第17話 試験会場
「テストマジでやだあああ!!」
集合場所へ向かう道すがら、健太は思っていることを、そっくりそのまま絶叫という形で放出した。
当然ながら周りを歩く新入生の視線を一瞬にしてその身に集めることになるが、もう慣れたものなので、隣を歩く勇助も俯いたりせずに堂々と歩き続けた。
これに慣れてしまうのは、良いことなのか否か。それはよく分からない。
新入生達の顔を見ると、揃いも揃って皆気怠げな表情をぶら下げていた。あんなに密度の高い入学式から、僅か一時間でテストなのだ。しかも、体力・能力・学力を一気に試されると来たものだから、死人のような辛気臭い顔をしている者がいても仕方はない。
「まずは学力の試験から……拙者は諦めるでござる」
正義は醒めた目をしてどこかを見つめている。
一種の悟りを開いた境地の状態に達しているのだろう。
「正義も勉強苦手?」
「テストで六十点以上取ったことは無いでござる!」
「俺も〜!」
「そんな話題で盛り上がるなよ」
生涯絶対に盛り上がりたくない話に花を咲かせている二人に、勇助がすかさずツッコミを入れる。
そんな中、つばきがすっと前方を指さした。
「試験会場って、あれかしら?」
オレンジっぽいレンガで造られた、本校舎ほどでは無いにしてもかなり大きめな建物。
その前には、既に幾つかの生徒の塊が出来ていた。
食堂から向かったので着くのはかなり早かったと思うのだが、上には上がいるものである。
勇助は大きく頷いた。
「あの会場とグラウンドで、クラス決定試験が行われるっぽい!」
「まあ、学力さえ乗り越えれば……」
勇助の説明を聞いているのかいないのか、健太が自分に言い聞かせるように呟く。
「健太聞いてる?」
「聞いてるって。あの会場とグラウンドでクラス決定試験やるんでしょ」
「ちゃんと聞いてた……」
先入観による思い込みは良くないな、と勇助は改めて学んだ。
試験会場に近付くにつれ、健太と正義の足取りがどんどんと重くなる。その理由は言わずもがなである。
「自信無いなあ……」
「大丈夫よ! さっき、ちょっと復習もできたし!」
つばきがガッツポーズを取りながら健太を励ます。
先程昼食を摂った時、勇助が持ってきた過去問プリントでちょっとした復習をしたのだ。
――途端に、健太の顔がぱあっと晴れた。
「そうだよねー!」
「立ち直るの早」
つばきになら何を言われても喜べるんじゃないか。
勇助が本気でそう思う。
だが自分も、つばきに真っ直ぐ笑顔を向けられて励まされたら、顔の一つや二つ、雲一つない快晴になるだろう。
「勇助は自信あるの?」
「復習はまあまあやったけど、やっぱりどんだけやっても自信つかない」
どれだけやっても、百パーセントの自信をつけることができない。対処法があるのならば是非教えてもらいたいと、勇助は常日頃から思っている。
そんな会話をしているうちに、一行は試験会場の前に辿り着いていた。
「提案があるのでござるが、ここは一つ皆でトイレに立てこもると言うのは……」
「やらないから! 道連れにすんな!」
正義が真顔でぶっ飛んだ提案をする。勇助がその発言を逃す筈が無かった。
「あ〜マジで無理」「全然自信無い……」などの後ろ向きな発言が周囲の生徒達から聞こえてくる。
そんな発言をしている者の中には、完璧な対策をしていてちゃっかり好成績を残す者も一定数いる。
「絶対言わない」と言いながら秘密の話を言いふらす者、「マラソン一緒に走ろう」と言っておきながら一人爆走を決める者と性質は一緒である。
勇助も、何度もその被害に遭ってきた。
――いやそれよりも、世の中には信用してはいけない言葉というものが幾つかあることを身を持って学んできた、というべきか。
「ここも立派ね〜……それじゃあ入りましょうか!」
つばきは会場の扉の前に駆けると、こちらを肩越しに振り返ってきた。
もう逃げられないことを悟った健太と正義は、開き直って喚いた。
「っしゃやってやるぞ!!」
「首洗って待ってろでござる!!」
「誰に向けて!?」
このままこの二人を放っておけば、周りの生徒達に変な因縁をつけたり、破壊行為をしたりの迷惑行為を始め、前科がつきかねない。
勇助は、右手で健太の、左手で正義の背中を押すと、早々に試験会場の中へと退散した。
◇◇◇
扉をくぐった皆を待ち受けていたのは、他の勇学施設と比べると少し大きさの劣るエントランスだった。
散々規格外なサイズの建物を目にしてきたせいで少々感覚が狂ってきているが、ここも一般的に見れば充分の広さを誇っている。
壁には薄いベージュがかった壁紙が貼られ、床には茶色っぽいタイルが敷かれている。中央部の受付カウンターには、何か書き物をしている男性がいた。
早めに来たせいか、生徒はあまりいない。
そして、試験が行われる教室に通じているであろう四本の通路もここから見える。
通路の上部分には、一、二、三、といった具合に左から順に番号が振ってあった。
観葉植物が至るところに置いてあるが、何か意図があってのことなのだろうか。
もし、テストを目前に控えた生徒達の荒んだ心を癒やす目的があるのならば、もう少し別の手段というものがあると思う。
「あんま大きく感じない」
「拙者達が狂ってきているのでござるよ」
「言い方! ていうか正義、遠い目するのやめようよ」
正義の少々語弊のある発言に、勇助は素早く反応した。
この反射神経は、素直に人に誇れると思う。
「試験会場の番号って、合格通知に書いてあったあれよね?」
つばきが、肩から提げている鞄の中をゴソゴソやりながら言う。恐らく合格通知書を探しているのだろう。
勇助は一瞬何のことかと思ったが、近くに置いてあった看板を見てすぐに納得した。
大きめの看板には、「試験会場の番号を受付までお申し付けください」と書かれてあった。
「うん、多分それだと思う!」
勇助が頷く。
確かに、合格通知書の下の方に「学力試験会場の番号」と称して数字が記されていた。他にも、「学生寮の部屋番号」なんかも同じスペースにあった。
何百回も読み返したのだから、内容はすっかり暗記してある。勇助の「試験会場の番号」は、五だ。
「そんなのもあったなあ」と呟きつつ、健太が少々くしゃくしゃになっている合格通知書を鞄から取り出し、皺を伸ばしながら番号を探す。
つばきは鞄に入っていた小型のクリアファイルから、二つ折りにしてある合格通知書を取り出して広げた。
正義は、何故か合格通知書を懐からさも当然のように取り出した。
「いや待て待て待て、正義ずっとそこに通知書入れてたの?」
「何か問題でも?」
「問題とかそういう話じゃなくて、何というか……」
勇助が思わず頭を悩ませる。
勿論、正義が自分の懐に何を入れようが彼の勝手である。しかし、何かしらツッコまずにはいられない。
「俺は四だった!」
「私は七!」
「拙者は二でござった!」
見事に皆バラバラである。
分母が多いのだから当然と言えば当然なのだが。
「僕は五。……皆バラバラだね……」
勇助が僅かに肩を竦めたような動作をする。
他の三人も残念そうに眉を下げたが、すぐに「バラバラなのは学力の試験の間だけ」と思い直したのか、元に戻った。
「取り敢えず、受付の人に会場がどこにあるか聞きましょ」
つばきが受付カウンターの方に視線を向ける。
正義は「でござるな」と頷くと、先陣を切ってカウンターの前に駆け出した。
「少し尋ねたいのでござるが、『二』の会場はどこにあるでござるか?」
正義がそう尋ね終わったちょうどその時、勇助達も彼に追いついた。
受付の男性は、正義の喋り方に少しぎょっとしながらペンを置くと、答えた。
「『二』の会場は、『一』の通路に入って少し行った左側ですね」
近くでよく見ると、「男性」と呼ぶには少し若すぎる気がする。
勇助達と同じ十代を、もうじき終えようとしているといったところだろうか。アルバイトか何かなのかもしれない。
「かたじけないでござる!」
男性――もとい青年は、「どうも」といった感じで手を軽く上げた。
勇助が、自分でもよく正体の分からない慌てを見せながら尋ねる。
「えっと、僕は『五』なんですけど……」
「忍者君と同じ通路をかなり進んだ左側にあります」
一瞬たりとも言い淀むことなく、青年は残り二人の会場案内も手早く済ませてくれた。




