるのもそれを学ぶのも自由である。

 それ以外の教科(魔法科除く)は、至って平均そのもの。褒められるものでもなければ貶されるようなものでもない、見事なまでの平均値である。


「全員揃ったー?」


 突然部屋の中に響き渡った、やる気という概念が感じられない声。

 勇助は分かりやすく肩を震わせ、視線をプリントから部屋の前方へと移した。

 波が伝わっていくかの如く、新入生達の視線が続々と今の声の主に集まっていく。


 部屋の前方に置かれている教壇に立っていたのは、「マジかったりー」オーラを全身から隠そうともせずに漂わせている女性だった。

 状況からして恐らく教師。この態度が、教師が生徒に見せるものとして相応しいかどうかは、この際置いておこう。


 彼女の持つ色素の薄いベージュ色の瞳は、この距離からでも分かるほどに気怠げな雰囲気を帯びていた。

 サーモンピンク色のボサボサの髪を後ろで一つにまとめており、口には真っ赤な棒付きキャンディを咥えている。アウトな気がする。

 服装もどことなく無造作なもので、上のボタンが一つ空いている紫色のシャツに、これまた紫色のジャージを、上は前が開いた状態で合わせていた。首元には赤い魔法石(恐らく)のネックレスをつけている。


 この女性教師が、こんな格好で入学式に出るほど怠慢しきっていないという仮定のもとで考えると、先程の昼休憩で着替えたというのが無難な結論だろう。


「ハーイ、美術科教師の錬金術師、巳造(みつくり)麻結(まゆ)でーす。あ、1-N2の担任もやることになったんで、まぁ適当によろしく〜」


 棒付きキャンディを口から取り出してから、本当に適当な様子で、麻結が自己紹介を手短に終える。

 一刻も早くこの場から帰りたい、という思いが分かりやすく滲み出ていた。


 ――この人ホントに大丈夫?


 勇助が思わず不安を抱く。いや、麻結の姿に自然と不安を抱いてしまったのは勇助だけでは無かっただろう。

 麻結はそんな生徒達の様子を気にも留めず――もしくは想定内だったのか、思い出したように口を開いた。


「あっそれと、入学式のアレあったじゃん、怪獣。アレ私が創ったから」

「ええっ!?」


 棒付きキャンディを弄びながら何のこともなさげにさらっと話す麻結のその様子と、「あの怪獣はこのやる気なさそうなヒトが創った」という事実が相まって、生徒達は一瞬にしてどよめきの渦に呑み込まれた。

 一体どういう能力(チカラ)だろうか。


 麻結が、パンパンと手を鳴らしてそのどよめきをあっさり止める。


「はいはい、無駄な時間取らない。試験かったるいのは私達も同じ。それじゃあ簡単にルール説明してくから」


 再びキャンディを口に咥えると、麻結は教壇の上に築かれているプリントの山から一枚のプリントを取り上げた。


「知ってるだろうけど、学力の試験は単純なペーパーテスト。小学校六年間の内容おさらい、プラス発展問題。ま、発展問題は解けないのがフツーなんで」


 麻結は「フツー」というところをやけに強調して、勇助の方をチラッと見た――気がする。


 ――えっ……気のせい? 何これ? 「フツーの人間代表」って先生にも疎まれる感じ?


 勇助が、自分の頭の中でぐるぐると渦巻く疑問を整理しようとするのを、麻結の単調な声色による説明が阻止する。


「ローテーションを上手く回すために、時間厳守は大前提。試験時間は五十分。能力(チカラ)を使うのは禁止。この部屋ちょっとした仕組みがされてて、能力(チカラ)使ったらすぐに分かるから。そして、カンニング・他人妨害は論外」


 声色を一切変えずに放たれた麻結の次の一言に、生徒達は思わず震え上がった。


「クラス決定試験でタブーやらかしたら停学とか退学にもなるから、まぁ適当に気をつけて」


 ――適当に気をつけるって……何を!?


 心の中で絶叫しながら、勇助は思わず麻結――の後ろにある黒板を見つめた。

 ワクワクするようなありとあらゆる色のチョークが総動員で、「学力試験」という一ミリたりともワクワクしない単語を描き出している。

 何たる対照的な光景だろうか。


「ハーイ、それじゃあ筆記用具出して、鞄を椅子の下に置いてー。前から問題と解答用紙配ってくんで、表伏せたまま後ろに回して」


 プリントの山から数十枚ほどをまとめて取り上げると、麻結は早速一番右側の列に用紙を配り始めた。

 勇助が慌てながらペンケース(勇学側に言われた持ち物の一つだった)を取り出し、鞄を机の上から椅子の下へと移動させる。

 カンニングを疑われてはたまったものではないので、過去問プリントは鞄の奥底にしまい込んでおいた。


 ――皆大丈夫かな……特に健太……。


 つばきは心配ないとして、正義は未知数。

 彼の成績を知っているからこそ、一番心配だと思わざるを得ないのは健太だった。


 最後列に座る勇助のもとに、ようやく問題冊子及び解答用紙が回ってきた。

 解答用紙は伏せたまま、問題冊子も見れるのは表紙のみだ。


「試験開始が〜……十時か。あと一分ちょい?」


 麻結が壁掛け時計を凝視しながら言う。

 正確には、あと四十二秒である。


「少しでも怪しい動き見せたらアウトだと思いなよー。あと絶対、名前と会場番号書き忘れんな」


 そんな麻結の声も片方の耳からもう片方の耳へとすり抜けてしまうほどに、勇助はかなり極度の緊張状態にあった。

 一周回って落ち着いてきた気もする。これ本当に大丈夫な状態なのか。


 ――回復の薬草が育ちやすい環境は……何だっけ?


 ついさっきまで覚えていた筈のことが、頭からすっぽ抜けてしまっていた。

 もう保健室に行ったほうがいいのではないか、という気持ちが勇助の脳裏を掠める。

 小学四年生ぐらいからずっと愛用している赤色のシャープペンシルを握りしめると、少し気持ちが落ち着いてきた。


 泣こうが喚こうが暴れようが、試験があるという事実は変わらない。

 自信が無かろうがやるしかない。正々堂々真っ正面からぶつかって、駄目だったなら駄目、それでいいじゃないか。

 ――自分がしてきた努力を信じろ。


「ハイ、試験開始」


 時計がぴったり十時丁度を指し示し、それと同時に麻結が学力試験――ひいては「クラス決定試験」の開始を告げた。

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