第14話 生徒会長・統場ナオキ
「席どこだっけ……?」
取り敢えず皆で通路に移動してから、健太がすっかり困り顔になる。
確かにこの一件の間、自分の座席なんて露ほども気にしていなかった。
四人が思わず顔を見合わせる。何も言わなくとも、皆席の位置を忘れたのであろうことがバッチリ分かった。
「ていうか正義君、私達と席違うよね?」
「そうでござった!」
「おいおい」
茶番を繰り広げている間にも、周りの新入生達は続々と自らの座席に戻っていく。
何故当然のような顔をして席に戻れるんだ。戦闘中ずっと自分の席の場所のことを考えていたというのか。それはそれでおかしくないか。
「あっ、あそこに座っているのは!」
正義の大声につられて、他の三人もつい正義の視線を追った。
正義は嬉しげに続けた。
「先程、拙者の右隣に座っていた人でござる!」
「良かったじゃん……」
「勇助、目が全然笑ってないよ」
言葉の内容に反して、勇助の声はかなり沈んでいる。取り残されるのはかなり嫌なのだ。
「入学式が終わったら、また合流しようでござる!」
そう朗らかに言うと、正義は颯爽と自らの席に戻っていった。
風のように速い。さすが忍である。
「またなー!」
「また後でね!」
「バイバーイ……」
健太とつばきが実に明るく正義を見送る中、勇助の声のトーンは低めになっている。
まだ席についていない者は、勇助ら三人を含めて数十名。かなりの少数派となってしまっている。
「一番左側――つまりここから見て右側の席が三つ空いてる列だから〜……」
つばきが、人差し指をひょいひょい動かしながら、口に出した条件に該当する列を探す。
勇助と健太も捜索に加わろうとしたが、その必要は無かった。
「あった! 急ぎましょ!」
またも炸裂したつばきスマイルに反応する間も無く、男子二人は駆け出したつばきの背中を追った。
座席に向かう途中、周りの生徒達の「アイツら、例のアイツらだ……」というような視線が痛かった。
奥からつばき、健太、勇助の順で、久方ぶりの座席に腰を下ろす。
何だかホッとした気分になったのは、勇助だけではない筈だ。
新入生達が全員着席してから数秒の空白があって、再びホールにアナウンスが響いた。
《続いて、生徒会長・統場ナオキ君からの歓迎の言葉です》
「生徒会長かあ……」
健太が、ぼんやりと呟きながらホールの天井を意味なく見上げる。
どんな人なんだろうなあ、と思っているであろうことが容易く分かる。
「どういう人なの?」
健太は、思った通りの質問を勇助にぶつけて来た。
まだ壇上に誰も現れていないことを確認してから、勇助が囁く。
「統場ナオキ会長は、持っている権力も実力も桁違いなんだって。生徒最強とも言われてるから、本当にヤバいんだと思う」
「へえ〜……! 何かよくありがちなタイプの生徒会長だなぁ」
健太の言いたいこともよく分かる。
勇助も勇学の生徒会長について調べている時、同じようなことを思っていた。
強大な権力を持った最強の生徒会長なんて、何のとは言わないが――とにかく王道中の王道と言えよう。
「あとめちゃくちゃイケメンで、ファンクラブもあるっぽい」
「ふーん」
健太の興味が途端に薄れる。
健太にとっての「顔が良い」担当は、つばきだけで充分すぎるほどに足りているのだろう。
ナオキがようやく壇上に出て来たのを見て、勇助は素早くステージに向き直った。
勇助らが座っている席はステージとはかなり距離があるものの、バレないとは限らない。
もしバレて、入学早々態度の悪い新入生として目を付けられたら――勇助の有り得ない妄想はどんどんと膨らんでいく。
ステージ上に現れた我らが生徒会長は、一瞬で新入生達の視線を奪った。
ナオキしか見るものがないので当たり前と言えば当たり前なのだが、ナオキが視線をその一身に集めている要因はそれだけでは無いだろう。
濃いめの青髪に金色の瞳。これだけでもかなり人目を引く配色である。
そしてやはり、一切期待を裏切らない――寧ろ予想を超えてきた美少年っぷりだ。
これは確かに生徒会長ガチ勢がいても仕方ない。
紺色のブレザーの上には、生徒会の証である、赤地の腕章。金文字で何か書いてあるが、この距離ではとても読めそうにない。モニターの方を見ても、角度的な問題で見えなかった。
――この学園本当制服の校則緩いな……と、勇助が改めて思う。ブレザーは自前なのだろうか。
「新入生諸君――入学おめでとう」
ナオキは演台に立つと、中学生とは思えないほどに威厳に満ちた声を出した。
時期から考えて、まだ生徒会長に就任して間もない筈だが、既にその体には「支配者」のオーラを纏っている。
――このヒトに逆らったらヤバい……!
勇助の生存本能が、頭の中でうるさいほどに警鐘を鳴らす。
「先程の戦い、見せてもらった。騒動終着までのタイムが、過去三番目に早かったそうだな。実に素晴らしい」
――このヒト、本当に素晴らしいって思ってんのかな……。
勇助がついそう思ってしまうほどに、ナオキの表情筋は全くと言っていいほど、本来果たすべき責務を果たしていなかった。
目が笑っていない美形ほど怖いものはない。
「しかし、率先して動く者が多かった故に、何もしていなかった怠慢野郎が異常に目立っていた。そんな者達も巻き込んで、事態収束へと踏み出す――これからの勇者には、そんなカリスマ性も求められると私は思っている」
少々口は悪いが、言っていることに筋は通っている。
かなり癖の強い人物なのであろうことはバッチリと分かった。
「君達は既に、この勇者育成学園の生徒だ。即ち、学園の名に泥を塗るような行為は断じて許されない。分かるな?」
多くの新入生が、連動でもしているかのようにコクコクと何度も頷く。
勇助も反射的に頷いていた。
万が一、あの会長に制裁を加えられるようなことがあれば――「制裁」から生還を果たせる自信は微塵も無い。
「早速明日から、本格的な中学校生活が始まる。君達が充実した学園生活を送れることはまず保証しておこう。誰しもが不安を抱いていることだろうが、困った時には遠慮せずに誰かを頼れ。
そしてこの学園における仕組みや制度をしっかりと理解しろ。理解のできる者とできない者の差は、気付いた時には手の施しようがないほどに広がってしまっているものだ。一人一人が誰よりも優秀な勇者を目指し、日々努力を怠らないように。我々在校生一同は、新入生諸君を心より歓迎する」
終始、単調な様子(強いて言うなら、「怠慢野郎」の部分で少し語気が荒くなっていた)だったナオキが話し終えると、ホール中で拍手が巻き起こった。
今にもスタンディングオベーションでも始める者が出てきそうな勢いである。
別に拍手をしなかったからといって、ナオキに取って食われるわけでは無いのだが、本能がそうさせてしまうのだ。世の中には、絶対的に「逆らってはいけない人」というものが存在する。
《統場君、ありがとうございました》
なおも続く拍手の中、ナオキは去り際に、こちらに僅かな微笑を向けてからステージを後にした。
拍手の音によってかき消されたが、女子生徒の黄色い声が聞こえたような気がする。
――絶対あれ常習犯だ……天然たらしだ……。
この何とも言えない感情をどうしていいか分からず、勇助はただただ誰もいないステージを見つめた。
「歓迎されてるのかされてないのか、よく分からなかったなぁ」
「ホントホント」
つばきが苦笑を溢すと、健太もそれに同調して頷いた。
二人は平常心を保っている。良かった。
勇助が思わず、本人でさえもよくその理由を分かっていない安堵の吐息を吐く。
しかしそのため息は、アナウンスによって揉み消された。
《――以上を持ちまして、「勇者育成学園入学式」を閉会致します。奥の列から順に退場しますので、教員の指示に従ってください》
――お、終わったあ……!
新入生達がそれぞれ吐いたため息によって、ホール内の二酸化炭素濃度が跳ね上がったように思える中、勇助は本日最大のため息を吐いた。今日はため息をついてばかりだ。二週間ぶんぐらいの幸せを逃してしまった気がする。




