第7話 つーくん、あのね!
カタカタカタ、とキーボードを叩く。
画面に並んだコードを確認して、俺は小さく頷いた。
「よし。あと少しだな」
平日の午後。
俺はいつものように、カフェ・リアンの奥の席で仕事をしていた。
家でもできる仕事ではあるけれど、こうして場所を変えると不思議と集中できる。
美味しいコーヒーもあるし、適度に人の声も聞こえる。
何より、ここは居心地がいい。
「朝倉さん、コーヒーのおかわりはいかがですか?」
顔を上げると、橘さんが立っていた。
「あ、お願いします」
「かしこまりました」
アッシュグレーの短い髪が、振り向く動きに合わせてふわりと揺れる。
相変わらず綺麗な人だな、と思う。
……いや、仕事仕事。
俺は再び画面に目を戻した。
それからしばらくして。
「ただいま戻りましたー!」
入口の方から、聞き覚えのある明るい声がした。
顔を上げると、田中さんが小さな男の子と女の子を連れて店に入ってきた。
明るい茶色のポニーテールを揺らしながら、カウンターへ向かって手を振っている。
「星莉奈さーん! 二人ともお迎えしてきましたよー!」
「あっ、舞ちゃん。ありがとう!」
カウンターの奥から橘さんが顔を出した。
なるほど。
保育園のお迎えだったのか。
そう思った次の瞬間。
「あっ! つーくん!」
「おっ、結衣ちゃん!」
ミルクティー色の柔らかな髪を揺らしながら、結衣ちゃんがこちらへ駆けてくる。
「つーくん、こんにちは!」
「こんにちは、結衣ちゃん。今日も元気だね」
「うん!」
元気いっぱいの返事だ。
見ているこっちまで元気になりそうだな。
その後ろから、小さな男の子がとことこと近づいてきた。
「ゆい、そのひとだれ?」
「つーくんだよ!」
「つーくん?」
「うん! やさしいんだよ!」
男の子は俺をじっと見上げた。
「おじちゃん、だれ?」
「おじっ……!?」
おじちゃん。
二十五歳にして、おじちゃん。
……いや、まだお兄ちゃんで通る年齢だと思うんだけど。
「俺は朝倉翼。よろしくね」
「そうた!」
「爽太くんか。よろしく。あと、お兄ちゃんでもいいんだよ?」
「おじちゃん!」
「……はい」
後ろで田中さんが吹き出した。
「ぷっ……! 爽太、朝倉さんはまだお兄ちゃんだよ!」
「田中さん、ありがとうございます。今、その一言がすごく嬉しいです」
「あはははっ!」
……うん。
なかなか個性的な男の子だ。
「結衣、爽太くん。お店の中では走っちゃだめよ」
橘さんが二人に声をかけた。
「はーい!」
「はーい!」
二人の元気な返事が重なる。
……仲がいいんだな、この二人。
「すみません、朝倉さん。結衣ったら、朝倉さんを見つけた途端に……」
「いえいえ。全然大丈夫ですよ」
そう答えると、結衣ちゃんが俺の袖をちょんちょんと引っ張った。
「つーくん、あのね!」
「うん? どうした?」
「しかさんね!」
「鹿さん?」
「うん! このまえのしかさん!」
「ああ、お土産の!」
「クロブタロウとね、いっしょにねてるの!」
「おお、そうなんだ!」
どうやら、二匹とも仲良くしているらしい。
「しかさんとクロブタロウ、なかよしなの!」
「そっかぁ。よかった」
「うん!」
「ちなみに、どっちがお兄ちゃん?」
「えーっとね……」
結衣ちゃんが真剣な顔で考え始めた。
……いや、そんなに難しく考えなくてもいいんだけど。
「クロブタロウ!」
「おお、クロブタロウがお兄ちゃんか」
「うん! しかさんは、いもうと!」
「なるほど。仲良し兄妹なんだな」
「そう!」
結衣ちゃんは満足そうに頷いた。
四歳の世界では、ぬいぐるみにもちゃんと家族関係があるらしい。
なかなか奥が深い。
「朝倉さん、いつもありがとうございます」
橘さんが微笑んだ。
「結衣、お土産をいただいてからずっと嬉しそうなんです」
「本当ですか? それならよかったです」
「でも、あまりお気遣いなさらないでくださいね」
「あはは。俺が勝手に買ってきてるだけですから」
実際、旅先で可愛いぬいぐるみを見つけると、つい結衣ちゃんの顔が浮かんでしまう。
あの子、喜ぶかなぁ、と。
……まあ、完全に親戚のおじさんみたいになってる気はするけど。
……あれ?
さっき爽太くんにおじちゃんって呼ばれたばかりだったな。
……やめよう。
考えるのはやめよう。
*
「あれ、橘さん。そちらのお子さんは?」
不意に、少し離れた席から声がした。
振り向くと、スーツ姿の男性が立っていた。
確か、一ノ瀬さんだったか。
この店で何度か顔を合わせている常連さんだ。
背が高くて、いかにも仕事ができそうな雰囲気の人。
「あ、一ノ瀬さん。こんにちは」
橘さんが振り向いた。
「こちら、娘の結衣です」
「……娘さん?」
「はい。四歳なんですよ」
「そうだったんですね。お子さんがいらっしゃるとは知りませんでした」
一ノ瀬さんは少し驚いた様子だった。
すると、結衣ちゃんが俺の隣から一ノ瀬さんを見上げた。
「おじちゃん、だあれ?」
「おじっ……」
一ノ瀬さんが一瞬、言葉を詰まらせた。
……おお、まさかの二人目。
見た感じ、俺とそんなに歳は変わらなそうだけど。
やっぱり四歳児から見れば、俺たちはみんなおじちゃんなのかもしれない。
「一ノ瀬悠人っていうんだ。よろしくね、結衣ちゃん」
「ゆうとおじちゃん?」
「……うん。よろしく」
……受け入れた。
この人、俺より大人だ。
すると、カウンターの方から明るい声が飛んできた。
「あっ、一ノ瀬さん! 知らなかったんですね!」
田中さんだった。
「星莉奈さんと私、シングルマザー仲間なんですよ!」
「えっ、田中さんもお子さんが?」
「はい! ほら、そこにいるのが私の息子の爽太です!」
田中さんが爽太くんを指さした。
「そうた!」
名前を呼ばれたと思ったのか、爽太くんが元気よく手を上げた。
「ふふっ。結衣ちゃんと同じ四歳なんですよ!」
「そうだったんですね」
「ちなみに、星莉奈さんは離婚されてて、私は未婚の母なんです!」
「舞ちゃん、そこまで説明しなくても……!」
「あっ、すみません! つい!」
田中さんが照れくさそうに笑った。
……いや、この人、本当に隠し事がないな。
「保育園のお迎えとかも、都合が合えばお互い協力し合ってるんです!」
田中さんが胸を張る。
いや、なんでちょっと得意げなんだろう。
一ノ瀬さんは少し考えるような顔をしてから、穏やかに微笑んだ。
「そうだったんですね。お二人とも、お仕事と子育ての両立は大変でしょう」
「大変ですよー! でも、楽しいこともいっぱいです!」
「ふふっ、そうね」
橘さんが笑う。
「結衣も爽太くんと遊ぶのが大好きなんですよ」
「そうなんですね」
一ノ瀬さんが頷いた。
その視線が、一度だけ俺と結衣ちゃんの方へ向いた。
「朝倉さんとも、仲がいいんですね」
「あ、はい。何度か一緒に遊んだことがあって」
「つーくん、やさしいんだよ!」
結衣ちゃんが、すかさず割って入った。
「おっ、ありがとう」
「それにね、おみやげくれるの!」
「ははっ。そうなんだ」
一ノ瀬さんが小さく笑った。
……なんだろう。
四歳児に紹介されるって、ちょっと照れるな。
そのとき、一ノ瀬さんが腕時計に目を落とした。
「あ、すみません。そろそろ行かないと」
「お出かけですか?」
橘さんが尋ねる。
「ええ。このあと少し予定がありまして」
「そうなんですね。お気をつけて」
「ありがとうございます」
一ノ瀬さんは軽く会釈した。
「それでは、また」
「はい。またお待ちしてますね」
田中さんがレジへ向かい、一ノ瀬さんの会計を済ませる。
店を出る前、一ノ瀬さんが小さく呟いた。
「……シングルマザー、か」
それから、いつもの落ち着いた足取りで店を出ていった。
俺はその背中を見送り、再びパソコンに向き直った。
さて。
そろそろ本当に仕事を終わらせないとな。
*
「つーくん!」
「はい、結衣ちゃん」
「あのね!」
「うんうん」
「きょうね!」
「うん」
「こうえんいきたい!」
「公園?」
「うん! つーくんも!」
結衣ちゃんが俺の袖をぎゅっと掴んだ。
……おお。
これはなかなか強力なお誘いだ。
「行きたいのは山々なんだけど、俺、もうちょっとお仕事が……」
「えーっ!」
結衣ちゃんの頬が、ぷくっと膨らむ。
「すぐおわる?」
「うーん、あと三十分くらいかなぁ」
「さんじゅっぷん?」
「そう。ちょっと長いね」
「じゃあ、まってる!」
「えっ」
「ここで!」
結衣ちゃんが俺の隣の椅子を指さした。
……いや、待って。
ここで待たれると、むしろ仕事が進まない気がする。
「つーくん、これなあに?」
「これはね、プログラムっていう……」
「ぷろぐらむ?」
「うん。パソコンにお仕事してもらうための……」
「つーくん、これおしていい?」
「おっと、それは押さないでね!」
「なんでー?」
「俺のお仕事が大変なことになっちゃうから」
「たいへん?」
「そう。俺が泣いちゃう」
「えーっ! つーくん、ないちゃうの?」
「泣いちゃうかもしれない」
「だめー!」
結衣ちゃんが慌てて手を引っ込めた。
……よかった。
四歳児にデータを消されるという悲劇は回避できたらしい。
「つーくん、あのね!」
「うん?」
「しかさんがね!」
「うんうん」
「きのうね!」
……おっと。
鹿さんの話、第二部が始まったぞ。
可愛い。
ものすごく可愛い。
でも、仕事が。
「こら、結衣。つーくん困ってるでしょ。お仕事の邪魔しちゃだめよ」
橘さんが、結衣ちゃんのそばにしゃがみ込んだ。
「……あっ」
そして、ぴたりと動きを止めた。
「……ん?」
俺が顔を上げると、橘さんは少し慌てた様子でこちらを見た。
「す、すみません、朝倉さん。つい結衣の呼び方が移っちゃって……」
「あ、いえいえ。全然気にしないでください」
「普段から結衣が『つーくん、つーくん』って言っているものですから……」
「ははっ、そんなに呼んでくれてるんですね」
「はい。もう、毎日のように」
橘さんが少し照れくさそうに笑う。
……なんだろう。
普段はずっと「朝倉さん」だから、ちょっと新鮮だったな。
「俺は全然構いませんよ。つーくんでも」
「そ、それはさすがに……」
「ははっ、ですよね」
俺が笑うと、橘さんもつられたように笑った。
すると。
「ママもつーくんってよんでいいんだよ!」
結衣ちゃんが元気いっぱいに言った。
「結衣っ!」
「だって、つーくんだもん!」
「もう……」
橘さんが困ったように眉を下げる。
俺は思わず吹き出してしまった。
「はははっ!」
「もう、朝倉さんまで……」
「すみません。いや、結衣ちゃんがあまりにも真剣で」
「ほんとにもう、この子は……」
そう言いながらも、橘さんは笑っていた。
……なんだか、いいな。
こういう時間。
特別なことなんて何もないのに、妙に楽しい。
「つーくん!」
「はい!」
「こうえん!」
「おお、忘れてなかったか」
「いこ!」
結衣ちゃんが両手を上げる。
俺は時計を確認した。
あと少し。
もうひと頑張りすれば、今日の仕事は終わる。
「よし。じゃあ、俺が仕事を終わらせるまで待てる?」
「まてる!」
「本当に?」
「うん!」
「じゃあ、約束ね」
「やくそく!」
結衣ちゃんが小さな小指を差し出した。
俺も小指を伸ばして、そっと絡める。
「ゆーびきーりげーんまーん!」
元気いっぱいの声が、店内に響いた。
……ちょっと声、大きいな。
まあ、可愛いからいいか。
「すみません、朝倉さん。お仕事中なのに」
「いえいえ。ちょうど区切りもいいので」
「でも、公園まで付き合っていただくなんて……」
「俺も気分転換したかったんです。結衣ちゃんと遊ぶの、楽しいですし」
「ふふっ。ありがとうございます」
橘さんが柔らかく微笑んだ。
「私もちょうど今日は早めに上がれるので、結衣と一緒にお待ちしてますね」
「わかりました。じゃあ、あと少しだけ頑張ります」
「やったー! ママもつーくんもいっしょ!」
結衣ちゃんが嬉しそうに飛び跳ねた。
……いや、まだ仕事終わってないんだけどね。
まあ、あんなに喜ばれたら、頑張るしかないか。
その横で、爽太くんが俺をじっと見ていた。
「……おじちゃんも、こうえんいくの?」
「そうだよ。あと、お兄ちゃんね」
「おじちゃん!」
「……はい」
……この子、なかなか手強いな。
*
それから三十分後。
「終わったぁ……!」
最後の確認を済ませ、俺はパソコンを閉じた。
よし。
今日の俺、なかなか頑張った。
「つーくん、おわった!?」
待ってましたと言わんばかりに、結衣ちゃんが顔を出す。
「終わったよー」
「やったぁ!」
「結衣ちゃんも、ちゃんと待てて偉かったね」
「えへへ!」
結衣ちゃんが嬉しそうに笑う。
橘さんもちょうど仕事を終え、ほかのスタッフに声をかけているところだった。
「お待たせしました、朝倉さん」
「いえいえ。俺も今終わったところです」
「じゃあ、行きましょうか」
「こうえん!」
結衣ちゃんが元気よく手を上げた。
「そうたもいく!」
爽太くんも負けじと手を上げる。
「あっ、爽太。今日はママとお留守番だよ」
田中さんが慌てて声をかけた。
「えーっ!」
「ママ、まだお仕事あるからね」
「やだー!」
爽太くんが頬を膨らませる。
……おっと。
これはなかなか難しい問題だ。
すると、結衣ちゃんが爽太くんの手を握った。
「そうた、またこんどいっしょにあそぼ!」
「……ほんと?」
「うん!」
爽太くんは少し考えてから、小さく頷いた。
「……わかった」
おお。
結衣ちゃん、なかなか頼もしいな。
「じゃあ、行ってきますね。舞ちゃん、あとはお願い」
「はい! 楽しんできてください!」
田中さんが元気よく手を振る。
「そうたくん、またね」
俺が声をかけると、爽太くんはじっとこちらを見た。
「……おじちゃん、ばいばい」
「……ばいばい」
……最後までおじちゃんだった。
こうして俺たちは、三人でリアンを後にした。
*
公園に着くなり、結衣ちゃんは一直線に滑り台へ向かった。
「つーくん! みててね!」
「おう、見てるよー!」
階段を一段ずつ登っていく結衣ちゃん。
頂上に着くと、こちらに向かって大きく手を振った。
「いくよー!」
「はーい!」
しゅるるるっ、と滑り降りてくる。
「わあっ!」
着地すると、結衣ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「もっかい!」
「おお、元気だなぁ」
「結衣、転ばないようにね」
橘さんが声をかける。
「はーい!」
……返事だけはいい。
そのあとも、滑り台を何度も滑り、ブランコに乗り、広場を走り回った。
そして、ついに。
「つーくん! おにごっこ!」
「お、おにごっこ?」
「うん! つーくんがおに!」
「えっ、俺から?」
「そう!」
結衣ちゃんがにこにこしながら頷く。
……これは逃げられないな。
「よーし。じゃあ、十数えるから逃げてね」
「うん!」
「いーち、にーい、さーん……」
結衣ちゃんが駆け出した。
その後ろ姿を見ながら、俺はゆっくり数を続ける。
「……きゅーう、じゅう!」
「きゃーっ!」
「よーし、捕まえるぞー!」
俺が走り出すと、結衣ちゃんが嬉しそうに笑った。
もちろん、本気で走ったりはしない。
四歳児相手に全力疾走する二十五歳男性。
……絵面がちょっとひどいからな。
「まてまてー!」
「きゃはははっ!」
結衣ちゃんは橘さんの後ろに隠れた。
「ママ! たすけて!」
「えっ、私?」
「つーくんがくる!」
「ははっ、橘さんまで巻き込まれましたね」
「もう、結衣ったら」
橘さんが笑う。
その後ろから、結衣ちゃんがひょこっと顔を出した。
「つーくん、こっち!」
「おっ、挑発してくるとはいい度胸だなぁ」
「きゃーっ!」
また走り出す結衣ちゃん。
俺もその後を追いかけた。
……うん。
仕事で凝り固まった身体には、なかなかいい運動だ。
ただし。
「はぁ……はぁ……」
五分後。
俺はベンチに座っていた。
「つーくん、つかれた?」
「……ちょっとね」
「だいじょうぶ?」
「うん。つーくん、まだ若いから」
「わかい?」
「そう。ぴちぴちの二十五歳」
「ぴちぴち!」
結衣ちゃんが楽しそうに繰り返す。
……しまった。
変な言葉を覚えさせてしまったかもしれない。
「ふふっ」
隣から笑い声がした。
橘さんだった。
「朝倉さん、本当に結衣と遊ぶのがお上手ですね」
「いやぁ、完全に遊ばれてますけどね」
「そんなことないですよ。結衣、すごく楽しそうです」
「それならよかったです」
俺は広場を見た。
結衣ちゃんは少し離れたところで、落ち葉を集めている。
何やら真剣な表情だ。
「……何してるんでしょうね」
「さあ……?」
二人で首を傾げていると、結衣ちゃんがこちらへ戻ってきた。
「はい!」
小さな手に、色とりどりの落ち葉が握られている。
「つーくんにあげる!」
「おお、ありがとう!」
「ママにも!」
「ありがとう、結衣」
橘さんも嬉しそうに受け取った。
「きれいでしょ!」
「うん。綺麗だね」
俺が頷くと、結衣ちゃんは満足そうに笑った。
「さんにん、おそろい!」
……なるほど。
そういうことか。
俺と橘さんは顔を見合わせた。
「ふふっ、おそろいですね」
「ですね」
手の中の落ち葉を見る。
赤と黄色が混ざった、小さな秋の贈り物。
高価なものでも、特別なものでもない。
でも、なんだか捨てるのがもったいない気がした。
*
夕方。
空が少しずつ茜色に染まり始めた頃。
「そろそろ帰ろうか、結衣」
「えーっ!」
結衣ちゃんが不満そうな声を上げる。
「まだあそぶ!」
「もう暗くなっちゃうよ」
「やだー!」
……おっと。
四歳児、最後の抵抗だ。
「結衣ちゃん」
俺はしゃがんで、目線を合わせた。
「今日はいっぱい遊んだね」
「……うん」
「楽しかった?」
「うん!」
「俺も楽しかったよ」
結衣ちゃんがこちらを見る。
「また遊ぼうね」
「……ほんと?」
「もちろん」
「やくそく?」
「約束」
小さな小指が差し出される。
俺も小指を絡めた。
「ゆびきり!」
「げんまん!」
結衣ちゃんが、にぱっと笑った。
よし。
どうやら納得してくれたらしい。
「朝倉さん、今日もありがとうございました」
橘さんが頭を下げる。
「いえいえ。俺も楽しかったですから」
「結衣、最近ずっと朝倉さんと遊びたがっていて……」
「そうなんですか?」
「はい。今日も朝から『つーくんいるかな』って」
「ははっ。それは嬉しいですね」
結衣ちゃんは橘さんの手を握りながら、こちらを見上げた。
「つーくん!」
「ん?」
「また、さんにんであそぼうね!」
その言葉に、俺は自然と笑っていた。
「うん。また三人で遊ぼう」
「やったぁ!」
橘さんも隣で微笑んでいる。
公園の出口まで歩きながら、結衣ちゃんは今日あったことを一生懸命話していた。
滑り台のこと。
鬼ごっこのこと。
拾った落ち葉のこと。
同じ話を何度も繰り返すものだから、俺と橘さんは何度も笑ってしまった。
……なんだろうな。
こうして三人で歩いていると、不思議と落ち着く。
最初はスーパーで偶然出会っただけだったのに。
気づけば、こうして一緒に公園へ行くようになっている。
「つーくん、あのね!」
「うん、今度は何かな?」
「しかさんとクロブタロウにも、きょうのおはなしする!」
「おお、そうか。二人とも喜ぶだろうな」
「うん!」
結衣ちゃんが元気よく頷いた。
俺は思わず笑った。
……今日の話、ぬいぐるみたちにも聞かせてくれるのか。
それはちょっと、光栄だな。
秋の夕暮れ。
小さな手を母親につないだ結衣ちゃんが、楽しそうに歩いている。
その隣を、俺もゆっくり歩いた。
次は、どんな話を聞かせてくれるんだろう。
そんなことを考えながら。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は新キャラクター、舞の息子・爽太が登場しました!
四歳児から突然「おじちゃん」と呼ばれ、地味にショックを受ける翼。
一方、同じく「おじちゃん」と呼ばれた悠人は、あっさり受け入れてしまいました(笑)。
そして、星莉奈の思わぬ「つーくん」発言も。
少しずつ賑やかになっていくリアンの日常を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします!
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




