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第12話 歓声の嵐

「勇助! 早く弱点弱点!!」


 健太にせびられるままに、勇助は少々慌てた手付きで例の鱗をペラッとめくった。

 思ったより易々とめくることができた。

 一日の始まりに日めくりカレンダーをめくるのと、何ら感覚の違いは無い。


 鱗の奥には、学が言っていた通りの核があった。

 色は真紅でかなりテカテカしている。

 大きさは、ペットボトルのキャップ程度と言ったところか。思ったよりも小さい。


 ――巨体ながらも、鱗をめくられる……即ち何者かが自らの弱点に近付こうとしている、という感覚はしっかり備えられているらしい。

 怪獣は再び恐ろしい咆哮を上げると、尻尾をブンと振り上げた。


「うわっ!!」


 反射的に尻尾をがっしりと掴んだおかげか、勇助と健太が振り落とされることは無かった。

 しかしボランティアをしてくれた生徒達は咄嗟の対応をしきれず、尻尾から敢えなく落下してしまった。


「ヤバいでござる! つばき殿、何か使えそうな魔法は!?」


 近くにいるとも確信の無い、「高所から落ちた者を助けることが可能な何らかの」能力(チカラ)を持つ者を探すより、隣にいるつばきに助けを求めるほうがタイムロスが減る。

 そう考えて、正義はつばきに早口で問いかけた。


「――うん、大丈夫! 任せて!」


 先程と同じように息を吐いてから、つばきは生徒達の落下地点であろう床の一部分に、両の掌を向けた。


 「アクアスパイラル!!」


 つばきがそう唱えると、予想落下地点である床から渦巻く巨大な水流が立ち昇った。

 激流というほどの勢いの強さは無く、水の流れは少し緩やかだ。


 「何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ」とでも言いたげな叫び声を上げながら、数名の生徒達が水の渦巻きに向かって落下する。

 大きめな石でも川に投げ込んだ時のような、ドポン、という音を立てて生徒達は渦巻きの中に飛び込んだ。

 そして緩やかに渦巻きの最下部まで流れると、とぼけたようなキョトンとした顔をして渦巻きから出てきた。

 水の流れがいやに緩やかだったのは、このためだったらしい。


「ナイスでござる、つばき殿!」

「うまく行ってよかった〜! ――あっ、勇助君と健太君は!?」


 お互いグッジョブマークを向け合いながら、つばきと正義が生徒達の無事を喜ぶ。

 つばきがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、二人はすぐに、今尻尾にぶら下がり状態であろう勇助と健太の方に視線を急速移動させた。


 案の定、勇助と健太はかなりギリギリの状況だった。

 物干し竿にかかっている洗濯物の真似をしていると言われれば、それで納得できてしまうほどのぶら下がり様である。

 勇助の頭は今、「何で僕こんなことしてるんだっけ?」という文字で、足の踏み場もないほどに埋め尽くされている。


 不安でいっぱいの中、勇学の正門をくぐったのが数十分――いや、もう一時間以上前になるのだろうか。

 ともかくあの時には、まさか入学式を怪獣が文字通りぶち壊し、なんやかんやあってその尻尾にぶら下がるとは思いもしなかった。いや、むしろそんなことを思っていたらかなりのヤバいヒトである。

 何度でもめげずに言おう、何だこの状況。


「二人共ー!」


 つばきが声を張り上げる。

 勇助は、どう返事をしていいものか全く見当もつかないので、代わりに足をブラブラさせておいた。

 しかし、何というか変死体感が増してしまったのですぐに止めた。


「つーちゃーん! 正義ー! 俺らちょっとヤバいかもー!」

「かもじゃなくて百パーセントヤバいでーす!」


 現状報告終わり。

 あとはこれといって言うこともない。強いて言うならば、今この限りなく両手が塞がった状態では、痒いところが掻けなくて辛い……ということぐらいだろうか。


「弱点突けそうでござるかー?」

「やってみるー!」


 傍目から見ると、かなりシュールな光景である。

 しかし当人達は至って真剣だ――多分。


「勇助、頑張れ! 俺は位置関係とか攻撃方法とか、とにかく諸々無理だから!」


 健太は、完全に勇助応援モードへとシフトチェンジしたようである。

 勇助が威勢よく「うん!」と返す。残念ながら、気の利いた返事をする余裕は無い。


 勇助は宣言通り、「やってみる」ことにした。挑戦なくして成功なし、だ。

 あの時は、とにかく尻尾に全力で掴まることに心血を注いでいたため、例の鱗を見失ってしまっていた――かのように思われたが、幸いにも例の鱗は勇助の目の前に逃げることなく生えていた。

 ご都合展開というか何と言うか、一言で言うのならば激しく運が良い。


 衝撃で元に戻っていた鱗を大急ぎで再びめくると、健太が渡してくれた剣擬きを振り上げる。

 怪獣は、集中攻撃を仕掛けてくる生徒達を迎え撃つので精一杯のようだ。良かった。

 ここでまた尻尾をブンブンやられたら、今度こそ間違いなく、地面に真っ逆さまである。


「せーのっ!」


 意味があるかは分からない掛け声を上げてから、勇助は剣擬きを真っ赤な核に向けて勢いよく振り下ろした。

 剣擬きはやたらと丸みを帯びているために、武器として使うには勢いをつけて強打する……ぐらいしないと、てんで駄目なのだ。


 剣擬きの先端部分は、勢いを保ったまま核と衝突した。

 ――刹那、核の周りに火花が散った。

 バチバチッと鋭い音を立て、辺りにオレンジ色の光が飛び散る。

 しかしそれも束の間で、怪獣の体は瞬きする間に無数の光の粒となった。


 そうこれ即ち、怪獣の尻尾に死ぬ気でしがみついていた二人は今度こそ真っ逆さまということである。

 喜ぶ隙すら与えられず、「やったー」の「や」の字を呑み込んだまま、勇助と健太は重力に一切逆らうことなく地表向けて落ちていく。

 つばきが滑り込み「アクアスパイラル」を放ったおかげで、この幼馴染みコンビは見事、怪獣の尻尾から生還を果たした。


 二人が無事なのを確認する間が数秒空いたのち、ホールは一気に歓声の嵐に包まれた。


「いや、マジで……本当に一発だったね……」


 手にした剣擬きを、到底信じられないと言った目付きで眺めながら、勇助がぼんやりと言う。

 全て学の言った通りだった。

 弱点さえ突けば、一発で終わる勝負だったというわけだ。


「勇助君、凄い!!」


 つばきが勇助に賞賛の眼差しを送る。

 健太と正義も、それに続いて労いの言葉をかけた。


「おつかれ勇助!」

「天晴れでござる!」


 口々に温かい言葉をかけられ、勇助が分かりやすく照れを見せる。

 実際褒められ慣れていないのだ。


「皆のサポートがあったからだよ! 僕本当、何にもしてないくせにいいトコだけ取っていって――ってあれ、学は?」


 勇助がキョロキョロと視線を動かしながら学の姿を探す。

 彼ならば、「いやー良かったです」なんて言いながらこちらに駆け寄ってきそうなものだが。


「確かにいない! アイツ倒せたの、殆ど学のおかげなんだけどなあ」


 健太がぐるりと回って辺りを見回してから、困ったように眉を下げる。

 学には、感謝の一つや二つ、させていただきたいものである。

 ――そんな時、聞き覚えのない大声が突如皆の耳の中に飛び込んできた。


()()()も終わったぞー!」


 声の聞こえた方向を見ると、やはり声を上げていた生徒に全く見覚えは無かった。

 声が響いた一拍後、歓声の嵐パートツーがホールの中を駆け回っていった。

 ――()()()……ってどっち? ていうか、終わったって何が?


 皆も勇助と同じようなことを考えていたらしく、合わせ鏡のように揃って合点のいかなそうな顔をしている。

 何一つ状況が読めない。


「終わったって、何が?」


 健太が、すぐさま近くに立っていた黒髪の男子生徒に尋ねる。

 男子生徒は目をパチパチと瞬かせながら勇助ら四人組を見回すと、納得がいったように二回頷いた。


「そっか、あの怪獣と戦ってたから知らないのか……」


 しかし四人は全く納得がいっていない。

 依然として、頭の上にはハテナマークが浮かんだままだ。

 男子生徒はすぐに説明を始めた。

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