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第2話 放っておけない性分

昼過ぎ。


 朝倉翼は、自宅の冷蔵庫を開けたまま固まっていた。


「……何もない」


 正確には、何もないわけではない。


 卵が二つ。飲みかけの麦茶。いつ買ったのか覚えていない調味料。


 そして、賞味期限を確認するのが少し怖いヨーグルト。


「昨日、買い物行こうと思ってたんだけどなぁ」


 思っていただけで、行っていない。


 当然、冷蔵庫の中身が増えるはずもなかった。


 翼はため息をつき、冷蔵庫を閉める。


「……買い物行くか」


 財布とスマートフォンをポケットに突っ込み、玄関へ向かった。


 外は気持ちのいい晴天だった。


 平日の昼間ということもあって、通りを歩く人は少ない。


 翼は近所のスーパーへ向かいながら、今日の夕飯について考えていた。


「カレー……いや、昨日もカレー食べたな」


 昨日のカレーはレトルトだった。


 それでもカレーはカレーである。


「じゃあ、しょうが焼きかな」


 そんなことを考えているうちに、スーパーへ到着した。


 自動ドアが開き、涼しい空気が顔に当たる。


「おお、生き返る」


 翼は小さくつぶやき、買い物かごを手に取った。


 まずは肉売り場。


 次に野菜売り場。


 特売の卵を見つけて少し得した気分になり、ついでにお菓子売り場にも立ち寄る。


「……これ、新しい味出てるじゃん」


 買う予定のなかったポテトチップスをかごに入れた。


 そのときだった。


「……ん?」


 少し離れた通路の端に、小さな女の子が立っていた。


 まだ幼稚園に通っているくらいだろうか。


 女の子は両手を胸の前で握りしめ、何かを探すように周囲を見回している。


 通り過ぎる大人たちの顔を、一人ずつ見上げていた。


 けれど、誰かに声をかける様子はない。


 翼は足を止めた。


「……迷子かな」


 少し様子を見てみる。


 女の子はその場から動かず、唇をぎゅっと結んでいた。


 今にも泣き出しそうな顔だった。


「……」


 翼は買い物かごを持ち直した。


 知らない子どもに、いきなり声をかけるのもどうなんだろう。


 親が近くにいるのかもしれない。


 余計なお世話かもしれない。


 そう考えて、一度は歩き出しかけた。


 けれど。


「……まあ、放っとけないよな」


 翼は女の子のほうへ向かった。


 少し離れた場所で立ち止まり、しゃがんで目線を合わせる。


「こんにちは」


 女の子がびくっと肩を揺らした。


「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」


 女の子は何も答えない。


 ただ、翼の顔をじっと見つめていた。


「えっと……誰か探してるのかな?」


 少しの沈黙。


 やがて、女の子が小さくうなずいた。


「そっか。お母さん?」


 もう一度、こくんとうなずく。


「はぐれちゃったんだ」


「……うん」


 ようやく聞こえた声は、とても小さかった。


 翼は少しだけ笑った。


「そっか。怖かったな」


 その言葉を聞いた途端、女の子の目に涙が浮かんだ。


 けれど、泣かない。


 必死にこらえている。


「……ママ、いなくなっちゃった」


「うん」


「さっきまで、いたのに……」


「そっか」


 翼は急かさずに聞いた。


「お母さんも、きっと探してると思うよ」


 女の子が顔を上げる。


「……ほんと?」


「うん。俺だったら、めちゃくちゃ探すと思う」


「……めちゃくちゃ?」


「そりゃもう、スーパーを三周くらいする」


 女の子が少しだけ首をかしげた。


「……さんしゅう?」


「あー……何回も、ってこと」


 翼が苦笑すると、女の子の口元がほんの少し緩んだ。


 それを見て、翼も安心した。


「じゃあさ、お母さんにここにいるよって知らせてもらおうか」


「……どうやって?」


「このスーパーに、迷子のお知らせをしてくれる場所があるんだ」


 翼は通路の向こうを指さした。


「あっちの案内所。そこに行けば、お母さんを呼んでもらえるよ」


 女の子は指さした方向を見たあと、翼に視線を戻した。


「……でも」


「ん?」


「しらないひとに、ついていっちゃだめって……」


 翼は一瞬きょとんとして、それから笑った。


「うん。それは正しい」


「……え?」


「お母さん、ちゃんと教えてくれてるんだな」


 翼は立ち上がらず、そのまま続けた。


「じゃあ、無理についてこなくていいよ。あそこに案内所の看板が見えるだろ?」


 女の子は目を凝らして、遠くの看板を見た。


「……うん」


「俺は少し離れて歩くから、あそこまで一緒に行ってみる? 嫌だったら、ここで待っててもいいし」


 女の子はしばらく考えていた。


 それから、翼を見つめる。


「……ママ、いるかな」


「今は分からないけど、きっと会えるように手伝ってくれるよ」


 女の子はもう一度、案内所のほうを見た。


 そして、小さくうなずいた。


「……いく」


「よし。じゃあ、ゆっくり行こう」


 翼は立ち上がった。


 女の子が歩き出すのを待って、その少し横を歩く。


 小さな足取りに合わせていると、女の子がふと顔を上げた。


「……ママ、ちゃんと来る?」


「うん。きっと来るよ」


「……ほんとに?」


「ほんとに」


 翼は少し考えてから付け加えた。


「でも、もしすぐ来なくても大丈夫。ちゃんとお店の人に探してもらおう」


 女の子は翼を見上げたまま、こくんとうなずいた。


「……うん」


 さっきよりも、その声は少しだけ明るかった。


 二人は案内所へ向かった。


 事情を説明すると、係の人が優しく女の子に話しかけ、館内放送の準備を始めた。


 翼は少し離れた場所で、その様子を見守っていた。


 ここまで来れば、もう大丈夫だろう。


「……よかった」


 小さく息を吐く。


 あとはお母さんが迎えに来るのを待つだけだ。


 そう思った、そのとき。


「結衣!」


 女性の声が響いた。


 切羽詰まった、けれどどこか聞き覚えのある声。


 翼は思わず、振り向いた。

第2話まで読んでくださってありがとうございます。翼の日常に小さな出会いが訪れました。この出会いがこれからどんな物語につながっていくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。次回もよろしくお願いします。

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