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第41話 ぼくの、たんじょうび

田中爽太視点


きょうは、とくべつな日だ。


なぜなら。


ぼくは、きょうから五さいだからだ!


「ママ! ぼく、もう五さいだよね!」


「はいはい。さっきも聞いたよ?」


ママは笑いながら、ぼくの服のえりを直してくれた。


「五さいになったんだから、少しはお兄ちゃんになれるかな?」


「なれる!」


「ほんとに?」


「うん! きょうは、いたずらしない!」


ママが、ぴたっと止まった。


「……爽太?」


「なに?」


「それ、昨日も言ってなかった?」


「……」


ぼくは、そっと目をそらした。


だって。


きのうのは、いたずらじゃない。


ママのスリッパの中に、恐竜を入れておいただけだ。


「……きょうは、ほんとだもん」


「ふふっ。期待してるね」


ママは、ぼくの頭をなでた。


「それじゃ、行ってらっしゃい。今日は早く帰ってきてね」


「なんで?」


「それは……帰ってからのお楽しみ!」


「えーっ! おしえてよ!」


「だーめ!」


ママは、にこにこしている。


こういうときのママは、ぜったいに教えてくれない。


でも、ぼくは知っている。


きっと、ケーキだ。


それも、すっごくおいしいやつ!


だって、きょうはぼくの誕生日なんだから!


*


「みんなー! ぼく、五さいになったぞー!」


保育園につくと、ぼくは教室で大きな声を出した。


「えー! そうたくん、きょうなの?」


「おめでとー!」


「ありがと!」


えへへ。


みんなにおめでとうって言われるの、なんかいいな。


「そうたくん、おたんじょうびおめでとう!」


結衣ちゃんも、にこにこしながら言ってくれた。


「ありがと! ぼく、もう五さいなんだぞ!」


「わたしも五さいだよ?」


「……しってる!」


結衣ちゃんが、くすくす笑った。


むむむ。


なんだか、ちょっと負けた気がする。


でも、きょうはぼくの誕生日だから、いいんだ。


「そうたくん、きょうりゅうであそぼ!」


「いいぞ!」


ぼくは、おもちゃ箱からティラノサウルスを取り出した。


大きな口。


とがった歯。


つよそうな足。


やっぱり、ティラノサウルスはかっこいい!


ぼくは恐竜を持って、そーっと先生の後ろに近づいた。


いっぽ。


にほ。


さんぽ。


……いまだ!


「がおおおおおっ!!」


「きゃあっ!?」


先生が、びくっと飛び上がった。


「もう! 爽太くん!」


「へへー! びっくりした?」


「びっくりしたよー! もう、いたずらばっかり!」


ぼくは、おなかをかかえて笑った。


やった!


だいせいこう!


……と、思ったら。


「う、うえええん……!」


近くにいた、小さい組の子が泣いていた。


ぼくは、ぴたっと止まった。


「……あれ?」


先生が、その子のそばにしゃがむ。


「びっくりしちゃったね。大丈夫だよ」


ぼくも、そっと近づいた。


「……ごめん」


その子は、まだ泣いている。


「こわかった?」


こくん。


……そっか。


ぼくの恐竜、こわかったんだ。


でも。


恐竜より、もっとつよいやつがいる。


「……わかった!」


ぼくは立ち上がった。


「さいきょうをもってくるよ!」


「……?」


おもちゃ箱まで走って、ぼくは一つのぬいぐるみを見つけた。


丸いからだ。


大きな口。


ちょっと、おもしろい顔。


「はい!」


ぼくは、それをその子に差し出した。


「……かば?」


「そう! カバ!」


その子は、涙のついた目で、ぬいぐるみを見た。


「……かば、つよいの?」


「すっごくつよいぞ!」


ぼくは、胸を張った。


「ライオンより、つよいんだ!」


これは、翼おじちゃんが教えてくれたことだ。


まえに動物園に行ったとき、ぼくはライオンがいちばんつよいと思っていた。


でも、翼おじちゃんは言ったんだ。


カバは、すっごくつよいんだぞって。


だから、まちがいない。


「こいつがいれば、もうこわくないぞ!」


その子は、カバをぎゅっと抱きしめた。


「……ほんと?」


「ほんと!」


しばらくすると、その子は泣きやんだ。


ぼくを見て、ちょっとだけ笑った。


「……ありがと」


「へへっ!」


よかった。


先生も、ぼくの頭をなでてくれた。


「爽太くん、優しいね」


「えへへ!」


「でも、次からは大きな声で驚かせないようにね?」


「……はーい」


……五さいって、むずかしいな。


*


お昼ごはんを食べたあと。


ぼくたちは、積み木で遊んでいた。


結衣ちゃんたちが、大きなお城を作っている。


「ここが、おひめさまのおへや!」


「こっちは、おにわ!」


ふーん。


お城か。


……でも。


なんか、足りない。


ぼくは、さっきのティラノサウルスを持ってきた。


そして、そーっと。


お城の入り口に置いた。


「がおー! きょうからここは、きょうりゅうのおしろだー!」


「えーっ!」


結衣ちゃんが、ほっぺたをふくらませた。


「そうたくん! おしろ、こわれちゃうよ!」


「へへー!」


ぼくは恐竜を動かそうとして――


「あっ!」


積み木が、一つぐらぐらした。


……まずい。


ぼくは、あわてて手を伸ばした。


ころん。


積み木が一つ、床に落ちた。


でも、お城はこわれなかった。


「……ふう」


結衣ちゃんが、ぼくを見る。


「そうたくん?」


「……」


「こわさないでね?」


「……うん」


ぼくは、ちょっと考えた。


それから、恐竜をお城の前に置き直した。


「じゃあ、こいつは、もんばん!」


「もんばん?」


「そう! わるいやつが来たら、みんなをまもるんだ!」


結衣ちゃんは、恐竜をじっと見た。


それから。


「……じゃあ、よろしくね!」


って、恐竜の頭をなでた。


「がおっ!」


ぼくが返事をすると、みんなが笑った。


よし。


これで、お城はぜったいに安全だ。


だって、ティラノサウルスがいるんだから!


*


お昼寝が終わって、おやつを食べたころ。


友達が、こんなことを言った。


「ぼくのパパ、すっごくつよいんだぞ!」


「えー! ぼくのパパだってつよいよ!」


「うちのパパは、でっかいトラックうんてんできる!」


「ぼくのパパ、たかいたかいがじょうず!」


みんなが、楽しそうに話している。


ぼくも、聞いていた。


「そうたくんのパパは?」


「……え?」


急に聞かれて、ぼくは口を開いた。


でも。


なにを言えばいいのか、わからなかった。


ぼくのおうちには、ママがいる。


ママは、すっごく優しい。


ごはんもおいしいし、ぎゅーってしてくれる。


ときどき怒るけど。


……けっこう怒るけど。


でも、ぼくはママが大好きだ。


それから。


翼おじちゃんもいる。


星莉奈さんも、結衣ちゃんもいる。


それに。


……悠人おじちゃん。


背が高くて。


車を運転できて。


なんでも知ってて。


ママと一緒にいるとき、よく笑ってる。


ぼくは、悠人おじちゃんが好きだ。


すっごく好きだ。


でも。


みんなが話しているのは、パパのことだ。


「……ぼくは」


ぼくは、少し考えた。


それから、ぐっと胸を張った。


「ぼく、ティラノサウルスよりつよいもん!」


「えーっ!?」


「うそだー!」


「うそじゃない!」


ぼくは両手を上げた。


「がおおおおっ!!」


みんなが笑った。


ぼくも笑った。


でも。


なんでだろう。


胸のところが、ちょっとだけ、もやもやした。


*


夕方。


お迎えの時間になった。


一人、また一人と、友達が帰っていく。


「そうたくん、またあした!」


「うん! またな!」


ぼくは手を振った。


きょうのおむかえは、だれだろう。


ママかな。


それとも、星莉奈さんかな。


そんなことを考えていると。


玄関のほうから、男の人の声が聞こえた。


「すみません」


……あれ?


なんか。


聞いたことのある声だ。


「はい。どちら様でしょうか?」


先生の声。


それから。


「田中爽太くんの代理のお迎えに来ました。一ノ瀬悠人です」


……え?


ぼくは、顔を上げた。


「一ノ瀬さんですね。田中さんから伺っています。少々お待ちください」


……えっ。


えっ、えっ!?


「爽太くん、お迎えだよ」


先生が呼びに来た。


ぼくは、もう走り出していた。


「悠人おじちゃーーーん!!」


玄関にいたのは。


やっぱり。


悠人おじちゃんだった!


「おう、爽太くん」


悠人おじちゃんは、ぼくを見て笑った。


「誕生日おめでとう」


「ありがとー!!」


ぼくは、悠人おじちゃんのところまで走った。


「なんで!? なんで悠人おじちゃんがいるの!?」


「ママから頼まれたんだ。今日は俺がお迎え」


「ほんと!?」


「ああ。帰ろうか」


「うん!!」


ぼくは、悠人おじちゃんの手を握った。


大きくて、あったかい手。


そのとき。


先生たちが、少し離れたところで話しているのが聞こえた。


「ねえ、あの人……すごく格好よくない?」


「うん。爽太くんのお迎えの人だよね?」


「背も高いし……」


ぼくは、ぴくっと耳を動かした。


……かっこいい?


悠人おじちゃんが?


……へへっ。


そうでしょ。


そうでしょ!


ぼくは、ぎゅっと悠人おじちゃんの手を握った。


そして、先生のほうを向いた。


「せんせい!」


「なあに、爽太くん?」


ぼくは、胸をいっぱいに張った。


「ぼくの悠人おじちゃん、かっこいいでしょ!」


先生は、一瞬きょとんとして。


それから、にっこり笑った。


「うん! とっても格好いいね!」


「えへへへ!」


ほら!


やっぱり!


ぼくの悠人おじちゃんは、かっこいいんだ!


悠人おじちゃんは、少しだけ困ったように笑っていた。


「……爽太くん。ちょっと恥ずかしいな」


「なんで?」


「いや……なんでもない」


ぼくは、悠人おじちゃんの手をぶんぶん振った。


きょうは、いい日だ。


五さいになったし。


みんなにおめでとうって言ってもらえたし。


それに。


悠人おじちゃんが、迎えに来てくれた!


*


車に乗ると、悠人おじちゃんが聞いてきた。


「今日、保育園はどうだった?」


「たのしかった!」


「そうか」


「せんせい、びっくりさせた!」


「……おいおい」


「でも、ちゃんとごめんなさいした!」


「なら、よかった」


「それでね! カバあげた!」


「カバ?」


「うん! ないてた子に、さいきょうのカバあげたんだ!」


「ははっ。そうか。爽太くん、カバ好きだもんな」


「うん! ライオンよりつよいんだぞ!」


「ああ、覚えてるよ。動物園でも何回も見に行ったもんな」


「うん!」


悠人おじちゃんが、楽しそうに笑った。


「でも、ティラノサウルスも好きだよな?」


「だいすき!!」


「そっか」


車が、ゆっくり走り出した。


窓の外の景色が、後ろに流れていく。


ぼくは、悠人おじちゃんに聞いた。


「ねえ、悠人おじちゃん」


「ん?」


「きょう、ぼくのおたんじょうびなんだよ」


「ああ。知ってる」


「ママ、ケーキあるかな?」


「どうだろうな」


「きょうりゅうのケーキかな?」


「さあな」


悠人おじちゃんは、なんだかニヤニヤしている。


……あやしい。


ぜったい、なにか知ってる。


「ねえ! おしえて!」


「帰ってからのお楽しみだ」


「えーーーっ!」


ママとおんなじこと言う!


大人って、ずるい!


*


おうちに着いた。


悠人おじちゃんが、玄関のドアを開ける。


「ただいまー!」


ぼくは、大きな声で言った。


すると。


「爽太! おかえりー!」


ママが、にこにこしながら出てきた。


「お誕生日おめでとう!」


「ありがとー!」


ぼくは、ママに飛びついた。


ママは、ぎゅーっと抱きしめてくれた。


「五歳になったね、爽太」


「うん!」


「大きくなったねえ」


「もう、おにいちゃんだぞ!」


「ふふっ。そうだね」


ママは、ぼくのほっぺたに、ちゅっとした。


「……ママ!」


「なあに?」


「ぼく、もう五さいだから!」


「五歳でも、ママの大事な爽太だよ?」


「……むう」


でも。


ちょっと、うれしい。


リビングに入ると、テーブルの上には、ごちそうが並んでいた。


ぼくの好きなハンバーグ。


ポテト。


それから、サラダ。


……サラダは、ちょっとだけでいい。


「うわあああ!」


「今日は爽太の好きなもの、いっぱい作ったよ!」


「やったー!」


そして。


テーブルの真ん中には、大きな箱があった。


「……なにこれ?」


ママが、悠人おじちゃんを見た。


悠人おじちゃんは、ぼくの前にしゃがんだ。


「爽太くん」


「なに?」


「誕生日プレゼントだ」


「……えっ!?」


ぼくは、箱を見た。


「ぼくに!?」


「ああ。開けてみな」


ぼくは、急いでリボンをほどいた。


箱を開ける。


そして。


「…………!!」


ぼくは、息を止めた。


そこにいたのは。


大きくて。


強そうで。


すっごく、すっごく格好いい――


「ティラノサウルスだあああああ!!」


ぼくは、思わず叫んだ。


「うわああ! すげえ! すげえ!!」


恐竜は、大きな口を開けていた。


歯も、足も、しっぽも、ぜんぶ格好いい!


「悠人おじちゃん!!」


「気に入ったか?」


「うん!! すっごく!!」


ぼくは、恐竜をぎゅっと抱きしめた。


「ありがとおおお!!」


悠人おじちゃんは、うれしそうに笑った。


「よかった」


ママも笑っている。


「ふふっ。悠人さん、選ぶの楽しそうでしたもんね」


「……舞ちゃん」


「お店でずっと恐竜見てましたよね?」


「……それは言わなくていい」


「えー? だって、爽太と同じくらい真剣だったんですもん」


ぼくは、悠人おじちゃんを見た。


「悠人おじちゃんも、きょうりゅうすき?」


「……まあ、嫌いじゃないな」


「じゃあ、いっしょにあそぼ!」


「ああ。あとでな」


「やったー!」


ぼくは、恐竜を高く持ち上げた。


「がおおおおっ!!」


ママが、笑った。


悠人おじちゃんも、笑った。


ぼくも、笑った。


*


ごはんを食べたあと。


ケーキが出てきた。


ろうそくは、五本。


ママが、電気を消した。


小さな火が、ゆらゆら揺れる。


「爽太、お誕生日おめでとう!」


「おめでとう、爽太くん」


二人が、歌ってくれた。


ぼくは、ちょっと照れくさかった。


でも。


すっごく、うれしかった。


「さあ、爽太。お願いごとしてから、ふーってしてね」


「うん!」


ぼくは、目を閉じた。


おねがいごと。


……なににしよう。


ティラノサウルスは、もうもらった。


ケーキもある。


ママもいる。


悠人おじちゃんもいる。


……じゃあ。


ぼくは、心の中でお願いした。


あしたも、あさっても。


ママと、悠人おじちゃんと、いっぱい笑えますように。


「ふーーーっ!!」


ろうそくの火が、ぜんぶ消えた。


「やったー!」


ママが拍手してくれた。


悠人おじちゃんも、笑っている。


ぼくは、二人を見た。


そして。


なんだか、言いたくなった。


「ねえ、ママ!」


「なあに?」


「ぼくね、きょう、すっごくたのしかった!」


「そっか。よかったね」


「うん!」


ぼくは、悠人おじちゃんを見た。


「悠人おじちゃん!」


「ん?」


「また、むかえにきてね!」


悠人おじちゃんは、一瞬だけ目を丸くした。


それから。


ゆっくり、笑った。


「ああ。また行くよ」


「やくそくだよ!」


「約束だ」


ぼくは、小指を出した。


悠人おじちゃんも、小指を出してくれた。


ゆびきり。


これで、約束だ。


きょう、ぼくは五さいになった。


五さいになったからって、急に強くなったわけじゃない。


ティラノサウルスにも、まだ勝てないと思う。


でも。


ぼくには、ママがいる。


悠人おじちゃんもいる。


翼おじちゃんも、星莉奈さんも、結衣ちゃんもいる。


みんな、大好きだ。


だから。


ぼくは、きっと。


世界でいちばん、しあわせな五さいだ!

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