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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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ルカ、ユウトに近づく

 日が傾いて、冒険者組合の前の通りに長い影が伸びていた。


 ユウトが戻ってきたのは夕暮れの少し前で、鎧についた土の色がいつもより薄かった。討伐の数が減っているのか、それとも場所を変えたのか——伊勢には判断がつかなかった。離れた場所から見ていただけだったから。



 ルカは路地の入り口に立っていた。


 組合の建物の角をちょうど曲がったところで、まるで偶然そこにいたかのように見えた。腰の高さほどの石積みに片手をついて、通りの向こうをぼんやりと眺めている。


 ユウトが気づいたのは、三歩ほど近づいてからだった。立ち止まる。何かを言おうとして、言いかけて、口を閉じる。


 ルカはそのときだけユウトを見た。


「……へらすと、こわくなることもあるって」


 声は低く、小さかった。誰かに聞かせるつもりのない声だった。「しってる?」


 ユウトが答える前に、ルカは路地の奥へ消えていた。石畳に足音はほとんど残らなかった。



 ユウトはしばらくその場に立っていた。


 (あの子は——)


 考えかけて、止まる。記憶をなくして組合に保護されているという話は耳に入っていた。それ以上のことは知らない。どうして自分に声をかけてきたのか、わからなかった。


 「へらすと、こわくなる」。


 何を減らすのかは、言わなかった。


 ユウトは少しの間そこに立って、それから歩き出した。



 リリアは組合の扉に手をかけたまま、通りのほうを振り返った。


 ルカがユウトに近づく場面は、半分しか見えなかった。角度が悪くて、ルカの表情はわからなかった。ユウトが立ち止まっていたのは見えた。ルカが路地に消えるのも。


 (また、あの子)


 違和感、と呼べるほどはっきりした感覚ではない。ただ、何かが引っかかる。


 ルカは穏やかだし、誰にでも礼儀正しい。組合の中では問題を起こしたことも一度もない。保護されている子どもとして、それ以上でも以下でもない存在のはずだった。


 なのに、たまに——こういう、場面がある。


 リリアは扉から手を離して、通りの先を見た。ユウトはもう歩き出していた。ルカの姿はどこにもなかった。



 夕方の組合内は、昼の喧騒が少し落ち着いた時間帯だった。


 伊勢が受付カウンターの裏で書類を整理していると、リリアが戻ってきた。何かを言いたそうな顔をして、でも何も言わずに隣に座る。


「どうした」


「……なんでもないです」少し間があった。「ルカちゃんって、どういう子なんでしょう」


 伊勢は手を止めなかった。「何かあったか」


「ユウトさんに話しかけてました。ちょっと遠くて、何を言ったかは聞こえなかったんですけど」


「そうか」


「気になって」リリアは書類の端を軽く揃える。「ただの子どもだと思うんですけど、なんか……うまく言えないですけど」


 伊勢は顔を上げた。リリアの横顔を一瞬見て、また書類に視線を戻す。


「うまく言えないのは、まだ見えていないからだろ」


「……それって」


「急がなくていい」


 リリアは何か言いかけて、やめた。少しの間、ペンを持ったまま静止する。


 外から、夕暮れの鐘の音が遠く聞こえた。



 路地の奥で、ルカは壁に背中をあずけていた。


 夕暮れの光が路地の入り口だけを照らしていて、奥は薄暗かった。ルカはそこにいた。人が通るときだけ顔を上げて、また下げる。それだけのことを、しばらく繰り返していた。


 ユウトの足が止まったとき、あの一瞬——何かを探すような目をしていた。答えじゃなくて、問いを探しているような顔だと思った。


 (悪い人ではない、のだと思う)


 そんなことは最初からわかっていた。悪意で動いている人間なら、もっと単純だった。善意で動いている人間の方が、ずっとやっかいだとルカは知っている。でも今は、そのやっかいさがまだ害になっていない。


 鐘の音が遠くから届いた。夕暮れを知らせる音だった。


 ルカは壁から背中を離して、路地の奥を少し歩いた。出口の方ではなく、もっと暗い方へ。


 何かを決めたわけじゃない。ただ、今日のところはもう動かなくていい気がした。


 (もう少し、見ていれば——)


 そこで考えを止めた。続きは、まだいらない。

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