中間を、形にする
朝のラッジの店は、いつもより静かだった。
金具の擦れる音も、冒険者の笑い声も少ない。
棚の前に立ったラッジは、腕を組んだまま動かなかった。
視線の先には、薬草の束が積み上がっている。
潰れていない。
束ねられている。
状態は、悪くない。
だが――売れない。
「……また余ってるな」
独り言のように呟く。
伊勢は棚を見ながら頷いた。
「怪我人が減った結果ですね」
「分かってる」
ラッジは鼻で笑う。
「いいことなんだがな。商売としては笑えねえ」
伊勢は束を一つ手に取り、軽く確認した。
葉脈は整っている。魔力の流れも乱れていない。
問題のない薬草が、ただ、余っている。
(使われないまま、劣化していく)
もったいない、という感覚ではない。
これは、機会の損失だ。
「ラッジさん」
伊勢は束を棚に戻した。
「持ち越していた話を、そろそろ動かせると思います」
ラッジの眉が、わずかに上がる。
「……液体にする話か」
「はい」
伊勢は静かに頷いた。
◆
試作の話をラッジに持ち帰ると、
ラッジはすぐに腕を組んだ。
「木製か」
「はい」
「安く作れるんだな?」
「ブリジットさんの見立てでは、瓶の三分の一以下で作れると」
ラッジは少しだけ考える。
そして、ゆっくりと言った。
「一個聞いていいか」
「どうぞ」
「これ――」
帳面を軽く叩く。
「空の容器だけ持ってきたら、ポイントもらえるよな」
伊勢の動きが、一瞬だけ止まった。
◆
ラッジは続ける。
「安く作れるってことは、自分で作れる奴も出てくる」
「大工の知り合いとか、木工が趣味の奴とか」
「そいつらが容器だけ量産して、ポイントだけ稼いで……商売にする」
静かな、だが重い指摘だった。
伊勢は少し考えてから答えた。
「……分かりました。対策が要りますね」
「そうだろ」
ラッジは鼻で笑う。
「仕組みを作るのはいいが、抜け穴を作るな、ってことだ」
◆
その夕方。
伊勢、リリア、ラッジ、ブリジットの四人が、ギルドの小部屋に集まっていた。
机の上には、試作の木製容器が三つ並んでいる。
丸みのある、掌サイズの容器。
マルコが削り出したものだ。
細部はまだ粗いが、形としては十分だった。
「まず刻印」
ブリジットが容器の底を指す。
「工房ごとに固有の刻印を入れる。これは複製が難しい。素人が真似しようとしても、まず同じ形には打てない」
「それが一つ目の網ですね」
伊勢が頷く。
「二つ目は規格管理です」
リリアが書類を広げる。
「容器のサイズと形状を、ギルドが正式に登録する。登録外の容器は回収対象にしない」
「つまり、ギルドが認めた容器だけが有効、ということですか」
ラッジが確認する。
「はい」
「……検品が要るな」
「毎回ではなく、抜き取りで十分だと思います。全数確認は現実的ではないので」
ラッジは顎を撫でる。
「まあ、そうだな」
「そして三つ目」
伊勢は一拍置いた。
「ポイント制ではなく、割引制にします」
ブリジットが眉を上げる。
「どう違う?」
「容器を返却したら、次の購入が安くなる。容器そのものに交換価値を持たせない」
ラッジが少しだけ目を細めた。
「……容器だけ持ってきても、意味がない」
「はい。あくまで次の購入と紐付けることで、転売や量産の旨みをなくします」
沈黙が落ちる。
四人が、それぞれ頭の中で計算している。
やがてラッジが短く言った。
「完璧じゃないな」
「はい」
伊勢は即答した。
「抜け道は必ず残ります」
「だが」
一拍。
「網を複数かけることで、手間をかけてまで悪用しようとする人間を減らせます」
ブリジットが腕を組む。
「割に合わなくする、ってことか」
「そうです」
◆
夜。
ギルドの中庭に、ランプの明かりが揺れていた。
リリアは書類を整理しながら、机の端に置かれた試作容器をふと見る。
小さい。
地味だ。
だが、確かに形になっている。
そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。
そのとき、中庭の端に人影が見えた。
ルカだった。
少女は中庭の石段に腰を下ろし、机の上の試作容器をじっと見つめていた。
何も言わない。
ただ、見ている。
その目は、子供のものにしては、どこか静かすぎた。
リリアは、その横顔から視線を外せなかった




