最初の一歩は、ぎこちない
朝のギルドは、いつもより少しだけ落ち着かない空気だった。怒号や混乱ではない。掲示板の前で、冒険者と採取者が向かい合っているのだが、どちらも視線が微妙に泳いでいた。
護衛必須化が、今日から正式に動き出す。ギルドが仲介し、採取者はランクに応じた冒険者と組んでダンジョンへ向かう。制度としてはシンプルだ。だが、人と人が組む話は、制度だけでは動かない。
伊勢は掲示板の端から、その様子を静かに見ていた。
◆
最初のペアは、見るからにぎこちなかった。
冒険者側は、登録したばかりの若い男――ケインだ。以前、ダンジョン前で伊勢たちに挨拶してきた青年で、革鎧はまだ新しく、剣の柄もほとんど擦れていない。採取者側は、トーマスの仕事仲間だった女性、エナだった。三十代半ば、日焼けした顔に使い込まれた採取用のベルト。ベテランの採取者だが、冒険者と組むのは初めてらしい。
「……よろしく、お願いします」
ケインが頭を下げる。声が少し上ずっていた。エナは軽く頷くだけで、短く「ああ、よろしく」と返した。そのまま二人とも黙る。沈黙が、三拍続いた。
リリアが小さく囁く。「……会話が、止まっていますね」
伊勢も小さく返した。「止まっていますね」
だが、介入はしない。今は、見る時間だ。
◆
最初に口を開いたのは、エナだった。
「荷物、持てる? 帰りは籠が重くなる。片手は空けといて」
「分かりました」
エナは籠を背負い直し、歩き出す。ケインが慌てて後を追う。その背中を見ながら、伊勢は小さく息を吐いた。
(動いた)
それだけで、十分だった。
◆
シャウプが隣に来た。「どうだ」
「最初にしては、悪くないと思います」
シャウプは腕を組む。「俺も昨日、冒険者側に話を通した。最初は渋ったがな。採取者の護衛なんて地味すぎるってな」
「でも?」
「新人には実地経験になると言ったら、渋々納得した。あとは護衛料もちゃんと出ると念押しした」
「それが効きましたね」
「金の話は早い」
シャウプは短く笑い、腕を組んだまま掲示板の方へ目を向けた。
◆
昼前、エナとケインがダンジョンから戻ってきた。籠には薬草が詰まっている。ケインの革鎧には、泥が少しついていた。
リリアが出迎える。「お疲れ様でした。いかがでしたか」
「まあ、悪くなかった」エナが籠を下ろしながら言う。素っ気ない言い方だが、表情は穏やかだ。「護衛がいると奥まで行けた。一人だと気配に集中できないから、どうしても浅いところで止まる。後ろを任せられると、手が動く」
少し離れたところで、ケインは剣の泥を布で拭いていた。伊勢が近づくと、顔を上げる。
「……思ったより、地味でした。魔物はほとんど出なくて、ずっと後ろをついて歩いてただけで」
一拍置いてから、続ける。
「でも、エナさんが採ってる間、周りを見てたら色々気づくことがあって。音の変化とか、空気の重さとか。ダンジョンって、戦うだけじゃないんだなって」
その言葉を、少し離れた場所でエナが聞いていた。表情は変えない。だが、籠を持ち直す手が、少しだけ緩んだ。
◆
夕方、伊勢はギルドの窓から通りを見下ろしていた。今日動いたペアは三組、全員無事に戻ってきた。大きな成果ではない。制度が動き始めた、というだけだ。
リリアが隣に立つ。「……今日は、よかったですね」
「始まりました」
通りでは、エナとケインが並んで歩いている。まだ距離はある。だが、朝よりは近い。
それで、十分だった。




