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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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液体にしてみる

 朝のギルドは、昨日より少し静かだった。

 護衛必須化が動き出して二日目。掲示板の前の空気は、まだぎこちないが、止まってはいない。


 伊勢は執務室の机に、薬草の束を一つ置いた。

 回復薬の試作。枠組みは決まっている。だが、誰もまだ手をつけていない。


(問題は、やり方だ)


 液体にする、と言った。

 しかし、この世界でそれをやった者が、果たしているのか。



 伊勢はまずブリジットの工房へ向かった。


「液体にしたい」

「薬草を?」

 ブリジットは手を止めた。怪訝というより、考えている顔だ。

「やったことは?」

「ない。でも、似たことならある」

 ブリジットは炉の前に立ち、顎に手を当てる。

「金属を溶かすのと、草を溶かすのは違う。熱をかけすぎると、たぶん何かが飛ぶ」

「魔力ですか」

「そう呼ぶかは知らないけど。鉄も、熱しすぎると性質が変わるから」


 伊勢は短く頷いた。

 熱は使えるが、加減が要る。そこまでは分かった。



 次に、エナを訪ねた。

 採取者として長年ダンジョンに入り続けた女だ。薬草の扱いなら、誰より詳しい。


「液体……か」

 エナは少しだけ眉を動かした。

「昔、試した人間がいた。煮たんだ」

「どうなりましたか」

「緑のお湯になった。効き目は、ほとんどなかった」

 一拍置いて、エナは続ける。

「葉脈が白くなってたよ。煮たら、何かが抜けるんだと思う」


「逆に、冷たい水に漬けたら?」

「やった人間は知らない」

 エナは首を振った。

「でも……草は、水に弱い。浸けすぎると、腐る前に魔力が散る感じがする。経験則だけど」



 執務室に戻り、伊勢は机に材料を並べた。

 薬草の束。水の入った椀。ブリジットから借りた小さな火種。


 リリアが隣に立つ。

「……試すんですか」

「やってみないと分からないので」


 まず、葉を軽く水に浸けてみた。

 五分。十分。

 葉の色は変わらない。だが、水がうっすら緑がかってきた。

 試しに指に取り、傷口に当ててみる。


(効果が……薄い)


 次に、ごく弱い熱をかけた椀に葉を入れた。

 湯気が立つ前に取り出す。

 葉脈の色が、わずかに白くなっていた。

 エナの言っていた通りだ。


「駄目ですね」

 リリアが静かに言う。

「駄目ですね」

 伊勢も繰り返した。


 だが、表情は穏やかだった。



 伊勢はしばらく、机の上の葉を見つめていた。


 なぜ、効果が出ないのか。

 熱でも、水でも、何かが失われる。


 以前、薬草の携帯方法を考えたとき、気づいたことがある。

 魔力は葉脈に沿って流れている。無秩序に潰すと、その流れが乱れる。


(では、液体にしたとき、何が起きている?)


 伊勢は葉を指で軽く押しながら、考えを続けた。

 葉脈の中に、回復の成分がある。

 だが葉肉の部分には——別の何かがあるのかもしれない。


「エナさんに聞いたことがあります。ダンジョンの魔物は、薬草を食べないと」

 リリアが顔を上げる。

「言われてみれば……そうですね。薬草はどこにでも生えていますが、食い荒らされているのは見たことがないです」

「魔物にとって、都合よく回復できるなら、真っ先に食べるはずです」

「……食べない理由がある」


 伊勢は葉を裏返した。

「葉脈の外側に、回復を打ち消す成分があるとしたら。無差別に潰すと、両方が混ざって相殺される」

「だから、煮ても水に漬けても効かない?」

「仮説ですが」


 リリアはしばらく黙っていた。

 それから、静かに言う。

「……筋は通っています」



「だとすれば」

 伊勢は続ける。

「葉脈だけを、狙って絞り出す必要がある」


 以前やったことを、もう一度たどる。

 潰し方を揃えた。葉脈を傷つけない方向で、圧をかけた。

 壊すのではなく、形を変えた。


(同じ発想で、できるはずだ)


「リリアさん。すり潰す道具、ありますか。薬研でも」

「医務室に、あるかもしれません」

 リリアは立ち上がった。



 借りてきた小さな石臼。

 伊勢は薬草を置き、葉脈の向きを揃えた。

 壊すのではなく、押しつぶす。

 葉脈に沿って、ゆっくりと圧をかける。


 葉が、潰れる。

 緑の液体が、少しずつにじみ出した。


「……出た」

 リリアの声が、わずかに高くなる。


 伊勢は指に取り、確かめる。

 魔力の感触が、残っている。

 かすかだが、確かにある。


「薄いですが、効果はあります」

「これを……濃くできますか」

「葉の量を増やせば、濃度は上がるはずです。葉脈に沿って絞る精度を上げれば、もう少し安定するかと」


 まだ荒削りだ。

 試作にもなっていない。

 でも、方向は見えた。



 夕方、伊勢はラッジの店に立ち寄った。

 薬草の余剰は今日も変わらない。棚に積み上がったまま、静かに待っている。


「どうだ」

 ラッジが帳面から顔を上げる。


「方向は分かりました。葉脈に沿って絞り出す方向で、試作を続けます」

「精度は」

「まだです。繰り返す必要があります」


 ラッジは短く鼻で笑った。

 腕を組み、天井を見上げる。


 伊勢は小さく頭を下げ、店を後にした。


 夜風が、街を静かに通り過ぎていく。

 答えはまだないが、手は動き始めた。

 それで、今日は十分だった。

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