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第20話「失恋祝いは三人で」

失恋祝い。


世の中には、いろんな祝い事がある。


誕生日、結婚、就職、昇進。


どれも、基本的には喜ばしい出来事だ。


けれど。


失恋を祝うというのは、いったいどういうことなんだろう。


そんなことを考えるようになったのは、数日前のことだった。


『悠人さん! 焼肉、いつにします!?』


仕事終わりに届いたメッセージ。


送り主は、田中舞ちゃん。


リアンで働く、いつも元気な女性だ。


『焼肉?』


そう返信すると、すぐに返事が来た。


『忘れたんですか!? 失恋祝いですよ!』


「ああ……」


思わず声が漏れた。


そういえば、そんな約束をした。


朝倉くんと星莉奈さんが付き合い始めたと知った日。


舞ちゃんに、半ば強引に誘われたのだった。


『あれ、本当にやるんだ?』


『当たり前じゃないですか! 約束ですよ!』


『わかった、わかった(笑)』


『じゃあ土曜日で! お店は私が探します!』


……決断が早い。


俺の予定を聞くより先に、店を探す宣言までしている。


『土曜日なら空いてるよ』


『やったー! 楽しみにしてます!』


画面いっぱいに、喜んでいるスタンプが表示された。


俺は思わず笑ってしまった。


(……失恋したの、俺なんだけどな)


どうして誘った側が、こんなに楽しそうなんだろう。


でも。


不思議と、嫌な気はしなかった。


*


土曜日の夕方。


待ち合わせ場所に着いた俺は、スマートフォンで時間を確認した。


約束の五分前。


どうやら、少し早く着いたらしい。


駅前には、買い物帰りの家族や、これから食事に向かうらしい人たちが行き交っている。


そんな人混みの向こうから。


「悠人さーん!」


聞き覚えのある声が響いた。


顔を上げると、舞ちゃんが大きく手を振っていた。


今日は仕事のときとは違って、カジュアルな服装だ。


栗色の髪をいつものようにポニーテールにまとめている。


そして。


その隣には、小さな男の子がいた。


「おじちゃーん!」


「……あれ?」


俺は思わず目を丸くした。


「爽太くん?」


「おじちゃん! やきにく!」


爽太くんは、舞ちゃんの手を離すと、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「おっと」


勢いよく飛びついてきた小さな身体を、慌てて受け止める。


「元気だなぁ、爽太くん」


「おにく! いっぱいたべる!」


「ははっ。そうかそうか」


少し遅れて、舞ちゃんがやってきた。


「悠人さん、お待たせしました!」


「いや、俺も今来たところだけど……」


俺は爽太くんを見下ろした。


「今日は三人だったんだ?」


「はい!」


舞ちゃんは、当然のように頷いた。


「爽太も焼肉大好きなんですよ!」


「そっか」


「……あれ? もしかして、二人の方がよかったです?」


「いやいや、全然!」


俺は慌てて首を振った。


「むしろ賑やかでいいよ」


「よかったー!」


舞ちゃんは、ほっとしたように笑った。


「ほら、爽太。悠人さんにご挨拶!」


「おじちゃん!」


「うん?」


「きょうは、いっぱいたべるぞー!」


「……それ、挨拶?」


「えへへ!」


舞ちゃんが吹き出した。


「もう! 誰に似たんだか!」


……いや。


たぶん、目の前にいる人だと思う。


でも、それを口にするのはやめておいた。


*


舞ちゃんが予約してくれたのは、駅から少し歩いたところにある焼肉店だった。


家族連れも多く、店内は賑やかだ。


案内されたのは、四人掛けのテーブル席。


舞ちゃんと爽太くんが並んで座り、俺は向かい側に腰を下ろした。


「さあ!」


メニューを開いた舞ちゃんが、目を輝かせる。


「今日はいっぱい食べましょう!」


「おー!」


爽太くんが、両手を上げた。


俺もつられて笑ってしまう。


「舞ちゃん、ずいぶん気合い入ってるね」


「もちろんです! 失恋祝いですから!」


「……声、大きいって」


「え?」


「周りに聞こえるだろ」


「あっ」


舞ちゃんが、慌てて口を押さえた。


そして、小声になる。


「……失恋祝いですから」


「言い直さなくてもいいよ!」


「えへへ」


……まったく。


この人といると、調子が狂う。


「おじちゃん!」


今度は爽太くんが身を乗り出した。


「しつれんって、なに?」


「…………」


「…………」


俺と舞ちゃんの動きが止まった。


「え、えーっと……」


舞ちゃんが、必死に言葉を探している。


俺は苦笑しながら答えた。


「好きな人に、好きになってもらえなかったってことかな」


「ふーん」


爽太くんは、少し考え込んだ。


そして。


「じゃあ、おじちゃん、かわいそう!」


「……ぐっ」


胸に、何かが刺さった気がした。


「爽太!」


舞ちゃんが慌てて声を上げる。


「そんなこと言っちゃダメでしょ!」


「だって、かわいそうだもん!」


「……ははっ」


俺は、思わず笑ってしまった。


「いいよ、舞ちゃん。間違ってないし」


「もう……すみません、悠人さん」


「いや、むしろ清々しいよ」


すると。


爽太くんが、俺をじっと見つめた。


「おじちゃん」


「ん?」


「ぼくは、おじちゃんすきだよ!」


「…………」


予想していなかった言葉だった。


「……そっか」


俺は、自然と笑顔になった。


「ありがとな、爽太くん」


「うん!」


爽太くんは、満足そうに頷いた。


その隣で、舞ちゃんがにこにこと笑っている。


「よかったですね、悠人さん!」


「……何が?」


「一人には好かれてますよ!」


「慰め方が雑すぎない!?」


舞ちゃんが声を上げて笑った。


俺も、つられて笑った。


(……なんだこれ)


まだ肉も焼いていないのに。


もう、ずいぶん楽しい。


*


「おにく! おにく!」


爽太くんの声に急かされながら、俺はトングで肉を網の上に並べた。


じゅうっ、と。


香ばしい音が響く。


「おおー!」


爽太くんが、目を輝かせた。


「すごい! おじちゃん、じょうず!」


「お、そう?」


「うん!」


……なんだ。


さっきまで散々な言われようだったけど、褒められると嬉しいものだ。


「悠人さん、焼くの上手ですね」


舞ちゃんも感心したように言った。


「まあ、これくらいはね」


少し得意げになって、肉をひっくり返す。


すると。


「あっ!」


爽太くんが、声を上げた。


「おじちゃん!」


「ん?」


「それ、こげてる!」


「……えっ?」


慌てて網を見る。


端に置いていた一枚が、少し焼きすぎていた。


「……あ」


「へたっぴー!」


「さっき上手って言ったじゃん!」


「ママのほうがじょうず!」


舞ちゃんが、堪えきれずに吹き出した。


「あはははっ! 悠人さん、残念!」


「いや、舞ちゃんまで!?」


「ほらほら、私に任せてください!」


舞ちゃんは、得意げにトングを受け取った。


「焼肉はですね、タイミングが大事なんですよ!」


「へえ」


「こうやって、ちゃんと見て……」


じゅうっ。


「……あっ」


「……ん?」


舞ちゃんの手が止まった。


網の上で、一枚の肉が少し縮んでいる。


「……舞ちゃん?」


「…………」


「……焦げてない?」


「……これは」


舞ちゃんは、真剣な顔で答えた。


「香ばしさを出してるんです!」


「絶対違うだろ!」


「ママもへたっぴー!」


爽太くんの一言で、俺たちは同時に吹き出した。


「ちょっと爽太! ママは上手でしょ!」


「おじちゃんとおんなじ!」


「……はははっ!」


「悠人さん、笑いすぎです!」


……ああ。


本当に、賑やかだ。


それからは、舞ちゃんと交代で肉を焼いた。


爽太くんの分は、しっかり火が通ったものを小さく切って取り分ける。


熱くないか確かめてから、皿を渡した。


「ほら、爽太くん。どうぞ」


「いただきまーす!」


小さな口で、ぱくりと食べる。


もぐもぐ。


もぐもぐ。


「……おいしい!」


その顔を見て、舞ちゃんが嬉しそうに笑った。


「よかったね、爽太」


「うん!」


俺も、つい笑顔になる。


自分が食べるより、誰かがおいしそうに食べている姿を見る方が嬉しいなんて。


……少し、不思議だった。


*


「そういえば、悠人さん」


舞ちゃんが、サンチュを手に取りながら言った。


「朝倉くん、元気でした?」


「ああ。こないだ一緒に飯食ったよ」


「えっ! 二人で!?」


「うん」


「へえー! 男同士のデートですね!」


「……その言い方やめない?」


「で、どうでした?」


「どうって?」


「仲良くなれました?」


俺は、少しだけ笑った。


「……うん。なれたと思う」


「おおー!」


舞ちゃんが、嬉しそうに声を上げた。


「よかったじゃないですか!」


「まあね」


「朝倉くん、いい人ですもんね」


「ああ」


俺は、素直に頷いた。


「……本当に、いいやつだよ」


動物園での出来事。


あの日、俺が抱えていた後悔。


そして、朝倉くんと交わした言葉。


あの夜を思い出すと、胸の奥が少し温かくなる。


「……今度は、翼も誘ってみようかな」


「……翼?」


舞ちゃんが、目を丸くした。


「あれ? いつの間に名前呼びになったんですか!?」


「この前から」


「えー! 何それ! めっちゃ仲良しじゃないですか!」


「……そんなに驚くこと?」


「だって、悠人さんって、誰とでも仲良くできそうなのに、意外と距離感あるじゃないですか」


「……そうかな」


「ありますよ!」


舞ちゃんは、きっぱりと言った。


「でも、いいですね。男同士の友情!」


「……舞ちゃん、なんか楽しそうだね」


「そりゃそうですよ!」


そう言って、舞ちゃんは笑った。


「大事な人たちが仲良くしてるのって、嬉しいじゃないですか」


「…………」


俺は、少しだけ驚いた。


大事な人たち。


その言葉が、妙に自然に聞こえたからだ。


舞ちゃんにとっては、きっと特別な意味なんてない。


でも。


そうやって人とのつながりを大切にできるところが、この人らしいと思った。


「……そうだな」


俺も、笑った。


「俺も、嬉しいよ」


*


食事が進むにつれて、爽太くんの動きが少しずつ鈍くなってきた。


さっきまで元気いっぱいだったのに、今は椅子の背もたれに身体を預けている。


「……ママ」


「ん?」


「……ねむい」


舞ちゃんが、優しく笑った。


「もう? さっきまであんなに元気だったのに」


「……ねむいの」


「そっかそっか」


舞ちゃんは、おしぼりで爽太くんの口元を拭いてやった。


「お腹いっぱいになったもんね」


「……うん」


爽太くんは、舞ちゃんの腕にくっついた。


舞ちゃんは、そんな息子の頭をそっと撫でる。


「……よしよし」


その声は、いつもよりずっと柔らかかった。


リアンで働いているときの舞ちゃんは、とにかく明るい。


よく笑って、よく喋って。


星莉奈さんをからかったり、俺に遠慮なく突っ込んできたり。


でも。


今、目の前にいる舞ちゃんは。


ちゃんと、一人の母親だった。


……いや。


最初から、そうだったんだ。


俺が、その一面をあまり知らなかっただけで。


「……舞ちゃん」


「はい?」


「毎日、大変じゃない?」


「……え?」


「仕事して、家のことして、爽太くんのことも見て」


俺は、眠そうな爽太くんを見た。


「……一人で全部やるのって、簡単じゃないだろ」


舞ちゃんは、少しだけ目を丸くした。


そして。


「……そりゃ、大変ですよ」


小さく笑った。


「朝はなかなか起きないし、着替えさせようとすると逃げるし」


「……ははっ」


「保育園に行く直前になって、急におもちゃ探し始めたりするんですよ?」


「それは大変だ」


「そうなんです!」


舞ちゃんは、困ったように笑った。


「仕事が終わったら買い物して、ご飯作って、お風呂入れて……」


「……うん」


「寝かしつけてたら、私まで寝ちゃうこともあります」


「……そっか」


「でも」


舞ちゃんは、隣の爽太くんを見た。


「……この子が笑ってくれると、まあいっかって思えるんですよね」


「…………」


「疲れてても、嫌なことがあっても」


その手が、爽太くんの髪を優しく撫でる。


「……ママ、大好きって言ってくれるだけで、また頑張ろうって思えるんです」


舞ちゃんは、少し照れくさそうに笑った。


「……なんか、真面目な話しちゃいましたね」


「……いや」


俺は、首を振った。


「……すごいなって思った」


「……え?」


「舞ちゃん、すごいよ」


「…………」


「俺だったら、毎日そんなに頑張れるかわからない」


舞ちゃんは、少しだけ視線を落とした。


「……そんなことないですよ」


「……うん?」


「私だって、全然ちゃんとしてないですし」


そう言って、苦笑する。


「怒っちゃう日もあるし、疲れて何もしたくない日もあります」


「……そっか」


「でも、まあ……」


舞ちゃんは、眠そうな爽太くんを抱き寄せた。


「……この子のお母さんですから」


その笑顔を見て。


俺は、なんだか胸の奥が温かくなった。


(……強いな)


派手なことをするわけじゃない。


誰かに褒められるためでもない。


ただ、毎日。


大切な人のために頑張っている。


……そういう強さも、あるんだな。


「……舞ちゃん」


「はい?」


「爽太くん、幸せだと思うよ」


「…………」


舞ちゃんは、一瞬だけ目を丸くした。


そして。


「……もう」


少しだけ頬を赤くして、笑った。


「悠人さん、そういうことサラッと言うの、ずるいですよ」


「……え?」


「何でもないです!」


舞ちゃんは、慌てたようにメニューを閉じた。


「さ! そろそろ帰りましょうか!」


「……ああ、うん」


……何か変なことを言っただろうか。


でも。


舞ちゃんの笑顔が、いつもより少しだけ柔らかく見えた。


*


店を出ると、夜風が心地よかった。


爽太くんは、舞ちゃんと手をつなぎながら、眠そうに歩いている。


「……爽太、大丈夫?」


「……だいじょうぶ」


そう言いながら、大きなあくびをする。


俺は、思わず笑った。


「無理するなよ、爽太くん」


「……うん」


しばらく歩いたところで、爽太くんが俺を見上げた。


「……おじちゃん」


「ん?」


「……また、おにくたべようね」


「もちろん」


俺は、笑って頷いた。


「また行こうな」


「……ママも?」


「当たり前だろ?」


爽太くんは、満足そうに笑った。


そして。


「……じゃあ」


「ん?」


「……つぎも、おじちゃんがおかねだしてね!」


「…………えっ?」


俺は、思わず足を止めた。


舞ちゃんが、吹き出す。


「あはははっ!」


「ちょっと待って、爽太くん!?」


「えへへ!」


「爽太! 誰にそんなこと教わったの!」


舞ちゃんが、笑いながら言った。


俺は、じっと舞ちゃんを見た。


「……舞ちゃんじゃない?」


「なんで私なんですか!?」


「いや、なんとなく」


「失礼ですね!?」


「はははっ!」


爽太くんも、つられて笑い出した。


「ママ、おじちゃん、なかよし!」


「……え?」


舞ちゃんが、目を瞬かせる。


俺も、少し驚いた。


すると爽太くんは、にこにこしながら続けた。


「だって、ずっとわらってる!」


「…………」


「…………」


俺と舞ちゃんは、顔を見合わせた。


そして。


「……確かに」


「……ですね!」


また、笑ってしまった。


*


駅前まで戻ると、そろそろ別れる時間になった。


「悠人さん、今日はありがとうございました!」


舞ちゃんが、ぺこりと頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ」


俺は、笑った。


「……楽しかったよ」


「本当ですか?」


「うん。久しぶりに、何も考えずに笑った気がする」


舞ちゃんは、少しだけ驚いた顔をした。


それから。


にっと、いつもの笑顔を浮かべた。


「じゃあ!」


「ん?」


「失恋祝い、大成功ですね!」


「……ははっ」


俺は、思わず笑った。


「そうだな」


「よかったー!」


舞ちゃんは、心底嬉しそうに笑っていた。


……本当に。


この人は、まっすぐだ。


「……舞ちゃん」


「はい?」


「また、飯行こうな」


「……え?」


舞ちゃんが、少しだけ目を丸くした。


「……今度は、失恋祝いじゃなくてさ」


俺は、笑った。


「普通に、おいしいもの食べに行こう」


舞ちゃんは、しばらく俺を見つめていた。


そして。


「……もちろんです!」


嬉しそうに頷いた。


「次は何食べます?」


「……もう次の話?」


「だって、楽しみじゃないですか!」


「ははっ。そうだな」


そのとき。


「おじちゃん!」


爽太くんが、眠そうな声で呼んだ。


「ん?」


「……つぎは、ハンバーグ!」


「……また肉!?」


「おにく、すき!」


「……はははっ!」


舞ちゃんも笑った。


「じゃあ、次はハンバーグですね!」


「……決定なんだ?」


「はい!」


……どうやら。


次の食事も、俺に選択権はないらしい。


でも。


それも悪くないと思った。


「じゃあ、おやすみ。爽太くん」


「……おやすみ、おじちゃん」


「舞ちゃんも、気をつけて帰ってね」


「はい! 悠人さんも!」


舞ちゃんは、笑顔で手を振った。


爽太くんも、小さな手を振る。


俺も、二人に手を振り返した。


やがて。


二人の姿が、人混みの向こうに消えていく。


俺は、しばらくその方向を見つめていた。


*


失恋祝い。


最初に聞いたときは、変な言葉だと思った。


好きだった人が、別の誰かと幸せになる。


それを知ったとき、胸が痛まなかったわけじゃない。


でも。


朝倉くん――いや、翼と話して。


今日、舞ちゃんと爽太くんと笑って。


少しずつ、わかってきた気がする。


何かを失ったからといって。


それで、全部が終わるわけじゃない。


新しく始まるものだって、きっとある。


「……失恋祝い、か」


俺は、小さく呟いた。


そして、笑った。


「……案外、悪くなかったな」


スマートフォンが震えた。


画面を見ると、舞ちゃんからメッセージが届いていた。


『悠人さん! 今日はありがとうございました!』


続けて、もう一件。


『爽太が、またおじちゃんとお肉食べたいって言ってます(笑)』


俺は、思わず笑った。


『こちらこそ、ありがとう。俺も楽しかったよ』


少し考えてから、もう一文。


『今度はハンバーグだな(笑)』


送信すると、すぐに返信が来た。


『約束ですよ!!』


……本当に、元気な人だ。


俺はスマートフォンをポケットにしまい、夜空を見上げた。


(……また、会いたいな)


ふと、そんなことを思った。


それが舞ちゃんに対してなのか。


爽太くんに対してなのか。


それとも。


二人と過ごす、あの賑やかな時間に対してなのか。


今の俺には、まだわからない。


ただ。


もう一度、三人で笑いたい。


そう思った。


*


一方、その頃。


帰り道を歩く舞は、眠そうな爽太の手を握っていた。


「……ママ」


「ん?」


「……おじちゃん、またくる?」


「うん。またご飯行こうって」


「……やったぁ」


爽太は、嬉しそうに笑った。


その顔を見て、舞も笑う。


「……ふふっ」


今日の焼肉。


思っていた以上に、楽しかった。


悠人は、爽太の相手を嫌な顔ひとつせずにしてくれた。


肉を焼いてくれて。


くだらないことで笑って。


それから。


『舞ちゃん、すごいよ』


ふと、あの言葉を思い出す。


「…………」


舞は、少しだけ頬を赤くした。


(……なんか)


(……悠人さんって、意外と優しいんだな)


もちろん、前からいい人だとは思っていた。


でも。


今日、少しだけ違う一面を見た気がする。


「……ママ?」


「ん?」


「……にやにやしてる」


「……えっ!?」


舞は、慌てて自分の頬を押さえた。


「し、してないわよ!」


「してるー!」


「もう! 爽太ったら!」


爽太が、楽しそうに笑う。


舞も、つられて笑ってしまった。


(……まあ、いっか)


(……焼肉もおいしかったし!)


そう自分に言い聞かせながら。


舞は、爽太の手をぎゅっと握り直した。


夜道に、二人の笑い声が響く。


まだ、恋とは呼べない。


けれど。


今夜、確かに何かが変わった。


それは、ほんの小さな変化。


でも。


いつか振り返ったとき。


きっと、この夜を思い出すのだろう。


三人で食べた、賑やかな焼肉。


笑い声の絶えなかった、失恋祝いの夜を。

第20話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、悠人の失恋祝いという名の焼肉会でした!


……のはずが、誰よりも焼肉を楽しんでいたのは舞と爽太だったかもしれませんね(笑)。


無邪気で遠慮のない爽太に振り回されながらも、自然と笑顔になっていく悠人。


そして、いつも明るい舞が見せた、一人の母親としての顔。


そんな二人の新しい一面を、少しでも感じていただけたら嬉しいです。


失恋は、何かの終わりかもしれません。


でも、そこから新しい出会いや関係が始まることもある。


まだ恋とは呼べない、三人の賑やかで温かな時間。


これからの悠人と舞、そして爽太の関係も、ゆっくり見守っていただけたら嬉しいです。


次回もよろしくお願いします!

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