第15話 一時解散
「終わったあ〜!! 何だかんだで全然退屈しなかったや!」
「祝電読み上げの時、『退屈だなー』とか言ってたじゃん」
先生に見つかれば咎められてしまうほどの大きな伸びをしてから、健太が晴れやかな笑顔を見せる。
勇助はすかさず、意地悪くニヤニヤと笑いながら健太の揚げ足を取った。
「全体的に見て、ってこと!」
「あっ、そお」
そんな二人の会話の流れを断ち切ったのは、1-N1の担任・無敵強介だった。
入学式が濃すぎたせいか、数日前に会ってそれきり、のように思える。
強介が直接勇助と健太を黙らせたわけではない。彼が二人の座席のすぐ隣に現れたために、黙らざるを得なかったのだ。
「私と共に講堂へ来た新入生は、こちら側から並んで列を出てくれ。そして私についてくるように」
強介はそれだけ言うと、もうホールの出口に向けて素早く歩き始めた。
相変わらず早い、というかこの学園には移動速度が早い人しかいない気がする。
強介の指示を受けて、早速勇助らと共に来た新入生達は席を立った。三人も静かに席を立つ。
何やら、前列に座る生徒達から無言の圧を感じる。
「私達が先に行けってことじゃないかしら」
つばきが口元に手を当てながら囁く。
――マジか。
勇助は圧に逆らうこと無く、そそくさと列から出た。
健太とつばきも出てくるのを、戸惑い気味の表情を浮かべながら待ち、三人揃ったところでようやく前進した。
ホールの出口に向かって歩きながら、強介の姿を探す。勇学では毎月数百人単位で迷子者が出るというが、絶対にそんな目には遭いたくない。
前の列に座っていた新入生達が自分達の後ろを着いてくることに少し安心したが、焦燥感は高まるのみ。
人混みを抜けてホールを後にすると、出てきたすぐ前に強介がいた。
駆け足になって彼に追いつくと、自然と小さなため息が出てきた。
「勇助、今ちょっと迷子になってなかった?」
――バレてたか。
流石に舌打ちをすることはなく、勇助は有無を言わさぬ勢いで「なってない」と言い張った。
喧騒の響くエントランスホールを抜けながら、勇助は相変わらずの高さを誇る天井を、上目遣いになって見上げた。
――午後の「クラス決定試験」、どうしよう。
今勇助の心をすっかり埋め尽くしてしまっている不安は、まさにそれだった。
「どうしよう」と言ったって、受けない選択肢など最初から用意されていない。
受けることは大前提。しかし、その内容について悩む権利は与えられて良い筈だ。
勇者育成学園には、各方面の才能を持った文字通りの「超人」達が揃っている。
そんな人達がテストを受ける中、正真正銘ただの「凡人」である自分がいたら――激しく目立つ、というだけでは済まないだろう。
Nクラスに入れられるのはもう確定事項といって差し支えが無いのだから、それに及ぶまでの行程なんて全てすっ飛ばしていただきたい。
生憎ながら――いや当然ながら、自分には人に嘲笑される趣味など無い。
しかも、「あの怪獣にトドメを刺した」という厄介な功績までついてしまったのだから、尚更皆の期待を裏切った時の跳ね返りはデカい。
――もういっそ、自分の部屋とかに立てこもろうかな……いや、それじゃ余計注目を……。
勇助がそんなことを考えている間に、一行は講堂の建物から出ていた。
久しぶりに陽の光を浴びてそっちに意識が向いたことで、勇助の考え事は強制中断させられた。
体内時計が狂っていなければ、もうお昼時の筈だ。食堂はどっちだったか。
強介が建物から少し離れて立ち止まる。後ろを着いてきていた生徒達もそれに倣った。
「これより一時間、昼休憩が入る。食堂で済ませてもよし、センター街などに行って飲食店などで済ませるもよし。好きにしてくれ。一時間後、まずは『学力』の試験から始める。分校舎の隣にある試験会場の建物に行き、各自の会場へ向かうように――そして怪我をした者は、本校舎の左通路を進んだ先にある保健室へ向かえ」
「はい!」
強介は頷くと、「では、解散」と言って真っ先にその場を去っていった。
教師も教師で、色々準備や割り振りというものがあるのだろう。
新入生達の緊張の糸が、一気にふっと切れた。それと同時に辺りがざわつき始める。入学式がひとまず終わりを告げたことによる安堵が、大きな要因だろう。
「あ〜疲れたー……心身共に」
中学校の入学式で、こんなにありとあらゆるところが疲れることがあるだろうか。
許されるならば、今すぐベッドにでもダイブしたい。無論許される筈も無いので、想像に留めておくしか無いのだが。
「取り敢えず、正義を待とう!」
「だね。でも、出てくるまで結構時間かかりそう」
「あっ、じゃあ暇潰しに石焼ヨーグルト風ゲームでもやる?」
「は?」
「俺が考えたんだよね! 春休みの間に」
「は?」
「三人共ー!!」
どんどんと近付いてくるこの声。
まず間違いなく、確実に、百パーセント、彼に間違いない。
「正義!!」
「正義君!!」
つばきの「君」の部分だけ余ったが、とにかく三人は声を揃えた。
打ち合わせは一切なし。三つ子のようなシンクロ率である。
正義は講堂の出入り口から弾丸のように飛び出すと、素早くこちらを見つけて、瞬きする間に三人の隣に滑り込んだ。全ての動きが実に俊敏、目にも留まらぬ速さだ。
「お待たせしたでござる!」
「いやいや、全然待ってないって! ていうか早くない?」
「拙者達のグループは講堂の中で解散になった故、急いで来たのでござる」
「あっ、そお……」
急いで来たとかいう一言で済ませられない速さだと思うのだが、勇助は深くツッコむのをやめた。
忍者の理屈を、一般人である自分が理解できる筈が無い。
「お昼、どこで食べる?」
つばきが話を進める。
早く決めねば、食べる時間がなくなり悲惨なことになる。空腹の状態で充分な結果が残せるほど、勇学の試験は甘くない。
「ここから近いのは、やっぱり寄宿舎の食堂。センター街に行くなら早めに行った方がいいと思うな、電車での往復時間とかもあるし」
「センター街――ってあれだよな。勇学のちょうど真ん中らへんにある、でっけー街」
「そ。勇学の『学園都市』の中心地的なところで、ショッピングモールとかコンビニとか水族館とか、その他諸々の商業施設が――じゃなくて!」
解説グセがついてしまった自分のことを末恐ろしく感じながらも、勇助は無理やり言葉を繋げた。
「結局どうするの?」
「俺食堂がいい!」
「私も!」
「ならば拙者もー!」
「じゃあ僕も」
圧倒的食堂派多数により、本日の一行は食堂で昼食を摂ることになった。
そうと決まれば、食堂に向かうのみ。そして食べ、可能な限りテストの予習を――。
「何食べようかなー! 何か何でもありそうだなー」
「拙者は料理食べ尽くしデスマッチでもやろうでござる!」
――出禁になるぞ……。
ワーワーと話しながら、元来た道を遡っていく。
少し早足気味で歩いていくと、勇者育成学園本校舎の輪郭がはっきりと見えてきた。
赤っぽいレンガで造られた、巨大という一言ではとても言い表せないほどに――そう、巨大な建物。
何度見ても、この威圧感には慣れることができない。
もうすぐ着く、と自分に繰り返し言い聞かせながら、勇助とその仲間達はとうとう一年生用寄宿舎の前まで辿り着いた。
「やはりこちらも壮大でござる……!」
「規格外って感じよね……!」
健太は思わず絶句している。
勇助もただただ唖然とするしか無かった。
ここで何週間過ごせば、「巨大な建物耐性」がつくようになるのだろうか。
「あっ、行こうか!」
勇助がふっと我に帰り、一年生用寄宿舎の出入り口に歩み寄る。
ここの扉もやはり巨大な観音開きで、開け放たれている。勇助は吸い込まれるように中に入っていった。
残りの三人も頷くと、勇助に続いて寄宿舎に足を踏み入れた。
一年生用寄宿舎のエントランスは、どこかのホテルのエントランスを思わせるような豪華な内装だった。
全体的に落ち着いたシックな色合いである。広さは充分すぎるほどだ。
大きなソファーもあれば自動販売機もある。奥には大きく立派な茶色の階段も見える。
受付カウンターにはスーツ姿の女性がいた。
既に十数人ほどの一年生もいる。
そしてやはり天井は高かった。




