第18話 自分なりに
「凄いなー、全部覚えてるんですか?」
「まあ。俺の能力『瞬間暗記』なんでどうってことないんですけど」
「なるほど〜……」
健太が納得したように頷く。
確かにこの青年の能力は、ここの受付に最も適していると言えよう。
「便利な能力ね!」
「テストとかも楽勝なんだろうな〜」
つばきと勇助が顔を見合わせる。
しかし青年は、予想に反して伏し目がちに答えた。
「そう良いことばかりじゃないです。嫌なことも絶対に忘れられないし――あっ、早く行ったほうがいいんじゃないんですか?」
しかし目を上げて、四人が目をまん丸にして思い切り眉を下げているのを見ると、慌てて話を変えた。
「そうですよね……ごめんなさい変なこと言っちゃって……」
「何も考えずに『便利な能力ね!』とか言っちゃって……本当に……」
「いや、本当に大丈夫なんで!!」
俯きながら口々に詫びる一同に、青年は思わず焦ったような声を張り上げていた。
◇◇◇
「『絶対に忘れない』能力の欠点は、『絶対に忘れることができない』ということなのでござるな……」
「一」の通路を進みながら、正義がボソリと呟く。
その隣を歩く勇助も、確かに何も忘れられないのは嫌だよなあ……と改めて考えた。
更にその勇助の隣を歩く健太も、「一見めちゃくちゃ便利に見えても、短所が長所を上回っちゃうこともあるよなあ、『能力』は」と誰にともなく溢している。自分のケースと重ね合わせてでもいるのだろうか。
さてここまでの会話で、何か違和感を感じたのではないか。
――そう、お察しの通り、つばきがいない。
何故かと言えばその答えは単純明快、つばきに割り振られた番号「七」の会場があるのは、「二」の通路の先だったから――である。
「一」の通路にある会場は、「一」から「五」のみ。
そもそも通る通路が違うのだから、途中まで一緒に……ということができないのだ。
つばきは別れ際――というより分かれ際に、「お互い頑張りましょうね!」と激励の言葉をかけてくれた。
――そんな話をしていると、正義がふと足を止めた。
彼の視線の先には、意識しなくとも自然と視界に入ってきてしまうような、開け放たれている扉があった。
扉の横の壁には、「2」と大きく書かれている看板もある。
誰がどう見ても、ここが「二」の会場であることは明らかだった。
「あっ、拙者の会場はここでござるな!」
正確には正義の所有物では無いのだが、勇助は敢えて何も言わなかった。
もうすっかり耳に慣れているザワザワ音が、扉の向こうから聞こえてくる。
勇助がチラッと扉から顔を覗かせて中を見ると、既に大勢の新入生達が席に着いており、各々会話をかわしていた。
来るまでの道のりで生徒達の姿があまり見えなかったのは、自分達が早く来過ぎたわけではなく、逆に遅いのは自分達だった――と言うわけだろうか。
集合時間までまだ数十分ほどある筈だが、この学園には時間に厳格な者しかいないのではないか。
いや、良いことであるのは間違いないのだが。
部屋の内装は、以前何かで見た大学の教室とよく似ている。段差によって、後ろに行くほど座席の位置が高くなっているところなんかもどことなくそれっぽい。
部屋中にある横長の机には、それぞれ五人ずつが席に座っていた。
「では、また後で会おうでござる!」
正義はそう言うと、勇助に既視感を覚えさせる隙も与えず部屋の中に駆け込んでいった。
自然と体が動き、健太と二人して手を振りながらそれを見送る。
部屋に入る生徒の邪魔にならないようにそそくさと通路に戻ると、健太が早速話を振った。
「皆早いんだなー……名門校だから? やっぱりエリート揃いってこと?」
「僕がいる時点で『エリート揃い』ではないけどね」
「そんなの俺もだよ」
自分を励ます目的で言ってくれたのかどうかは定かではないが、勇助は健太のその何気ない一言が嬉しかった。
「『学力』の次のテスト、何だっけ?」
「もう次の話?」
「俺は、常に前を見据えてる男なの」
「ああそうですか。『学力』の次は『体力』だよ」
「で、大トリが『能力』のテスト、と……」
返事をする代わりに、勇助はこくりと頷いた。
健太が矢継ぎ早に次の質問をぶつける。
「他の学年もテストやるとか何とか言ってたけど、別の日にやるの?」
「時間が重ならないように、上手いことローテーションでやるっぽい。一年は学力→体力→能力、二年は体力→能力→学力、っていう具合で」
「ふーん」
返事こそ気が抜けているが、本人はかなり納得した様子でうんうんと頷いている。
生徒数が多い故に、ローテーションが上手くいくかは正直言って不安だが、学園側も何の対策も用意していない筈は無いだろう。
一生徒である勇助がいくら案じていようが、それはただの杞憂にしかならないのだ、恐らく。
「あっ、ここだ! 『四』の部屋!」
ゴムボール並みに弾んだ声を上げて、健太が「四」の看板を指差す。
パッと見――いや、じっくり舐め回すように見ても、この部屋は先程覗いた「二」の部屋と大差はない。
流石に、会場の部屋一つ一つを全く違ったデザインにし、生徒達を楽しませるような余裕は無かったようだ。
看板を見上げながら、健太が至極落ち着き払った表情を浮かべる。
「あーヤバ……何か一周回って冷静になってきた……」
「その調子でいけ! 落ち着いて問題を読み、何を問われているか、どう答えるべきかを慎重に――」
「分かってるって! まあ俺なりに頑張るから、勇助も頑張れよ! 勇助なりに!!」
「つばきスマイル」に匹敵するほどの満面の笑みを浮かべながら、健太がバシッと勇助の背中を叩く。
本当に、健太は力加減というものを知らないから困る。しかも結構な頻度で背中をバシッとやってくるから尚更困る。雑魚モンスターならば、この一撃で倒せるのではないか。
「じゃ、また後で」
不安が心のなかに染み渡っていくのを健太の言葉が食い止めてくれるのを感じながら、勇助はここよりもう少し奥にある「五」の部屋に向かった。
◇◇◇
「どこに座るべきか……」
少し躊躇いがちに「五」の部屋に足を踏み入れた直後、勇助は座席の方を見上げながら呟いた。
しかしその声は、部屋中に満ちているザワつきによって一瞬でかき消された。
やはりこの部屋も、既に席に着いている新入生で溢れている。
まだザワザワしているのは有り難かった。
変に静まり返っていて、入室する際に下手な注目を浴びては困る。
「後ろ……空いてるかな?」
不安げにキョロキョロしながら、机と机の間にある段差を上っていく。
部屋の内装は、やはり健太や正義が入っていった部屋と同じだった。
勇助は深呼吸で気持ちを落ち着かせながら、注目を浴びないように努めて、一番高い位置にある列へと辿り着いた。
この列に座っているのは四人。しかも全員違う机にいる。
勇助は少し考えたのち、右から二番目の机に行くことにした。この机には誰もいない。
――皆よくこの状況で話せるな……いや、この状況だからこそ?
左端のパイプ椅子に座って息を吐いてから、勇助が改めて部屋の中を見回す。
この状況で友達と楽しげに談笑できるほどのメンタルの強さを、生憎勇助は持っていない。
というか、近くに親しげに話せるような友達がいない。
会場の番号が友人同士で揃うなんてそれなりの確率の筈だが、ここには強運の持ち主が揃っているのか、それとも初対面の生徒ともすぐに話せる強めのコミュニケーション能力の持ち主が揃っているのか。
――これ、マズいよなあ……健太達ばっかりと仲良くしてたら、こういう時に孤立しちゃうし……。
この状況で、誰とも話さずにいる生徒がいるのは至極当然のことなのだが、勇助はそういう新入生を見ると少し安心した。
友達百人とまでは言わないが、少なくともそれなりには人脈を広げなければならない。
それに加えて、健太達とクラスが同じになるとは限らないのだ。
入学早々、独り寂しい学園生活をスタートさせる羽目には絶対になりたくない。




