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第16話 動き始める

「スッゲー! 何これ!」


 健太が目を皿のように丸くする。

 他のメンバーも同じ様子を見せていたが、すぐにこの寄宿舎に来た目的を思い出した。


「食堂はどこでござるか?」

「階段を上がったら……多分寮部分に行っちゃうわよね」


 皆の目線が、自然と勇助の方に集まる。

 この中で一番勇学の施設に詳しいのは間違いなく勇助なのだから、助けを求めるのは至極当然な行為だ。

 勇助は、頭の中に一年生用寄宿舎の間取り図を思い浮かべた。


「確かねえ……出入り口の左の方に行って突き当たりに……」


 ブツブツ呟きながら、レンガ造りの壁に沿って左に進む。三人もエントランスを見渡しながら勇助の後に続いた。

 左に少し進んでいくと、横にかなり広く天井が低めな通路があった。

 天井の高い建物ばかり見て来たせいか、尚更低く思える。

 通路の向こうには、ガラス張りのドアが見える。


「あの向こうが食堂だ!」

「お〜っ」


 健太が何となく歓声を上げる。

 食堂からは何だかお洒落な雰囲気を感じる。


 ――こんなに大きな寄宿舎がもう二つあるのか……普通に凄いよなあ……高等部は調べてないから知らんけど、きっとめちゃくちゃデカいんだろうな……。


 勇助がぼんやりとそんなことを考えていると、健太が何の前触れもなしに、爆弾発言を一発喰らわした。


「よし、じゃあ食堂まで競走な!」

「いいでござるな!」

「負けないからね!」

「――えっ? いやちょっと待……」

「用意――ドン!!」

「いや待って!?」



   ◇◇◇



「もう何なんだよホント……!」


 三人より一足遅れて食堂の扉をくぐってから、勇助は苛立たしげに顔を上げた。

 すると、一気に勇助の気分は晴れた。


 エントランスとは打って変わった、真っ白な天井に真っ白な壁。清潔で明るい印象を受ける。

 エントランスよりも遥かに広く、壁は一面ガラス張りになっていた。

 白く長めなテーブルとおしゃれな白い椅子のセットは、かなり奥の方まで続いている。

 端の方を見てみると、ソファー席もあるようだ。

 中央部分に位置している、かなり大きめな四角形のオープンキッチンも見える。

 そしてやはり、毎度お馴染み天井が高い。


「すご……」


 食堂の内装は予め写真で見ていたものの、実際に見るとまた違う。

 勇学についてはバッチリ予習できていて何の問題も無い……とばかり思っていたが、写真で見るだけでは感じられないことはたくさんあるものだ。


「健太殿、速いでござるな!」

「正義こそ、めちゃくちゃ速くてびっくりした!」

「二人とも速いなぁ〜」

「つーちゃんも速かったじゃん!」


 ――三人共充分速いから!


 俊足トリオの会話を、勇助は早々に聞き流した。

 自分とは何の縁もゆかりもない次元の会話である。

 勇助の走る速さは決して遅くはない(早くもない)筈なのだが、この三人と一緒に走ると、自分がかなりの鈍足に思えてきてしまう。


 因みにゴールした順番は、正義→健太→つばき→勇助だった。

 俊足トリオのゴールは僅差。

 勇助はゴールテープを持つ役でもやりたかったのだが、強制的に「劣等感感じざるを得ない競走」に巻き込まれてしまった。


「食堂にいる新入生は少ないでござるな」


 正義が百八十度、話題をがらりと変える。

 だが確かに正義の言う通り、食堂に見える新入生は数十名ほど――多く見積もっても百名にはとても満たなかった。

 皆電車に乗って、センター街や周辺の街に昼食を食べに行ったのだろう。


「席が空いてていいじゃん!」


 健太はどこまでもプラス思考だ。

 とりあえず四人は、一番オープンキッチンに近い四人席に陣取った。

 机も椅子も新品のように綺麗だ。いや、もしかすると新年度を機に買い替えたのかもしれない。

 「綺麗でござるなあ」「綺麗だねぇ」なんて月並みな感想を漏らしながら、一行は早速席を離れてオープンキッチンに向かった。

 席には四人分の鞄を置いておいたため、席を取られる心配はまず無いだろう。

 オープンキッチンには、少しの行列が出来ていた。すぐにその最後尾に並ぶ。


「何食べる!?」


 健太のテンションは、高く跳ね上がってから一向に戻ってくる気配を見せない。

 正義は、目を瞑って考えながら答えた。


「そうでござるなあ、拙者はやはり……」

「食べ尽くしデスマッチはやるなよ」

「やらないでござるよ〜!」

「え、ちょっと待って正義真剣(マジ)の目してんじゃん……え、やるなよ? 振りとかじゃなくて」


 四人はそれぞれカウンターに高く積んであるトレーを取った。

 オープンキッチンと繋がっているカウンターには、様々な種類の料理が大きなトレーに入って並んでいる。生徒達はその中から食べたいものを選び、皿に取り分けて、自分のトレーに乗せていく……というスタイルである。

 料理は常に作られ、補充されていくために、正義が言っていたデスマッチも出来ないことはない。

 しかし推奨は出来ない。


「いっぱいある! すっげー!」

「健太、トレー落とすって!」


 勇助が慌てて健太を落ち着かせる。

 健太は落ち着きがない時はとことん、極限まで、落ち着きがない。

 それを横目に、一番後ろにいる正義は赤っぽい煮込み料理を近くの皿に取り分けると、素早く自分のトレーに乗せた。


「では、拙者はこれを……」

「何それ?」

「カチャトーラでござるな」

「何それ?」

「鶏肉をトマトや玉ねぎで煮込んだ料理でござるな」

「えっちょっと待って……何それ?」


 各々好きな料理を取り分けながら、オープンキッチンの四角形に沿うようにして進む。

 勇助は未だ何も取れていない。最初の一辺部分に置かれていた料理が、カチャトーラ初め何一つ分からなかった。

 あれは、どういった層に向けたゾーンなのだろうか。中学生――しかもまだなりたてホヤホヤのヒヨコちゃんに出すにしては、お洒落すぎやしないか。手を伸ばすハードルが高すぎやしないか。メニュー担当者は誰だ――なんて心の中でいくら問い詰めようと、全くの無駄というものである。

 凡人は大人しくフツーな料理でも取るとしよう。

 「ミノタウロスのステーキ」なんてものもあったが、取るのはやめておいた。正直言って、あれを平気な顔して取れるのはかなりの物好きだけだろう。


「『ミノタウロスのステーキ』……面白そうでござる! 食べてみるとしようでござる」

 ――物好きすぐ近くにいました。友人でした。


 誰に言っているとも分からぬ報告をしながら、勇助は遂に、自分の思う最高の定番メニュー――カレーライスを取ることに成功した。



   ◇◇◇



「すげえ! 正義が取った料理一つも分かんない!」

「そうでござるか?」

「正義チャレンジャー過ぎない?」

「結構冒険するねー……ある意味勇者の鑑だけど」


 一同は席に戻ってくるや否や、正義のトレーに視線を吸い付けられた。

 乗っている料理の中に、名前が一発で分かるものが一つもない。この忍者は何を目指しているんだ。

 本当にデスマッチをする気なのだろうか。やられるのは十中八九正義な気がする。


「皆は何を取ったんでござるか?」

「僕はカレーライスとサラダを……」

「フツーでござるな」

「知ってるね!!」


 勇助はヤケになって叫んだ。自覚はバッチリあるのだから、放っておいていただきたい。

 というか正義のセレクトが特殊すぎるのだ。


「私は、サンドイッチとフルーツサラダ」

「俺カレーにハンバーグ乗っけた!」


 つまるところはハンバーグカレーである。

 自分もそうすれば良かったかな、と思いながらも、勇助はカレーのありのままの美味しさを楽しむことに決めた。

 ハンバーグだけ取りにまた列に並ぶのも面倒だ。


「では、いただこうでござる!」


 正義のその言葉を皮切りに、皆は異口同音に言った。


「いただきまーす!」



   ◇◇◇



「――どういうことなのでしょうかね、これは……」


 場所はガラリと一変し、ここは勇者育成学園本校舎の最上階に位置している広い部屋。

 部屋に入った者を、中世の城の一室に迷い込んでしまったような錯覚に陥らせる――そんなアンティークな雰囲気の漂う部屋だった。

 部屋は薄暗く、格子状の窓から僅かに差し込む光だけが、何かを見るための頼りとなっている。それは、今の()には電気を点ける余裕すらないことを雄弁に物語っていた。

 飾られている甲冑や古そうな絵画、豪華な装飾が施された暖炉なども、今はこの部屋の不気味さを一層駆り立てるための小道具となっていた。


「私達学園側が用意したのは、巳造(みつくり)先生の造った怪獣のみ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()は少々狼狽の色を含んだ声色になって独り言を溢し、窓の方を向いた。

 その夜空のような色の髪が僅かに揺れる。

 そう、この()とはサタナス学園長のことだった。

 それが分かれば自然と導き出される結論……ここは学園長室なのである。

 ――いやそんなことよりも、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()」とはどういうことなのだろうか。

 サタナス学園長が言っているのは、無論入学式の「モンスター騒動」のことである。

 しかし、あのモンスターを用意したのが学園側ではないとなると――。


「――()()が動き始めたというわけか」


 サタナス学園長の持つその真っ赤な瞳が、妖しげな光を携えた。


 勇助達はまだ知らない、知る由もなかった。

 今回の出来事は、序章にすらならない、本当に些細な()()()()でしかなかったことを。

 その小さなきっかけが、この世界をひっくり返す大きな物語へと繋がっていくということを。

 そして――他でもない自分達が、その物語の主軸になるということを。

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