光の中の色
翌朝の報告は、三十分で終わった。
髭の男が一度だけ頷いて、若い男が書付に短い文を書いた。仕分けの卓が受ける。朝に読む人を一人決める。月末までに確認する——それだけだった。アデルが要点を補足し、伊勢が昨日の会話の細部を一つ付け加えた。灰色の縁の男は何も言わなかった。
「では今日はここまでにする」
髭の男がそう言って、散会になった。
建物を出ると、空気がいくらか湿っていた。
「うまく収まりましたね」とアデルは言った。昨日よりも少しだけ声が軽かった。
「皆さんの方が早かったです。書付に落としてもらった方が早く動く」
「そうですね」とアデルは言った。少しだけ間を置いた。「ああいう卓は、言葉より文字の方が信用される」
伊勢は頷いた。街でも、確かめてから動く人間は、必ず書いてあるものを見た。口で言ったことより、書いてあることの方が、後で誰も迷わなかった。
アデルは北の通りをしばらく伊勢と並んで歩いてから、角のところで「では」と言って別の方向へ曲がっていった。
◆
昼前に宿に戻ると、ルカが窓辺の椅子から立ち上がったところだった。
「いいとこに来た」
「どこかへ行くのですか」
「いっしょにいく」
ルカは断言した。伊勢が何か言う前に、すでに上着の前を留めていた。
◆
中央の都の南の通りは、昼に近づくにつれて人が増えた。布を広げる店と、香りの強い煮炊きの店と、石畳の上を行き交う人の声が層になって積み重なっていた。
ルカは伊勢の半歩後ろを歩いた。特に急ぐわけでも遅れるわけでもなく、ただそこにいた。時おり立ち止まって、店先の布や細かい飾りを遠くから見た。手を伸ばすことはなかった。見て、それから歩き出した。
伊勢は、ルカが立ち止まるたびに自分も止まった。どこへ行くとも決めていなかった。それで、よかった。
午後の光が通りの石畳を斜めに照らしていた。影は長く、光は薄く白かった。
◆
小さな広場の端に、噴水があった。水は出ておらず、石の縁に苔が薄くついていた。ルカがその縁に座った。伊勢も隣に腰を下ろした。
広場には数人が行き交っていた。荷を持った者、子どもを連れた者、急いでいる者、そうでない者。
「ここは、うるさいね」とルカは言った。
「街より人が多いです」
「でも、声がたくさんあるから、うるさくならないね」
伊勢はしばらく考えてから、そうかもしれないと思った。一つの声が大きいのではなく、たくさんの声が重なっていた。決して誰の声が一番大きいと競っているわけではない。だから、騒がしいのにどこか静かな気がした。
◆
そのとき、通りの向こうからアデルが歩いてきた。
買い物袋を脇に抱えていた。建物の方角から来ていたので、別の用向きがあったのだろうと思った。こちらに気づく様子はなかった。光の中を、真っ直ぐに歩いていた。
午後の光がアデルの横顔に当たっていた。
集まりの場で見ていたのとは、光の向きが違った。東向きの部屋の光は冷たく、人の輪郭を固くした。だが今は、通りの午後の光の中で、アデルは——
(明るい色もきっとよく似合う)
昨日、石畳の上で二人が並んだときに思ったことが、また立ち上がった。思うだけにしていたが、今は声になりそうだった。
「アデルさん」
伊勢が呼ぶと、アデルが足を止めた。噴水前の二人を見て、少し目を細めた。
「あら」
アデルは近づいてきた。買い物袋をもう片方の腕に持ち替えた。
「昨日に続いて」
「偶然です」と伊勢は言った。「こちらはルカといいます」
ルカはアデルを見た。何も言わなかった。
「アデルと言います」とアデルはルカに言った。少し膝を折るようにして目線を合わせた。「海人さんの知り合い?」
ルカは少しの間アデルを見てから、短く答えた。
「いっしょに来た」
「そう」とアデルは言った。「えっと…遠くから?」
「とおいところから」
アデルは頷いた。何かを続けようとして、少し考えてから、違う話を選んだようだった。
◆
三人は、しばらくその場にいた。アデルは噴水の縁には座らず、少し離れたところに立っていた。気を遣える人間なら、彼女が持っている買い物袋の重さを半分にすることができたが、伊勢にその言葉は持ち合わせていなかった。
結局、今朝の報告の話をした。月末までに動きが出れば早い方だとアデルは言った。仕分けの卓の古い人間は三年でずいぶん入れ替わっていた。知っている顔が一つも残っていなかった。それでも話が通ったのは、伊勢の言葉が文字で残っていたからだと思う、とアデルは言った。
「あなたが渡した書付の写しを、三枚持っていきましたから」
「持っていたのですか」
「用意するのが仕事ですから」
アデルは淡々と言った。淡々としていたが、それは昨日、集まりが終わった後に用意したのだと伊勢には分かった。昨日のあの廊下の話の後に、一人で部屋に戻って、写しを三枚作った。それだけのことを、当然のように言っていた。
伊勢はしばらくアデルの横顔を見ていた。午後の光の中で、アデルの顔は集まりの部屋で見ていたより、ずっと明るかった。輪郭が柔らかく、目の色が淡く見えた。
(明るい色も——)
「あの」
思っていたことが、声になった。
「明るい色の服も、よく似合うと思います」
アデルが、少し顔を伊勢の方に向けた。意味を測っているような目だった。
隣でルカが伊勢の袖を一度、静かに引いた。
◆
小さな引きだった。力は入っていなかった。ただ、袖の布がわずかに動いただけだった。
それだけで、伊勢は自分が何を言ったか分かった。
(言葉に出した)
アデルはしばらく伊勢を見ていた。それから、視線を通りの方へ戻した。
「……そうですか」
声に色はなかった。肯定でも否定でもなかった。ただ、受け取った、というだけの声だった。
広場の人の流れが、ゆっくりと続いていた。石畳の上を、光と影が斜めに分けていた。
「では」とアデルは言った。「また明日」
買い物袋を抱え直して、また真っ直ぐに歩いていった。光の中に入り、角を曲がって見えなくなった。
◆
「伊勢さん」
ルカが静かに言った。
「はい」
「それは」
ルカは少しの間、アデルが消えた角の方を見ていた。
「言わなくてよかったやつだよ」
伊勢は答えなかった。
「……そうですね」
「ふぅん」
ルカは足をぶらぶらさせながら、広場の人の流れをまた見ていた。何も責めていない声だった。ただ、正しいことを、正しいと言った声だった。
「でも」
ルカはからかうような笑顔を向けていた。
「伊勢さんが他の人のことを知ろうとしているの、しんぽだと思うよ」
伊勢は少しオレンジになった石畳の光の模様を見ていた。
◆
宿に戻った夕方、伊勢は卓に向かった。
昨夜から置いてあった紙を手前に引き、筆を取った。マロイの問いが短い文で書いてあった——「形」とは、仕事のやり方のことですか。
返信は、短くなった。
```
「やり方」は、その人の中にある。
「形」は、その人がいなくなっても残る。
あなたが布を置く手と押す手に分けたとき、
その分け方が形になりました。
次に絞る人が来たとき、置く手と押す手があることを、
最初から知っています。
ただ、形があっても、引き継ぐ人がいなければ形は動きません。
そこだけは、誰かが気にしていないといけない。
伊勢 海人
```
封をして、宿の女主人に頼んで出してもらった。
部屋に戻ると、窓の外はもう暗くなっていた。明日アデルに謝らなければならないだろうか?
伊勢には不器用なやり方しか、まだできない。




