第38話「いつも、ここにいるもの」
朝。
目が覚めると、見慣れない天井があった。
……いや。
もう、見慣れないなんて言ったら失礼か。
ここは、俺の部屋だ。
新しく運び込んだ机。二枚並んだモニター。壁際に置かれた本棚。
そして、扉の向こうから聞こえてくる、食器の触れ合う小さな音。
……ああ。
今日も、ここで朝が始まるんだな。
そう思っただけで、なんだか口元が緩んでしまう。
「……おはようございます」
誰もいない部屋で、ひとり呟く。
すると。
コンコン。
「翼くん、起きてますか?」
……っ!!
こ、この声は!!
「は、はいっ! 起きてます!!」
「ふふっ。入ってもいいですか?」
「ど、どうぞ!!」
扉が開く。
そこには、柔らかく微笑む星莉奈さんが立っていた。
「おはようございます、翼くん」
「お、おはようございます……」
「よく眠れました?」
「はい。もう、ぐっすりです」
「それならよかったです」
星莉奈さんは嬉しそうに笑うと、俺のそばへ歩いてくる。
……あ。
そういえば。
毎朝の――。
「……翼くん?」
「は、はいっ!」
「……目、閉じてください」
「…………はい」
俺は素直に目を閉じた。
頬に、そっと手が添えられる。
そして。
唇に、柔らかい感触。
ほんの一瞬。
それだけなのに。
「……ふにゃあ……」
俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。
「ふふっ。翼くん?」
「……だ、だめです……」
「何がですか?」
「……朝から、幸せすぎます……」
「ふふっ。困りましたね」
「……ほんとに、困ってます……」
星莉奈さんがくすくす笑う。
……俺。
これ、毎朝耐えられるのか?
いや、耐えられなくてもいいか。
幸せだから。
「さあ、朝ごはんにしましょう?」
「……はい」
差し出された手を取って、俺は立ち上がった。
今日も、いい一日になりそうだ。
*
「つーくん!!」
リビングへ入った途端、小さな声が飛んできた。
「おはよー!!」
「おはよう、結衣ちゃん」
「きょうね! クロブタロウがね!」
「うんうん」
「おみせやさん、やめるんだって!」
「えっ!?」
思わず足が止まった。
「く、クロブタロウが!?」
「うん!」
「ど、どうして!?」
結衣ちゃんは真剣な顔で答えた。
「りんご、ぜんぶたべちゃったから!」
「店の商品を!?」
「うん!」
……クロブタロウ。
お前、ついにやっちまったのか。
「だからね、きょうからパンやさん!」
「転職が早い!!」
「えへへ!」
キッチンから星莉奈さんの笑い声が聞こえた。
「翼くん、結衣の話、ちゃんと聞いてあげてくださいね」
「き、聞いてますよ!? ただ、クロブタロウの経営方針が気になって……!」
「けーえー?」
結衣ちゃんが首を傾げる。
「……ううん。なんでもないよ」
「じゃあ、つーくんはパン、いくつかう?」
「えっ」
「クロブタロウのパンやさん!」
……なるほど。
朝食前から営業開始か。
「じゃあ、一つください」
「ごひゃくえん!」
「高いな!?」
「えへへ!」
……まあ、いいか。
今日もクロブタロウ商店は平和らしい。
たぶん。
*
カフェ『リアン』。
店内には、穏やかな時間が流れていた。
「星莉奈さん、三番テーブルのお片付け終わりました!」
「ありがとう、舞ちゃん。少し落ち着きましたね」
「ですねー!」
舞がカウンターへ戻ってくると、入り口のベルが軽やかに鳴った。
カラン、カラン。
「あら、こんにちは」
「あっ、鈴さん! いらっしゃいませ!」
星莉奈が顔を上げる。
そこには、いつもの優しい笑顔を浮かべた鈴が立っていた。
「こんにちは、星莉奈ちゃん。舞ちゃんも、元気そうねぇ」
「はい! 元気いっぱいですよ!」
「ふふ。いいことねぇ」
鈴はゆっくりと店内を見渡すと、いつもの窓際の席へ向かった。
「いつものコーヒーでよろしいですか?」
「ええ。お願いね」
「かしこまりました」
星莉奈がカウンターへ戻る。
その間に、鈴はポケットから小さなものを取り出した。
古びた懐中時計。
くすんだ金色の表面には、長い年月を感じさせる細かな傷が刻まれている。
鈴はそれを、いつものようにテーブルの端へそっと置いた。
まるで、いつもの席にもう一人分の場所を作るように。
やがて、星莉奈がコーヒーを運んできた。
「お待たせしました」
「ありがとうねぇ」
カップを置いた星莉奈は、ふと懐中時計へ目を向けた。
「……鈴さん」
「あら、なあに?」
「その時計、いつも持っていらっしゃいますよね」
鈴は懐中時計を見つめると、嬉しそうに目を細めた。
「あら。よく見てるわねぇ」
「前から素敵だなって思ってたんです」
「ふふ。ありがとう」
そこへ、舞も顔をのぞかせる。
「あっ! その時計、私も気になってました!」
「まあ、二人とも」
「ちょっと見てもいいですか?」
「ええ、もちろんよ」
舞は少し身をかがめ、懐中時計を覗き込んだ。
「わあ……なんか、すっごくおしゃれですね!」
「ふふ。そうでしょう?」
「……あれ?」
舞が首を傾げた。
「でも、鈴さん。この時計……」
「どうしたの?」
「針、止まってません?」
星莉奈もそっと時計を覗き込む。
「……あ。本当ですね」
鈴は、あっさりと頷いた。
「ええ。もう、ずいぶん前から動かないのよ」
「そうだったんですね……」
「直したりはしないんですか?」
舞が尋ねると、鈴は小さく笑った。
「そうねぇ。古い時計だから、なかなかね」
そして、懐中時計の蓋を指先で優しく撫でる。
「でも、動かなくても大切なものなのよ」
「……大切なもの?」
「ええ」
鈴は、少しだけ遠くを見るような目をした。
「大好きな人が、くれたものだから」
星莉奈と舞は、顔を見合わせた。
「……大好きな人、ですか?」
「ふふ。そうよ」
「なんだか、素敵ですね」
星莉奈が微笑む。
鈴も、嬉しそうに笑った。
「とっても素敵な人なのよ」
「……今も、大好きなんですね」
「もちろん」
その答えに、迷いはなかった。
「今も、ずーっと大好きよ」
星莉奈は、その優しい笑顔を見つめた。
長い時間が経っても、変わらない想い。
そんなものが、本当にあるんだ。
そう思うと、なんだか胸の奥が温かくなった。
「……いいですね、そういうの」
「ふふ。ありがとうねぇ」
鈴はコーヒーを一口飲む。
そして。
「……でもねぇ、星莉奈ちゃん」
「はい?」
「あなたも最近、そんなお顔をしてるじゃない?」
「……え?」
星莉奈が目を瞬かせる。
鈴は、いたずらっぽく微笑んだ。
「朝倉さんとは、仲良くしてるの?」
「……っ!?」
「ふふふ。いいお顔ねぇ」
「えっ、あ、あの……!」
「朝倉さんがいらっしゃるとき、星莉奈ちゃん、とっても嬉しそうだもの」
「み、見てたんですか!?」
「ふふ。そりゃあ、いつもここにいるもの」
鈴は楽しそうに笑った。
「最初の頃なんて、朝倉さん、星莉奈ちゃんに話しかけるだけで緊張してたわよねぇ」
「そ、それは……!」
「でも最近は、ずいぶん自然に笑い合うようになったわねぇ」
星莉奈の頬が、じわじわと赤く染まっていく。
「……そんなに、分かりやすかったですか?」
「ふふ。とっても」
すると、隣で舞が吹き出した。
「ぷっ! あはは! 鈴さん、よく見てますねー!」
「ま、舞ちゃん……!」
「いやいや、朝倉くん、ほんっと分かりやすいですから!」
舞は楽しそうに笑いながら続ける。
「しかも鈴さん! 実は星莉奈さん、朝倉くんと一緒に暮らし始めたんですよ!」
「ま、舞ちゃん!?」
「あらまあ!」
鈴はぱっと顔を輝かせた。
「それはそれは! おめでとう、星莉奈ちゃん!」
「……あ、ありがとうございます……」
「ふふふ。朝倉さん、優しそうな方だものねぇ」
「……はい」
星莉奈は、恥ずかしそうに微笑んだ。
「……とっても、優しい人です」
「あらあら。ごちそうさま」
「す、鈴さんっ!」
鈴と舞が声を上げて笑う。
ところが。
「……ところで、舞ちゃん?」
「はい?」
「あなたも、人のことは言えないんじゃない?」
「……へ?」
舞の笑顔が止まった。
鈴は、にこにこと続ける。
「一ノ瀬さんがいらっしゃると、いつも嬉しそうにしてるもの」
「なっ……!?」
「最近は特にねぇ」
「ちょ、ちょっと鈴さん!?」
「ふふふ。違ったかしら?」
「えっ、いや、その……!」
さっきまで星莉奈をからかっていた舞が、今度は真っ赤になっている。
星莉奈は、そんな舞を見つめた。
そして。
にっこり。
「……鈴さん」
「なあに、星莉奈ちゃん?」
「実は舞ちゃんも、最近お付き合いを始めたんですよ」
「星莉奈さあああん!?」
「あらまああ!」
鈴は嬉しそうに手を合わせた。
「まあまあ! 二人とも幸せいっぱいなのねぇ!」
「も、もう! 鈴さんまで!」
「ふふふ。いいじゃないの。恋をしている女の子は、いくつになっても可愛いものよ」
「ううう……」
舞がカウンターに突っ伏す。
星莉奈は、そんな舞の肩をぽんぽんと叩いた。
「ふふっ。舞ちゃん、さっきは楽しそうでしたね?」
「……星莉奈さん、覚えててくださいよぉ……!」
「ふふふっ」
鈴は、二人のやり取りを眺めながら、ゆっくりとコーヒーを口に運んだ。
「……ああ、おいしい」
「ありがとうございます、鈴さん」
「やっぱり、ここのコーヒーが一番ねぇ」
カップから立ち上る湯気。
星莉奈と舞の笑い声。
そして、鈴の楽しそうな笑顔。
いつものリアンには、いつもの時間が流れていた。
その傍らには、針の止まった懐中時計が、静かに置かれていた。
*
夜。
夕食を終え、お風呂にも入った結衣ちゃんは、すっかり眠そうな顔をしていた。
「……つーくん」
「ん? どうしたの?」
「……クロブタロウ、ねむいって……」
「そっか。じゃあ、そろそろ寝ようか」
「……うん」
結衣ちゃんはクロブタロウをぎゅっと抱きしめた。
星莉奈さんが優しく頭を撫でる。
「結衣、歯磨きは?」
「……したぁ……」
「ふふ。えらいですね」
「……つーくんも、えらい?」
「えっ?」
突然の質問。
「お、俺?」
「うん……」
「え、えらい……かな?」
「……えらいよぉ……」
……っ!!
結衣ちゃああああん!!
その一言だけで、俺は今日一日頑張ってよかったと思えます!!
「ふふっ。翼くん、嬉しそう」
「そ、それはもう……!」
「じゃあ、結衣を寝かせてきますね」
「はい。お願いします」
「つーくん、おやすみぃ……」
「おやすみ、結衣ちゃん」
小さな手が、ふりふりと揺れた。
俺も手を振り返す。
やがて、寝室の扉が静かに閉まった。
……ふう。
なんだか、こういう時間にも少しずつ慣れてきた気がする。
でも。
慣れたからって、当たり前にはしたくない。
結衣ちゃんの「おやすみ」も。
星莉奈さんの「おかえり」も。
全部、大切にしたい。
そう思いながら、俺はキッチンへ向かった。
*
「……翼くん?」
しばらくして、星莉奈さんがリビングへ戻ってきた。
「結衣ちゃん、寝ました?」
「はい。クロブタロウを抱っこしたまま、ぐっすりです」
「ふふ。そっか」
「……あれ?」
星莉奈さんが、俺の手元を見た。
「コーヒーですか?」
「はい。星莉奈さんも、どうかなと思って」
「……私の分も?」
「もちろんです」
俺は、二つのマグカップを持ち上げた。
「……よかったら、少しだけ外で飲みませんか?」
星莉奈さんは一瞬驚いた顔をして。
それから、嬉しそうに笑った。
「……はい。ぜひ」
*
ベランダに出ると、静かな夜の空気が頬に触れた。
遠くに見える街の明かり。
頭上には、小さな星々が瞬いている。
「……綺麗ですね」
星莉奈さんが呟いた。
「ですね」
俺たちは並んで椅子に腰を下ろし、コーヒーを一口飲んだ。
……ああ。
なんだろう。
こういうの、すごくいいな。
誰かと一緒に暮らすって、もっと賑やかなものだと思っていた。
もちろん、結衣ちゃんがいると毎日が賑やかだ。
クロブタロウは突然パン屋になるし。
りんごは全部食べるし。
でも。
こんなふうに、何も話さず、同じ空を眺める時間もあるんだな。
「……翼くん」
「はい?」
「今日、鈴さんがいらっしゃったんです」
「ああ、鈴さん」
「はい。舞ちゃんと三人で、いろいろお話しして」
「へえ。何の話ですか?」
「……ふふっ」
……ん?
なんだ、その笑顔。
「……星莉奈さん?」
「翼くんの話も、しましたよ?」
「……えっ」
「鈴さん、私たちのこと、ずっと見てくださってたみたいで」
「……ええっ!?」
「最初の頃、翼くんが私に話しかけるだけで緊張してたって」
「な、なんで知ってるんですかあああっ!?」
思わず声が裏返った。
星莉奈さんは、口元に手を添えて笑う。
「ふふっ。『いつもここにいるもの』って」
「……鈴さあああん……!」
あの人。
そんなところまで見てたんですか!?
いや、確かに常連さんだけど!!
俺の緊張まで観察されてたとは!!
「でも……」
星莉奈さんが、少しだけ声を柔らかくした。
「……なんだか、嬉しかったです」
「……嬉しかった?」
「はい。私たちが少しずつ近づいていったことを、見ていてくれた人がいたんだなって」
「……ああ」
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……そうですね」
リアンには、たくさんの思い出がある。
星莉奈さんと出会った場所。
結衣ちゃんと仲良くなった場所。
舞ちゃんや悠人とも、何度も笑い合った場所。
そして、鈴さんがいつも座っている、あの窓際の席。
「……鈴さんって、いい人ですよね」
「はい。とっても」
星莉奈さんは微笑んだ。
「……今日、懐中時計のお話も聞いたんです」
「懐中時計?」
「ええ。いつもコーヒーの隣に置いている、古い時計です」
「ああ……そういえば、見たことがあるかも」
「もう、ずいぶん前から動かないそうなんです」
「……そうなんですか」
「でも、大好きな人からもらった、とても大切な時計なんですって」
俺は、星莉奈さんの横顔を見た。
星莉奈さんは、夜空を眺めながら続ける。
「……今も、ずっと大好きなんですって」
「……そっか」
「素敵ですよね」
「……はい」
俺も、空を見上げた。
ずっと大好きな人。
時間が経っても、変わらない想い。
……なんだか、いいな。
「……俺も」
「……はい?」
「……そういうふうに、なれたらいいなって思います」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
……あれ?
俺、今、何を言った?
これ、かなり恥ずかしいこと言ってないか!?
「……翼くん」
「は、はいっ!」
星莉奈さんが、そっと微笑む。
「……私も、です」
……っ!!
やめてください!!
そんな優しい顔で言わないでください!!
心臓が!!
俺の心臓がああああ!!
「……ふふっ」
星莉奈さんが笑う。
「翼くん、顔、赤いですよ?」
「そ、そりゃ赤くもなりますよ……!」
「どうしてですか?」
「……星莉奈さんが、かわいいからです」
「……っ!」
今度は、星莉奈さんの頬が赤くなった。
……お。
珍しく反撃成功。
「……もう。翼くんったら」
「……へへ」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
*
しばらくして。
星莉奈さんが、ふと夜空の一点を見つめた。
「……あ」
「どうしました?」
「……翼くん。覚えてますか?」
「……何をですか?」
「前に、北極星のお話をしてくれたでしょう?」
……北極星。
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「……はい。覚えてます」
「ふふ。よかった」
星莉奈さんは、マグカップを両手で包んだ。
「私ね、あのときの翼くんの横顔が、すごく印象に残ってるんです」
「……え?」
……よ、横顔?
「……お、俺のですか?」
「はい」
「……な、なんでまた……」
「ふふっ」
星莉奈さんは、少しだけ考えるように空を見上げた。
「……なんでしょうね」
「ええっ!?」
「うまく言えないんですけど……」
そして、ゆっくりと俺を見る。
「……とても、優しい顔をしていたんです」
「…………」
「北極星のお話をしている翼くんが、なんだか……」
そこで、星莉奈さんは小さく微笑んだ。
「……ずっと、覚えていたいなって」
…………。
……あ。
だめだ。
これは。
これは、だめなやつだ。
「……つ、翼くん?」
「……すみません」
「え?」
「……ちょっと、待ってください……」
俺は、思わず夜空を見上げた。
……顔が熱い。
ものすごく熱い。
なんでこの人は、こんなことをさらっと言えるんですか!?
俺がどれだけ嬉しくなるか、分かってるんですか!?
「……ふふっ。照れてるんですか?」
「……照れますよ、そりゃ……」
「どうして?」
「……だって」
俺は、隣に座る星莉奈さんをちらりと見た。
「……好きな人に、そんなこと言われたら……」
「……っ」
星莉奈さんが、ぱちぱちと瞬きをする。
それから、少しだけ頬を染めた。
「……もう」
「……はい」
「……そういうところ、ずるいです」
「ええっ!? 俺が!?」
「ふふっ。はい」
……なんでですかああああっ!?
先に照れさせてきたの、星莉奈さんじゃないですかあああ!!
でも。
……まあ、いいか。
星莉奈さんが笑ってくれているなら。
俺は、もう一度空を見上げた。
あの日と同じように、夜空には星が瞬いている。
北極星。
昔から、旅人たちの道しるべになってきた星。
……不思議だな。
前にその話をしたときと、今とでは。
同じ星を見ているはずなのに、感じるものが少し違う。
「……翼くん」
「はい?」
「……また、こうして星を見ましょうね」
星莉奈さんが、そっと俺の肩に寄りかかった。
「……はい」
俺も、静かに答えた。
「……何度でも」
星莉奈さんの手が、俺の手に重なる。
俺は、その手をそっと握り返した。
部屋の向こうでは、結衣ちゃんが眠っている。
隣には、大好きな星莉奈さんがいる。
そして頭上には、変わらず星が輝いていた。
……今はまだ。
この時間が、ただ嬉しい。
それだけで、十分だった。
俺たちはしばらく、何も言わずに夜空を見上げていた。
二つのマグカップから立ち上る湯気が、ゆっくりと夜に溶けていった。




