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出向先は、剣と魔法と人事部でした 〜評価されなかった社会人の異世界改革〜  作者: 怪獣姫


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余っているものと、足りないもの#2

 ギルドの中庭では。

 リリアは一人、ベンチに腰を下ろしていた。

 膝の上に書類を広げ、ペンを走らせる。

 採取者のローテーション。護衛の有無。薬草の在庫推移。

 数字は正直だ。だから、向き合いやすい。


 そのとき、足音が近づいてきた。

 小さな足音だった。

「……おねえさん」

 顔を上げると、少女が立っていた。

 ルカだ。

 保護されてから数日。ギルドの中をうろうろしていることは知っていた。危険な場所には近づかないし、誰かに迷惑をかけるわけでもない。

 だから、放っておいていた。

「どうした?」

 リリアは書類をいったん膝の上に置く。

 ルカはベンチの端を指差した。

「すわっていい?」

「いいよ、おいで」

 ルカは小さく頷き、リリアの隣に腰を下ろした。

 少しだけ間が空く。

 風が吹き、中庭の木が静かに揺れる。


「……ねえ」

 ルカが言う。

「なに?」

「まものって、なんで出るの?」

「ダンジョンから来るんだよ。人間の住む場所に近づいてくる魔物を、冒険者が討伐する」

「ふうん」

 ルカは足をぶらぶらさせながら頷く。

「じゃあ、へらしたらいいの?」

「減らせれば、危険は下がる」

 リリアは素直に答えた。

「でも……今は少し、ややこしくなってて」

「へらしすぎると、こわくなるの?」

 リリアの手が、わずかに止まる。

 先日、伊勢と話したことと重なる。

「……そういうこともある」

「なんで?」

 ルカは首を傾げる。子供らしい素直な問いだった。

 だがリリアは、その問いに少しだけ詰まった。

「多すぎても困る。少なすぎても困る」

 ルカはしばらく黙っていた。

 それから、ぽつりと言う。


「つりあい、ってこと?」

 リリアは目を瞬かせた。

 子供が使うには、少し重い言葉だった。

「……そう。均衡、って言うんだけど」

「きんこう」

 ルカは小さく繰り返す。

 それから、どこか遠くを見るような目で言った。

「こわれると、もどすのたいへんだよね」

 リリアは、その横顔を見た。

 子供の顔だ。小さくて、あどけない。

 なのに。

(……なぜ、そんな目をするのだろう)

 胸の奥に、小さな引っかかりが生まれる。

 だがすぐに、リリアはそれを流した。

 混乱の中で保護された子供だ。色々と見てきたのかもしれない。

「そうだね」

 少しだけ柔らかく答える。

「だから、壊れないように気をつけるのが大事なんだ」

 ルカは小さく頷いた。

「……そっか」

 それ以上は何も言わない。

 二人は並んで、中庭の木が揺れるのを見ていた。

 風が、静かに通り過ぎる。



 午後。

 ギルドの小部屋に、三人が集まった。

 伊勢。シャウプ。そしてラッジ。

 机の上には、伊勢が朝から歩き回って整理した走り書きの紙が並んでいる。

 シャウプは腕を組み、それを眺めた。

「……街を全部歩いたのか」

「はい」

「で、何が分かった」

 伊勢は紙を指で叩く。

「余っているものと、足りないものが、綺麗に分かれています」

 一拍。

「余っているのは、冒険者と薬草。足りないのは、採取者の安全です」

 シャウプは低く唸った。

 ラッジは腕を組んだまま、口元をわずかに動かす。

「……その話、俺も考えてたぞ」

 伊勢が顔を上げる。

「帳面に出てたからな」

 ラッジは机の端を指で叩いた。

「薬草が余る。売れない。採取者が動けない。冒険者は仕事がない」

「全部繋がってるのは、商売人なら気づく」

 シャウプが鼻で笑った。

「さすがだな」

「当然だ」

 ラッジは短く答える。

 だが、すぐに続けた。

「ただし、条件がある」

 伊勢は頷く。

「聞かせてください」



 ラッジは指を一本立てた。

「護衛を必須にするなら、金の流れを作れ」

「冒険者がただ付き添うだけじゃ、誰も得しない」

 伊勢は即答する。

「護衛料を採取報酬から一定割合で出す形にします。ギルドが仲介する」

 ラッジの目が、わずかに細くなる。

「……続けろ」

「採取者は安全を買える。冒険者は仕事を得る。ギルドは流通を管理できる」


 シャウプが口を開く。

「冒険者のランクで護衛料を変えるか?」

「はい。新人は低め、中堅は標準、ベテランは任意で」

「新人に実地経験を積ませる場にもなる」

 シャウプは深く息を吐いた。

「……一石二鳥どころじゃないな」



 ラッジは二本目の指を立てた。

「薬草の余剰はどうする」

 伊勢は少しだけ間を置いた。

「回復薬にします」

 空気が動く。

「瓶入りの回復薬は扱いにくいという話は、最初の頃にしましたよね」

 ラッジの眉が動く。

「……瓶の話か」

「はい」

 伊勢は続ける。

「余剰薬草を原料にして、小分けの回復薬を試作する。瓶の回収にはポイントをつける」


 ラッジが、ふっと笑った。

「瓶を捨てさせない仕組みか」

「ええ。使った分だけ戻ってくる。在庫も回る」

 シャウプが机を指で叩く。

「ギルドが買い取り窓口になるか?」

「それが一番早いと思います」



 しばらく沈黙が落ちた。

 ラッジは腕を組み直し、天井を見上げる。

 帳面を開くでもなく、ただ考えている。

 やがて、ゆっくりと言った。

「……面倒な話だ」

 伊勢は答えない。

 ラッジは視線を戻す。

「だが」

 一拍。

「筋は通ってる」


 シャウプが立ち上がった。

「よし、動くか」

 その一言で、空気が変わる。

「護衛必須化は俺が冒険者側に話す」

「薬草の買い取りと回復薬の試作は、道具屋と連携する」

 ラッジは帳面を取り出した。

「条件は詰める。数字が出たら持ち寄れ」

 伊勢は静かに頷いた。

「分かりました」



 部屋を出ると、廊下に夕方の光が伸びていた。

 シャウプが歩きながら言う。

「お前は本当に、裏方向きだな」

 伊勢は少し笑った。


「それでいいと思っています」

 シャウプは鼻で笑い、先に歩いていく。

 伊勢は一度だけ窓の外に目をやり、そのまま歩き出した。

 街はまだ、動いていない。

 だが明日からは、動き始める。

 それだけで、今日は十分だった。

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